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あ、どうもコンバンワ。じゃ、話を始めさせてもらいます。
私、・・・本名は山根正一って言うんです。
でも、今住んでる街でその名前で呼ぶ人はいません。
自分から言ったことないし、知ってる人、ほとんどいないんじゃ
ないかな。お店では、シャーリーって呼ばれてます。
あ、はい、働いてるお店は女装サロンなんです。・・・こう言うと、
一般の人はゲイバーと勘違いするんですけど、
全然違うんです。あと、ニューハーフバーとも微妙に違います。
ああ、すみません、よく聞かれることなんですけど、
ここのみなさんは、こんな話 興味ないですよね。
それで、3週間くらい前ですね、私と、

いっしょに働いてるダリアって子と別のお店で飲んでたんです。
そこで2人の学生さんと知り合いまして。その人たち、大学の
心霊研究会ってサークルに所属していて、幽霊とか心霊スポットの
話をいろいり聞いてすごく盛り上がったんです。
私たちの仲間って、占いとかパワーストーンとか、
スピリチュアルにはまってる人が多いんですよ。毎日占いを見て、
その日着てくるドレスの色を決めるとか。
それで、そのときですね、ダリアが「私、幽霊とか信じない」
って言ったんです。「この世界、よく自分は霊感があるって言ってる

人いるけど、そんなの目立ちたいための嘘か、メンヘラが入って
るだけだから。ほんとうに幽霊がいるのなら見てみたい」って。

そしたら、学生さんたちはそういうのに慣れてるのか、にやにや

笑って、「じゃあ、お店が休みの日いつ? そのときに俺らと、
霊感があってもなくても、誰でも絶対に心霊現象を体験できる
スポットがあるから、いっしょに行かない?」って誘ってきたんです。
そしたらダリアはすぐ、「行く、行く、連れてって」って答えて。
そのとき、「あーこの子、またそんな簡単に返事して」って

思ったんです。私、幽霊は怖いし、いると思ってるんです。
結局、その場のなりゆきで私もついてくことになり、お店が休みの

次の月曜日の夜9時に、近くの駅前まで車で迎えにきてくれる
ことになったんです。ダリアはすごく乗り気で、
「きゃ~楽しみ、何 準備しておけばいいの?」って聞いて。

「うーん、いちお廃墟だから、ジーンズとかはいて来たほうがいい。
それと足元が危ないから、ヒールのあんまり高くないブーツか
スニーカーで。あとは懐中電灯くらいかな」そのとき、ダリアは

ちょっと残念そうな顔をしたんです。あの子、プライベートで
出かけるときも、いっつも派手派手なドレス着てましたから。
それで翌週の月曜日になり、メールで連絡がきて私たちが待ってると、
学生さんたちがレンタカーで迎えに来てくれて、それから

1時間近く走って、郊外にある低層マンションの廃墟に行ったんです、
学生さんたちは、そこで殺人事件があったとか、
オーナーが借金で首を吊ったとか、私たちを怖がらせようとしてだと
思うんですけど、いろいろ話をして。私はけっこう怖かったですよ。

でも、ダリアはまったく平気で「でも、そんな事件があったなら
新聞に載ってるよね」みたいに反論してました。学生さんたちは、
「まあね」と話を続け、「そのマンション、いちお立入禁止の札が

立ってるけど誰でも入れるから、スプレーの

落書きだらけなんだ。けど今日は月曜だから、たぶん

他に来てるやつはいないと思う。で、そこの3階の4番目の部屋、
ドアに幽霊の絵が描かれてて、一番危険な場所って言われてる。
ガラスとかあちこち割られてるんだけど、その部屋の浴室にある
つくりつけの鏡は残ってて、夜に一人でその鏡を見ると自分が

死ぬときの顔が映るって噂になってる」そう言ったんです。
ああ、怖いって思ったんですけど、ダリアはキャハハと笑って、
「見る、見る、絶対に見るから」すごくテンションが高くなってました。

