『モモ』

今回はこういうお題でいきます。まず、「シンデレラ」のお話は
ご存知でしょう。ヨーロッパ全土に類話があります。
これは、その話の起源が古いことを表しています。
紀元前1世紀、古代ギリシャの歴史家ストラボンが記録した話に
なんとすでに原型が見られるんですね。

舞台はエジプト、ある屋敷に白人の女奴隷ロードピスが仕えていて、
まわりの召使いにいじめられていました。ある日たまたま、主人はロードピスの
踊りが上手なのを見て、薔薇の飾りがついたサンダルを与えますが、
それに嫉妬した仲間から、ロードピスはますますいじめられることになります。

ある日、エジプト王が神のお告げによって大きな宴会を開き、
他の召使いたちはみな出かけていったが、ロードピスだけは山のような
仕事をいいつけられて川で洗濯をしていました。そのとき、濡れて乾かしていた
サンダルを1羽のハヤブサがくわえて飛んでいき、王の足もとに落とします。

『シンデレラ』
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ハヤブサはホルス神の使いなので、王はそのサンダルの持ち主と結婚すると宣言し、
エジプト内すべてをさがした結果、ロードピスにサンダルを履かせると
ピッタリ合ったため、王は約束どおりロードピスと結婚した・・・
2000年以上前の話なんですが、すでに原型ができあがっています。
ないのはお城の時計ですが、もちろん古代エジプトに機械時計はありません。

さて、本題に入る前に、シンデレラについてのうんちくを少しお話します。
まず、主人公の娘の名前がシンデレラではない、と言えば驚かれるかも
しれません。シンデレラの話は、別名「灰かぶり姫」とも言いますよね。
いつも継母と連れ子の姉たちにこき使われていて、
かまどの灰まみれだったからです。

シンデレラの本名は「エラ ella」で、それに英語の「灰まみれ cinder」という
単語がくっついて「灰まみれのエラ Cinderella」になってるんです。
また、ガラスの靴についても、これみなさん、変に思われませんでしょうか。
ガラス製ならたしかにきれいでしょうが、がちがちに固くて、
果たしてダンスを踊ることができるもんでしょうか。

シャルル・ぺロー
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もとはフランス語で「vair リスの毛皮」の靴だったのが、この話を採集した
フランスの詩人シャルル・ぺローが、発音を聞き間違えて「verre ガラス」の靴に
してしまったという説があります。うーん、なんとも言えないところですが、
ガラス製の靴は簡単には変形しないでしょうから、ピッタリ合う足の持ち主を

探すには好都合だったのかもしれません。

 

あと、シンデレラのお話には大きな疑問がありますよね。かぼちゃの馬車や

ネズミの馬、シンデレラのドレスは深夜12時を過ぎると魔法が解け、
もとに戻ってしまうのに、なんでガラスの靴だけはそのままなのか(笑)。
この疑問を持った人は世界中にいたようで、アニメと実写でシンデレラを
映画化しているディズニー・プロダクションが解答編をつくっています。

それによれば、ドレスはもとは灰まみれの汚い服、馬車はかぼちゃといった
具合に魔法をかける前のものがあるのに、靴だけはそうではなく、
何もないところから新しくつくったからとされてるんです。
うーん、なんか苦しい言いわけだなあという気がしませんか。

シンデレラが王子の前に靴を残さないとその後のストーリーが続かない
ですからねえ。でも、おそらくこれ、最初にあった原話にお城の
時計の話が後からつけ加えられたため、そこだけ接合がうまくいかず、
不自然になってるんだろうと思われます。



さて、本題のお話に入ります。シンデレラの魔法は12時を少しでも過ぎると
解けてしまいます。ペローがこの話を採取したのは17世紀後半、
日本だと江戸時代の前期にあたります。その当時からシンデレラの話は
昔話なので、原話はもっと古いと思われますが、
この時代に、すでにヨーロッパでは時計が普及していたんでしょうか。

これは、だいたい不定時法から定時法へ変わる過渡期だったと考えられています。
不定時法とは、日の出から日没までを12等分して時間を決める方法で、
当然ながら日の長い時期には1時間の長さも長くなります。      
逆に冬場は1時間が短い。これに対し、定時法は機械時計で正確に
時間を計測するため、季節にかかわらず1時間の長さは同じです。

現存する日本最古の機械時計 徳川家康所蔵
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ここで、不定時法を守ろうとしたのがキリスト教会です。日の出や日没は
神が定めたものだというわけですが、当時新しく勃興していた商人階級は、
定時法を進めようとしました。正確な時間があれば、賃金や借金の利子を
決めるのに便利だからですね。そのうち、ヨーロッパでは機械時計が普及し、
街の広場には時計塔がつくられるようになりました。

不定時法は定時法にとってかわられてしまうんです。では、定時法は
人々にとっていいことだったのか。ここが難しいですね。この後、ヨーロッパは
産業革命に突入しますが、当時の労働時間は1日14時間を超えていました。
時給は細かく法律で決められ、労働者は時間に追われて日々を過ごすことになり、
その苦しさをまぎらわそうとジンなどの強い酒を飲み、アルコール中毒が増えます。

スイス ベルン 1530年に初めてつくられた時計塔
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それまで自然の時間の中で生活してきたものが、時計に追いまわされ、
機械に使われる日々が始まったというわけです。その中で、労働者階級と
資本家ブルジョアの対立が深まり、カール・マルクスにより『資本論』が
書かれて共産主義の概念が誕生します。人々の暮らしの中に、
「時間どろぼう」がしのび込んできたんですね。

さてさて、そのあたりのことをテーマにして書かれたのが、
ドイツの作家ミヒャエル・エンデの『モモ』です。ローマのとある街に現れた
「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちによって、人々から時間が盗まれてしまい、
みなの顔から笑顔と余裕が消え、優しさを失い、あくせくとした日々が始まります。

産業革命 ムチで打たれる少年労働者
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その盗まれた時間をとり戻そうとしたのが、貧しいみなしごですが、
不思議な力を持った少女モモだったんです。ということで、自分は自由業で比較的
楽に過ごしていますが、どうも最近、異常に忙しい、時間に追われて息づまると
感じておられる方は、近くに時間どろぼうが潜んでいるのかもしれませんよ。
では、今回はこのへんで。