これ、アメリカでの話なんです。だから信じてもらえるかどうか。
あ、僕、岩瀬っていいます。日本の大学に在学中に、交換留学生として
2年間アメリカの大学にいたんです。といってもニューヨークみたいな
大都会じゃなく、コロラド州の田舎町にある小さな大学。
ステイ先も農場で、畑は広かったけど家は古い建物でしたね。
アメリカって都市ばかりが有名ですけど、だだっ広い面積の中に
小さな町がえんえんと連なっていて、田舎町の集合体みたいな感じ
なんです。それで、そういうところでは農場の敷地の中にぽつんと
家が一軒。隣の家とは何KMも離れてて、何かあっても警察もすぐには
駆けつけてこれない。だから怖いといえば怖いんです。家の中で何かが
 
起きててもまずわからない。有名なテキサスチェンソー殺人事件
ってありますでしょ。人里離れたモーテルで、狂った家族が殺人を
くり返してたって話。ああいうことがあっても不思議じゃないんです。
そうですね、アメリカで日本人だからって差別されたことは
ほとんどないですね。むしろキリスト教徒じゃないってことで
差別があった気がします。地域の教会にこない人間は信用できない
みたいな感じで。コロラド州はトウモロコシ栽培で有名なんです。
コーンウイスキーも作ってます。空港の周りがすでにトウモロコシ畑でして、
さっきも言いましたけど、その規模がね、日本とはまったく比較に
ならないんですよ。トウモロコシは主食というより、牛の飼料として
使われる場合が多いようですね。トウモロコシ栽培があるから、
 
牛肉の生産も盛んだってこと。ああ、すみません。話がなかなか
進まないですね。アメリカって、トウモロコシにまつわる怖い話って
多いんですよ。たぶん、アメリカに最初に来た開拓者の苦労が
話の中に反映されているんだと思います。そのころはトウモロコシを
人間が食べてたし、収穫のできのよし悪しは死活問題でしたから。
これもそんな中での話の一つかもしれません。その地域では、
秋に収穫祭があって移動カーニバルがやってきます。移動カーニバル
ってご存じですか?日本でいえば昔のサーカスに似てるかもしれません。
トラックにテントを積んで町から町を回る。出し物は動物ショーや曲芸、
バイクのスタントや射的とか輪投げとか。あとけっこう大きな観覧車なんかも、
車に積んできて現地で組み立てるんです。よく映画にも出てくるでしょう。
 
アメリカ人にはピエロが怖いってイメージもありますよね。
あれも子供のころに見たカーニバルの影響かもしれません。
移動カーニバルは夏は北部、冬は暖かい南部の町を回るんです。
で、コロラド州に来るのはいつも秋ごろ。その日、学校の友人に
移動カーニバルにいってみないかって誘われまして。
子どもだましのような気がしたんですが、断るのもなんだし
参加してみました。そしたらけっこう面白かったですよ。
お金がなかったけど、使うのは小銭だけだし。カーニバルは
地元の人でごったがえしてました。娯楽が少ないんですよね、
特に若い人の。ただ今はネットが普及して家で映画なんかも気軽に
見られるようになり、カーニバルがいまだに来ているのかもわかりません。
これ、僕が若かった40年くらい前のことですから。
 
で、夜の8時ころからカーニバルに行ったんですが、
仲間とはぐれてしまって。ずっとビール飲んでましたから、
かなり酔っぱらっていたと思います。で、一人でゲームをしたり
してるうち、ソロテントの前に出ました。ソロテントというのは
一人用の小さいテントのことで、中でジプシーの占いとかをやってるんです。
フォーチュンテラーとか。もちろんインチキで、占い師もアメリカ人が
ジプシーのかっこうをしてるだけなんです。まあ面白いかと思って
占ってもらいました。自分は今度の試験で合格点をとれるかとか、
僕が帰国したときには日本はどうなってるかとか。そのテントの
占い師は三角棒をかぶったお婆さんで、占いは水晶玉じゃなくカード
みたいなもの。タロットカードに似てましたが、絵柄がちょっと違ってたので、
 
アメリカ独自のものなんだろうと思います。でね、複雑な操作をして
婆さんが取り出したのは、トウモロコシ畑にいる案山子が逆さまになった絵柄、
逆位置ってことでしょうね。その絵柄がぱっとテーブルの上に出たとき、
婆さんはちょっと変な顔をしまして、「あれれ、これは珍しいのが出たね。
トウモロコシの呪い・・・あんた何か心当たりある?」と聞かれました。
もちろん僕にそんな心当たりがあるわけもなく、結局、こっちが出した
質問には答えてもらえませんでした。帰りがけに、婆さんは「変なカード
だねえ、まさかと思うけど、念のためにあんたトウモロコシ畑には入らない
ようにしなさい」って言われたんです。でもぜんぜん信じちゃいませんでした。
それに明日はトウモロコシ畑に入る予定があったんです。そのカーニバルとは別に、
町ではコーンメイズを作っていて。コーンメイズってわかりますでしょうか。
 
