私、ある神社の宮司の家に生まれたんです。それほど大きくはないんですが、
まずまずの規模のところで、初詣の参拝者がだいたい、
毎年5000人くらいと言えば、おわかりいただけるでしょうか。
くわしい場所やご祭神なんかは、さしさわりがあるので、この場では
控えさせていただきます。私は長女なんですが、上に兄が4人います。
下に妹が1人、ですから6人兄弟ということになります。
近ごろでは珍しいでしょう。神職を継ぐのは、そのうちの長男と次男です。
この2人の兄は、小さい頃から厳しい修行をさせられていましたが、
残りの4人は、ほっぽっておかれたというか、将来は神社では面倒を見ないから、
自分で好きな職業につけ、という感じでしたね。ですから、3男はJR職員、
4男はイラストレーター、私は平凡な会社員で、妹はまだ高校生です。
タケノコを抜く
あれは、私が小学校6年生のときですね。妹とは7つ違いなので、
まだ小学校前くらいです。2人で神社の境内で遊んでたんです。というか、
まだ小さい妹とでしたので、神域の森に入ってきれいな落葉を拾っていたんです。
ほら、赤くなったカエデや黄色いイチョウの葉なんてすごくきれいでしょう。
「タケノコなんてないでしょ」 「でもお姉ちゃん、ほら」
妹の近くに行ってみると、確かに10cmばかりの白い尖ったものが、
落葉の中から顔を出してて、タケノコに見えなくもありません。
「あー、ほんとだタケノコかも」 「掘ってみよ」
「手で掘るのは無理だよ。スコップとかないと」こんなことを言ってると、
妹が小さな手で先のほうをつかんで、ぐっと上に引っぱりあげたんです。
ずるっ、という感じで簡単にそれは抜けましたが・・・
土が掘れたわけでもないのに、子猫くらいの生き物が出てきたんです。
うーん、どう言えばいいですか。顔の色は真っ赤で、
鬼の面を優しくしたような感じ。体はふさふさの赤い毛に
おおわれ、全体的には猿っぽい気がしました。妹はその頭に生えている
一本角をにぎってたんですね。「わ!」と私は驚きましたが、
妹はぜんぜん平気で、「うわ、かわいい」などと言ってました。
「〇〇ちゃん、それ、鬼かなにかだよ。放してやりな」私がそう言っても、
妹は「キャハハハ、かわい~」笑いながらその生き物をふり回して。
生き物は暴れもせず、困った顔をしてなすがままになってました。
私は、「そうだ、お兄ちゃんたちのとこに持ってこう」と言いました。
その場所は神社の社務所のすぐ後ろ側で、兄たち2人のどちらかが
当番で詰めてると思ったんです。妹が先に立って社務所に行きました。生き物は
観念した様子で丸くなってました。私が戸口で「お兄ちゃんいる~」と叫ぶと、
ややあって、次男のほうが「こら、何だ、修行中なんだぞ」と言いながら、
神職の格好で出てきましたが、妹が持ってるものを見ると
「〇〇が見つけたのか!」と驚いた顔になり、小さく呪言を唱え、
れから指を2本口元にもっていくと、妹の持ってる生き物につばを
つけるような仕草をしました。はい、それで生き物はぱっと消えたんです。
面を返す
これは私が中学校2年のときですね。12月のことです。
最初に話しましたが、お正月の初詣って神社のかきいれどきなんです。
神に仕える者がお金の話をするのもなんなんですが、1年の収入のかなりの
部分が、初詣のお賽銭で集まるんです。それで、私も母に言われて
神社の手伝いをしてました。そのときは破魔矢をつくってたと思います。
そういうのは業者に頼んで納入してもらうこともできるんですが、
うちは手作りだったんです。まあ、毎年やってるので作り方は慣れてました。
それでもさすがに、3時間もやってるとだんだん飽きてきたところに、
社務所の前で、「ごめんください」って声が聞こえたんです。
時間は夜の8時ころだったかなあ。
それで、「私、出る」と母に言って、社務所の玄関まで行き、
そこにいるお客さんの顔を見て、腰を抜かしちゃったんですよ。
はい、立ってたのはすごく背が高い人で、真っ白な着物にやはり白い袴。
それはいいんですが、顔が・・・目が大きくてらんらんと輝き、
鼻がずんと前に伸びてました。「あ、あ、あ」半泣きになった私に、その人は、
「神社のお方ですかあ、お面を返しに来ましたあ」と間のびした声で言い、
私は「お兄ちゃ~ん、お母さ~ん」と助けを呼びました。そしたら、
長男の兄が出てきて、座り込んだ私を見て「こらこら、お客様に失礼だぞ!」と
叱る口調になり、またその人に向いて「わざわざありがとうございます」
礼をしました。その人が、よっこらという感じで面を外すと・・・
その後には、藁を巻いた丸太のようなものがあったんです。
兄は「確かに受け取りました」と面をささげてまた礼をし、その人は「では」
と言って帰っていきました。兄は、「これは今年のお神楽に使う猿田彦様の
お面だよ、わけあってお貸ししてたんだ」と言って奥に持ってったんです。
亀で転ぶ
去年のことですね。私が大学を出て今の会社に勤めた最初の年の7月です。
その日、会社で大事な研修があったんです。それなのに私、
すっかり寝坊してしまって、時間に間に合うかどうかギリギリだったんです。
はい、その年、初めて実家を出て、アパートで一人暮らしを始めたんですが、
その日はたまたま、目覚し時計をかけるのを忘れてて、
起きたときにはヤバイ時間になってました。「たいへん!」と、
あわてて支度をし、朝食抜きで部屋を飛び出しました。
会社までは、バス通勤で30分くらいかかります。
いつものバスはもう出てしまったけど、まだ2本くらいあったはず、
そう思ってバス停まで走ったんです。もう息せき切って必死で。
角を曲がると、いつものバス停にちょうどバスが停まるところが見えて。
「ああ、ぎりぎり間に合う」と思ったんですが・・・
そのまま何かにつんのめって転んじゃったんです。「ええ?」
なんとか顔は打たないですみましたが、コートは泥だらけで、手から血が
出てました。恥ずかしいのですぐに立ち上がりましたが、膝も痛い・・・
足元のところを見ると、亀がいたんです。甲羅が30cm以上ある大きな亀。
「こんなところに、ありえない」って思いました。だって近くに川もない
普通の街中なんです。しかも、さらにありえないことにその亀、
見ているうちに、ずぶずぶアスファルトに沈んでいったんですよ。
「あ、あ」亀は見えなくなり、とぼとぼ歩きだしたら、
足を引きずってアパートに戻り、手を洗って着替え、タクシーで近くの
整形外科に行きました。膝は軽い打撲、手のひらは消毒する程度でした。
部屋に戻って、「あーあ」と思いながらテレビをつけたら、
ニュースでバスの事故のことをやってました。それ、私が乗るはずだった、
転んで乗れなかったバスだったんです。運転手が運転中、急に意識をなくし、
対向車線にはみ出してトラックに衝突、死傷者15人の大事故でした。
「え~!?」と思いました。「あの亀が助けてくれた? まさか」
その夜、めったにないことに、実家の父から電話がかかってきました。
「お前、今日寝坊したろう、池の亀から聞いたぞ、気をつけなくちゃいかん。
猿田彦面