こんばんは、今田ともうします。37歳です。息子が一人おりまして、
現在小学校5年生です。去年離婚をしましたので、一人で育てています。
今夜ここに来たのは先週の火曜の夜、不思議な出来事があったからです。
その話をしたいと思います。あれはまず、その前の週の木曜日でした。
朝、大慌てで出勤と息子を学校に送りだす準備をしていると、
時間割をそろえていた息子がしまったという顔になり、
「あ、大事なこと忘れてた。お母さん、写真ちょうだい」
って言い出したんです。
「なによ、こんな忙しいときに。なんの写真? なんに使うの?」
思わずムッとした口調でこう聞き返してしまいました。
「あ、僕の子どもの頃の写真。幼稚園とか赤ちゃんのときの写真。
 
ねえ、あるでしょ?」「そりゃあるけど、なんに使うの?」
「んと、学校でね、今日の総合写真の時間に自分史新聞ってのを
作ることになってるんだよ。だからそれに使う写真」
「・・・だからあれほど、時間割は前の晩にそろえなさいって言ったでしょ」
怒ったんですが、そのまま行かせるわけにもいかず、
ストックしてパソコンにためておいた写真を何枚か、
急いでプリントアウトして息子に渡したんです。そのときにどこで
撮った写真か思い出して、写真の裏にメモ書きしました。世の中が
デジタルになって、便利なことばかりではありませんね。
これがアルバムに収めてたのなら楽だったのに。おかげで、
その日は渋滞にはまって、会社に着くのが遅くなってしまいました。
 
私は服飾デザインの会社に勤めてるんですが、特になにかを言われた
ということはなかったです。その渋滞にはまったとき、息子に渡した写真、
ずいぶん見てなかったなと思ったんです。
忙しいせいもありましたが、なにより離婚したもと夫が写ってるのが
多いので見る気がしなかったんです。その日、夕食のとき息子に
「あの写真、役に立った?」と聞いたら「新聞の完成まで、
まだ何週間もかかるんだよ」という答えでした。そのときはそれきりで、
写真のことは頭から消えてたんです。それで翌週です。
火曜日の夜に重要な飲み会があったんです。子育てをしているので、
ふだんはなるべく定時で会社から戻るようにしていて、周囲も認めて
くれてたんですが、そのときはクライアントの担当者の接待で、
 
私の作成したデザインが大きな会社に採用されるかどうかがかかっていたんです。
だから出ないわけにはいかなくて、息子のことは実家に頼んでいたんです。
はい、ありがたいことに実家は近くで、両親も健在です。ですから、
前々から息子に、この日は学校から直接実家のほうに帰るように
っていいふくめてあったんです。そういうことはこれまでにも何回かあって、
息子も慣れたものでした。ええ、実家の両親にはいつも感謝しています。
それでですね、その晩の接待では私は運転して帰るので
ずっとウーロン茶でした。仕事のほうは、向こうの担当者の感触はよかったです。
で、接待の場所の近くの駐車場に車をおいてたので、10時過ぎに店を出て、
それから実家に行って息子を拾って帰るつもりだったんです。
この時間ならまだ寝てないだろうと思いました。その日はずっと
 
雨だったんですが、夜になってみぞれに変わったようでした。
実家までは20分くらいで、けっこうさびしい道を通るんです。
道自体は最近できたばかりで立派なんですけど、まわりがずっと
野菜のビニールハウスで、車通りもあんまりないんです。
それに途中に低い丘があって、その脇を回っていくんですが、
丘のすそに石段があって、中腹に神社の赤い鳥居が見えるんです。
お参りしたことはないし、なんという神社なのかもわかりませんでした。
ただ、その道を通るときは、なんとなく気味が悪いなと思っていました。
脇を抜けるときふと神社のほうを見上げると、灯明がついているのか、
鳥居の中が明るくなっていたんです。ああ、こんな天気なのに 
なにかやってるんだろうか、そう思ったのを覚えています。
 
