ひどい花粉症で、この季節はとてもつらいんです。鼻水、クシャミ、
目の痒みとすべての症状が出て、頭が変になりそうに感じるときさえあります。
その中でいちばんひどいのは鼻水で、ティッシュの箱を一日中手放せません。
会社では窓口業務なのでできませんが、
せめて通勤時はマスクをつけるようにしていました。

1週間前の通勤電車でのことです。いつものことですが、
満員で座ることができず吊り革につかまっていたら、視線を感じたんです。
顔をあげてそちらを見ると、私と同じくらいの年ごろと思える女の人が
こちらを見ていました。ハッとしました。自分に似ている、と思ったんです。

似ているといっても、よく怖い話にあるように瓜二つというわけではありません。
ただ髪型も髪の色もよく似ているし、眉や目の化粧のしかたも同じようなんです。
その人は私と同じくマスクをつけていたので、
れ以外の部分はどうなっているかわかりませんでしたが。
その人が見ていたことに私が気づいたと思ったのか、たまたまなのか、
女の人は体の向きを変え、次の駅で降りていきました。
ひじょうに違和感を感じたのですが、同じような嗜好の人が
いるんだなと思うことにしました。

次の朝、同じ電車に乗っていると、また少し離れた場所にその人がいて、
自分のほうを見ていました。今度は私が見返しても目をそむけることなく、
ずっとこちらをにらみ続けていました。そのとき、あることに気がつきました。
昨日は黒っぽいコートを着ていたと思ったんですが、今日は明るいベージュの
コートで、私が着ているのとそっくりなんです。・・・これも完全に同じもの、
というわけではなくて衿の形などが少し違っていました。

「この人、私が昨日着てるのを見て、似たようなのを買ったんだろうか」
そんな考えが頭をかすめました。でもコートは
高価なものでもないし、私の真似なんかしてもしょうがないだろうから、
きっと偶然なんだと思うことにして、私のほうで視線を外しました。

また次の日です。2日続けてあった出来事が気味が悪かったので、
その朝は家を早く出て、一つ前の電車に乗りました。
混雑はやや少ないものの満員には変わりありませんでしたが、
あの女の人はいませんでした。
ああ、明日からずっとこの電車にしようかと思ったとき、
駅に着いて、あの女の人が乗ってきました。

マスクから出ている眉根にしわを寄せて、
怒っている顔つきでずっと私から視線を外さないんです。
なんだか怖くなってきました。これはストーカーなんだろうか・・・
そのとき急にクシャミが出ました。マスクは手で押さえましたが、
かなり大きな音を出してしまったかもしれません。
するとその女の人も、少し体をかがめて同じようにクシャミをしたんです。
そしてマスクごしにニッと笑ったようでした。

完全に故意にやっているんだ、とわかりました。
薄気味が悪いのでなんとか場所を移動し、いつもの一つ手前の
駅で降りました。そこから次の電車に乗ろうと思ったんです。
鼻がグスグスして、次の電車までまだ時間があったので、トイレに行って
思いきり鼻をかもうと思いました。トイレには誰もいなかったので、
ティッシュを出しマスクを外して鏡の前で鼻をかみました。

顔を上げると、鏡にあの女の人が写っていました。
思わず身を硬くすると、その人は「見たよ、マスクを外したあんたの
顔を見たよ。私の勝ち、あんたの存在をもらうよ」
大きな声でこう叫び、高笑いしながら出て行きました。
・・・私はショックのあまり呆然として、
電車を乗り過ごし会社を遅刻してしまいました。

そして退勤時のことです。ホームで電車を待ちながら、
朝の出来事を考えていました。あの女が言った、
「あんたの存在をもらう」ってどういうことなんだろう・・・
突然、また大きなクシャミをしてしまいました。すると、背後で
同じようなクシャミが聞こえ、えっ、とふり返るとあの女が立っていました。
「イヤーッ」大声で叫んだと思います。女はドンと両手で私を突き飛ばし、
私は背中からホームに落ちました。

下の固い部分で頭を強く打ち、意識がもうろうとしましたが、
会社員風の男性が2人、線路に飛び降りて助け上げてくれました。
ベンチに抱えて運ばれたとき、その人たちに「変な女、女が突き飛ばした」
と言ったんですが、男性2人は顔を見合わせてから首をふり、
一人が「いや、たまたま落ちるとこを見てたけど、まわりには誰もいなかった。

あなたが一人で落ちたんだと思いますよ」こう言うと、
もう一人も「そうでしたよ」とうなずいたんです・・・

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