トウモロコシ畑を迷路にしたものです。企業とタイアップして宣伝を
入れたりして、その時期にはあっちこっちでやってます。なにしろ耕作面積が
膨大なので、収穫を少し無駄にして迷路を作るくらいなんでもないんです。
で、仲間も見つかって、その夜はベロベロに酔っぱらって帰りました。で、
翌日です。大学はべつに休みではないので、午後からコーンメイズに行きました。
入口のところにテントが数個はってあるくらいで、客はあまりいなかったですね。
迷路って、1回入って道順がわかってしまえば、リピートする人ってあんまり
いないですから。で、そのときも仲間4人といってて、ばらばらに分かれて
一番早く出口を見つけたやつが勝ちってことになりました。よーいドンで
別方向に走り出し、しばらく回って拍子抜けしました。というのは、
道が分かれてるとこには案山子が立ってて手で正しい道順を指ししめして
 
いたからです。まあ子供が一人できたとき、迷ったりしないようにと
いう配慮なんでしょうね。これじゃ迷路の意味がないとも思いましたけど、
どうせコーンでできた迷路だから、無理やり突きっきっていくことだって
できるんだし。アメリカの案山子は日本のものとよく似ています。日本のは
芯を稲わらで作るけど、それがトウモロコシにかわっているくらいで。
他の客は地元の家族とかがそれなりにいたけど、進むにつれてだんだんに
少なくなってきて・・・。雲が出て日もかげってきたんです。
時間は午後の4時半ころだったかな。で、それとともに、道を指さしている
案山子がだんだんボロボロになってきて・・・。その角を曲がったときは
他の客は誰もいませんでした。まっすぐな通路を端まで進んだとき、
T字になった角にまた案山子が立っていたんです。
 
それが・・・古いオーバーオールの服はあちこち敗れてて、
何よりも顔が人間のミイラみたいだったんです。ふつうの案山子って、
顔は藁の芯を白い布でつつんで、そこに日本のへのへのもへじみたいなのを
描くんですが、その顔はすごくリアルにできてて、死んだ人間としか
見えなかったんです。わざわざゴムとかで作ったんだろうか?
それにしてもよくできてるなあ。そう思って近ずいてよく見ようとしたら、
あることに気がつきました。案山子のどちらかの手に手袋がはまってて
T字路の正しい方向を指さすことになってるはずでした。
それまでずっとそうだったので。ところが案山子の両手はだらんと
垂れ下がっていて、一つに合わさった指の先が真下、つまり地面のほうを
指してたんです。このときまで、怖いとは考えてませんでした。
 
前の日にカーニバルであった占いもほとんど忘れていたんですが。
そのとき唐突に声が頭の中に響いたんです。「立ち続けで
疲れたから代わってくれ」って。驚いて周囲を見渡しましたが誰もいない。
今のは・・・この案山子がいったのか?そう思ってあらためて
案山子の顔を見直しました。そしたら急に怖くなったんです。
以前見たホラー映画の場面を思い出しました。でも、案山子はもちろん
ぴくりとも動かず・・・案山子は動かなかったけど、
右目の穴が急に盛り上がり、中から長いムカデが出てきたんです。
ムカデは案山子の顔と体をはってぼとっと下に落ち・・・急にね、
僕と案山子が入れ替わったんですよ。そうとしか言いようがないですね。
僕はコーン畑の角に立っていて、案山子はじゃあともありがとうとも言わず、
 
ぎくしゃくと2本足で歩いて角を曲がっていったんです。
それからは苦痛でしたね、体も動かないし声も出せない。ときおり他の
お客さんが来ましたが、僕の顔をじっと見つめると、みんな気味悪そうに
去っていくんです。え?指がどこを指していたかって?わからないです。
筋一本体が動かせないんだから。そのまま何時間過ぎたかなあ。
だんだん夜になって、迷路も閉められたのか、お客さんも来なくなってね。
いつの間にか気を失ってしまったんです。
それから朝になって、顔に露がついてて目を覚ましたんです。
自分が案山子じゃないことに気がつきました。僕は地面に倒れていて、
体も動いたんですよ。それでなんとかかんとかステイ先の農場に帰ったんです。
農場ももちろんトウモロコシ畑に囲まれてて、そこを通るときは怖かったです。
 
酔っぱらってたんじゃないかって?うーん、ビールは飲んでましたが少しですよ。
あの占いはこのことを指してたんでしょうか。とにかくどうにも説明がつかない
不思議な出来事でした。それからは日本に戻るまでおかしなことは
ありませんでした。ただ、帰国する直前にステイ先のファミリーに
このことを話したんです。そしたら農場のご主人が難しい顔をして、
「そういうことはある、トウモロコシは怖いもんだ。そういうものから
身を守るために、自分たちは神様を信じているという面もあるんだよ」
こんな意味のことを言いましたね。日本でもほら、お米に中には神様が
いるっていうじゃないですか。もしかしたらトウモロコシにもそういうのがある
のかもしれません。日本に帰ってから、しばらくして両親は亡くなりましたけど、
どちらも病気です。まあ、こんな話なんです。ステイ先の家族とは、
今でも手紙でやりとりしてますよ。クリスマスカードを贈ったりね。
 
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