で、神社の前を過ぎて山の裏に入ったとき、唐突にカーステレオが
鳴り出したんです。私は、運転しているときは音楽を聞いたりしないし、
テレビやDVDを見ることもありません。
何だろうと思ったら、どうやらFMラジオのようでした。
その車は軽でしたが、買ってから1度もラジオなんてつけた
ことはなかったんです。まあでも、息子が乗ったときにイタズラした
のかなくらいに考えてました。で、ラジオのスイッチを切ったとき、
急に道路がというか、あたり全体が暗くなったんです。
え?と思いました。サングラスをかけたような感じでした。
道の両側に黄色の街灯がずっと並んでたんですが、いつの間にか
それが一本もなくなって、寒そうな枯れ木の街路樹が並んでたんです。
 
そのために暗く感じるんだと思いました。
あれ、この道おかしい。こんなとこ通ったことはない。
でもさっき神社を通ったばっかりだし、間違えるはずもない。
ワイパーの動きが激しくなりました。みぞれが吹雪に変わってたんです。
それもかなり激しい。でも、そんなはずはないんです。私が住んでいる
とこは積もるほどの雪なんて降ったことがない。せいぜいがあられか
みぞれ。カーナビをつけたんですが、電源は入ってるのに画面は
真っ暗でした。どうしたんだろうと考えているうち、
10分ほど走っていました。それで、その間一台の車とも
すれ違ってませんでした。ミラーを見ても後続車もない。
すごく不安な気持ちになったんです。
 
 
道の向こうは暗く、なんだか高い山に向かっているようでした。
そんな高い山なんてないのに。それからまた10分ほど走りました。
もうとうに街中のにぎやかな場所に出ているはずなのに。
そのとき吹雪がふっと弱まり、正面の山すそに西洋風のお城の
ようなもののシルエットが黒々と見えたんです。
やっぱり道を間違えたんだ。引き返そうか。でもどこで間違えたんだろう。
考えたんですが、なにがどうなってるのかまったくわかりませんでした。
あ、道端に人がいる。こんな吹雪の中を歩いてる。止めて道を聞こう、
そう思いました。車のスピードをゆるめてその人のわきに寄せると、
古びた外套のフードをすっぽりかぶった男の人で、
しわと白いひげが目立ちました。私はウインドウを開け、その人に
 
「あの、道に迷ったみたいなんですが、ここ、どのあたりですが?」
と聞いたんです。その人は顔を上げて何か大声でいったんですが、
まったくわからない言葉でした。日本語とは思えなかったんです。
その人は持っていた杖を振り上げ、山のお城のほうを指して・・・
私はほうほうのていで車を発進させたんです。
さらに10分ほど車を走らせたんですが、ガードレールも歩道もなくなり、
雪が積もってた街路樹がずっと続くだけだったんです。それでです、
次の山かどを曲がったとき、急に子ども・・・幼児が走り出たんです。
強くブレーキを踏み、ヘッドライトに浮かび上がった幼児は5歳くらいで、
その子の来ているヤッケに見覚えがあったんですよ。
息子の昔のものだと思いました。そして正面を見たその顔も、今のではなく、
 
小学校に入学するあたりの息子の顔。あのころは幸せだった・・・
でもそんなはずはない。その子はなにも言わず、片手でカーブの向こうを
指さしたんですが、なんだかぼうっと明かりが見えるような気がしました。
「あ、待って。ここどこなの?これはどういうことなの?」でも、その子は
黙ったまま、山の中へ走り去ってしまったんです。車を降りて追いかけようか
とも思ったんですが、息子のはずはないし、人家もないし怖くて
しかたなかったんで、車を明かりの見えるあたりまで走らせたんです。
そしたら、雪はやんできていて、正面にあった高い山も見えません。
明かりはコンビニのものでした。はい、見知った道に戻ったんです。
なにが起きたのかはまったくわかりませんでした。そこから実家まではすぐで、
両親は起きてましたが、息子はもう布団に入っていました。
 
それをなんとか家に連れ帰ったんです。もちろん息子はずっと
実家にいたと言ってました。あそこはいったいどこなんでしょうか?
 あの高い山は? お城に行きつくとどうなってたんでしょう? 
そして助けてくれたのは?・・・まあ、こんな話なんです。
 
eriou.jpg