それで、そのマンションに着いて駐車場の跡地に車を停めました。他の

車はなかったんで、来てるのは私たちだけだと思って少しほっとしました。
幽霊も怖いけど、他のグループとトラブルになるのも怖かったんですよ。
その学生さんたち、ケンカとかあんまり強そうに見えなかったので。
さっそく全員が自分の懐中電灯をつけ、マンションの入口を照らしました。
たしかに落書きだらけでした。「ここは鍵かかってるから」学生さんの

一人がそう言い、1階の部屋のベランダの割れたサッシから中に入って
いったんです。それで、中にはいってちょっと拍子抜けしました。
生活感がまったくなかったんです。ああ、これ、入居者が入る前に
建設中止になったんだなって思いました。だから、家具もないし、
新しい壁にスプレーで落書きがされてるだけで。

私、廃墟に入ったのはそのときがはじめてなんですけど、そういうのって、
生活感があるから怖いんじゃないですか。壁にカレンダーがかかってたり、
仏壇があったりとか。ダリアもそう思ってるみたいでしたね。
それで、1階の数部屋に入ったんですが、どこも同んなじつくりでした。
期待に反して? 私たちがあんまり怖がらないのを見て、
学生さんたちは「じゃ、3階の鏡のある部屋に行こう」そう言って、
もちろんエレベーターは動かないので、非常階段を上っていったんです。
それで、問題の部屋ですけど、ドアにはたしかに幽霊の絵があって、
すごく上手だったんです。真っ黒い目をした女の子がぼうっと立ってて、
その目の穴から赤い血がしたたってる。スプレーじゃなく、
油性マジックとかだと思いました。学生さんの一人が、

「あんまり怖くないみたいだから、じゃ、この部屋、一人ずつ入って
浴室の鏡見てくることにしない。自分が死ぬときの顔は

一人じゃないと見られないっていうから。大丈夫、

ドアは開けっ放しにして、みなで待ってる」それ聞いて

やっぱり怖くなってきました。ダリアはすごくはしゃいで、
「やる、やる、待ってました~」って。それで、学生さん、私、

学生さん、ダリアの順に部屋に入ることになったんです。

最初の学生さんが終わって、黙ったまま出てきました。

次が私の番で「浴室は左側だから」って聞いて、
懐中電灯で照らしながら、こわごわ入っていきました。
浴室のドアを開けたら鏡があるのがわかりましたが、
私、そこでやめちゃったんです。まさか自分が死ぬときの顔が映る
はずはないと思うけど、万が一ほんとうだったら・・・

それで、見ないまま戻ったんです。次が学生さんで、最後がダリアの番。
ダリアはわざと懐中電灯の光を上下に散らしたりしながら入ってって、
少しして「ぎゃ~~~~あああ」ってすごい悲鳴があがったんです。
ダリアの声です。学生さん2人がすぐ入っていき、怖いので私も

ついてったら、ダリアが浴室でうずくまってて、鏡が割れてたんです。
暗くてよくわからなかったですが、ダリアの手から血が出てるようでした。
ダリアの両脇を学生さんたちが抱えて車まで戻り、両手の指が

切れてたので、タオルでくるんで救急外来のある病院に連れてったんです。
その間、ダリアはおびえた顔で、一言もしゃべりませんでした。
たぶん、鏡はダリアが素手で叩いて割ったんだと思います。結局、
ダリアの傷はたいしたことはなく、縫うまでもいかなかったんですが、

気まずい雰囲気になって、学生さんたちとは別れたんです。次の日、
出勤する前に、私のスマホにダリアから「お店休む」って連絡が来て、
「ケガが痛むの?」って聞いたら、「そうじゃなくて、鏡を見るのが怖くて
お化粧できない」って言うんです。「え? 昨夜、何を見たの?
ホントに自分が死ぬときの顔?」そう聞いたら、少し間をおいて、
「・・・50歳くらいの太ったオッサンの顔、白髪で無精ヒゲの」
それで切れちゃいました。それから、ずっとダリアはお店を休み、街から

いなくなっちゃったんですよ。噂だと、女装サロンで働いてるってことが
どうしてか実家の両親にばれてしまい、ダリアの部屋に押しかけてきて
さんざん説教されたり叩かれたりしたあげく、無理やり連れ戻された

ってことみたいです。それ以来、連絡はありません。