怖い話します(選集) -14ページ目

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

※ このブログでコメント等にはお返事できません。
お手間ですが、「怖い話します(本館)」のほうへおいでください。

今晩は。お初にお目にかかります。あ、あいさつはいらない? そうですか。
では、さっそく話を始めさせてもらいます。
えー、わたしは古物商をやっておりまして。といっても、
店舗は持っておりません。古物の中でもごく特殊な物だけを扱う商売なんです。
ここの方々ならおわかりでしょう。いわゆる祟りをまとった品のことです。
ええ、わたしのような生業(なりわい)の者は他にもおります。
ですが、おおかたはどこかで地雷を踏んでしまうんです。そうして
不幸な亡くなり方をなさるんです。みな知識も経験も十分な方々でしたけどもね。
報酬は高いですが、それだけ危険な仕事ということですよ。
ほら、ご存じと思いますが、数年前、リマから呪いの仮面が来たときには、
あの祟りを受けて死んだ者の数は片手では足りませんよ。

ええ、ええ、外国の品でしたからね。本邦でこれまでやってきたノウハウが、
ほとんど通じなかった。実はわたしも少しかかわりがありましてね。
それは危ないところでした。ほら、こちらの腕を見てください。
焼けただれておりますでしょう。あのときにや受けた傷なんです。
ま、そんな綱渡りみたいな商売をして世を渡ってきたんですよ。
さて、今晩お話するのは、古い銅鏡についてです。古鏡ともいいますが、
熱心な収集家がおられるんです。これには注意すべき点が多々あります。
一つはその出自です。基本的には文化財ですし、盗掘によって
世に出たものがかなり多い。これは大陸から買った物でも同様です。
いや、むしろ大陸の方が世の中が混沌としておりまして、どっから出て、
どうやって売り出されるようになったか、詮索してはいけない場合が多いんです。

それと古鏡の場合はね、学術資料としてみるか、
それとも美術品としてみるかで、扱いが違ってきます。
銅製ですから、現物の多くは緑青で錆び錆びになっています。
学術資料の場合は、それに最小限にしか手を加えません。
紋様が削られたり、寸法が違ってきてしまう場合がありますから。
普通の人は、博物館などでこちらのほうを多く目にしておられるでしょう。
それに対し、美術品として扱う場合は、きれいに錆を落として水銀で磨き上げます。
まあ、本来あった姿に戻すわけです。鏡面をつるつるに仕上げれば、
現代のガラスの鏡に負けないほどよく姿を映しますよ。
またね、この時点で魔境であることがわかったりもするんです。
ああ、魔鏡というのは別に呪いの品ということではありません。

背面の紋様の凹凸によって、光の反射の中に像が浮かび上がるように
造られたものを、一般に魔境と呼ぶんです。例えばね、江戸時代の
隠れキリシタンの魔鏡などは有名です。光の中にキリストやマリアの像が
浮かび上がるんですよ。ああ、すみませんね。本題から話が逸れてしまって。
この間、さる好事家から銅鏡の鑑定を頼まれました。この場合、鑑定というのは、
時代や鏡の種類、あるいは値段などのことではなくて、霊的な鑑定です。
持っていても大丈夫か、家族に不幸が起きたりしないかということ。
入手ルートはぼかされてしまいましたが、その古墳時代のごく早期と
思われる鏡を買い、ガラスケースに入れて座敷に飾ったところ、
夜になると、部屋に光源もないのに鏡が光るということでした。
それとともに悲痛なうなり声のようなのが聞こえてくる。

ええ、わたしももちろん見せていただきましたよ。
夜中の12時過ぎにそのお宅を訪問し、鏡のある部屋に行ってみると、
確かに鏡が光ってたんです。・・・通常、飾る場合は裏面の紋様のほうを
前にします。表はただの平らな面ですからね。光ってたのはその表面のほうです。
床の間の壁に、鏡面と同じ大きさの光の円が映り、
その中を一段と光度の高い蛇のようなものがぐるぐると回っていたんです。
鏡面から光が出ているわけです。回り込んで覗こうとしまいたが、
まぶしくて目を開けていられないくらいでした。
そうですねえ、どう表現したらいいか・・・たらいに水を張って、
その中に蛇を入れる。蛇は自分のしっぽに噛みつこうとして、
ひたすらたらいの中を巡る、そのような感じでした。

そしてね、「わうーっ、わうーっ」といううなり声が聞こえたんです。
一声聞いただけで、深い無念が籠もっているのがわかる声でした。
その場ではどうにもできず、いったん鏡を預からせていただいて、
じっくり研究しようと思いました。これはわたしにとっては初めての事例でしたから。
それで、こういう場合、いろいろ調査する方法はあるのですが、
今回は夢を用いてみようと思いました。ええ、わたしの得意な方法の一つです。
こんなときのために、ある寺院と契約しておりまして、
そこの「夢殿」を借りることができるようにしてあります。
夢殿、といえば法隆寺にあるものが有名ですが、他の寺院でも、
付属施設として持っているところがあるんです。八角形のお堂ですね。
そこに鏡を持ち込み、布団を敷いた枕元に安置してわたしが寝るんです。

ええ、ええ、これまでにもこの方法でいろんな事実をつかんでいます。
これはわたしの親か教えられたものなんです。親父も祖父もわたしと同業でして、
そうとう古くから伝わっているのでしょうし、誰にでもできることでもないでしょう。
おそらく、わたしの血筋でないと無理なのではないでしょうか。
詳しいことは言えませんが、細々とした準備をしまして、
10時半過ぎに眠りにつきました。堂内の明かりはなしです。すぐに寝入りまして、
夢を見ました。夢・・・といっても、すさまじい現実感があるんです。
わたしは宙の低いところを漂って、下を見おろしている。
地面の石ころや草の生えた様子などがくっきりと目に入ってきます。
もしかしたら、時空を超えて実際にその場にいるのかもしれません。
その夜も、気がつくとそういう夢の中にいました。

どうやら高く土を盛った岡の上のようでした。
土には何本もの柱が円を描くように立てられ、そのすべてに、枕元にあるのと
同じ形式の鏡が吊り下げられています。「ははあ、破鏡をやっているのだな」
と思いました。日時計の刻石のような角度で鏡を並べ、ちょうど太陽の光があたって
輝いたとき、その鏡を一撃して割る、これが古代呪術の一つである破鏡です。
貫頭衣を着た古代人が数十人いました。歌うような節をつけて泣く女たち。
土盛りの中央に竪穴式の墓坑があり、木棺らしきものが見えました。
古代の葬式なのではないかと思いました。時間が早送りのように過ぎ、
鏡は次々と割られて、残すところ一枚となったところで、
急に空が陰り、大粒の雨が落ちてきました。それとともに弓矢と投石も。
敵襲のようでした。逃げ惑う人々。怒号、殺戮、血、すさぶ雨と風。

混乱の中に鏡は放置されておりましたが、一人の少女が近寄ってきて
柱から下ろし、胸に抱くようにして駆け去っていきました。
・・・ここで、目が覚めたのです。
枕元の鏡は自ら光を発し、「おーん、おーん」と泣くような音を立てていました。
「これは世にあるべき物ではない」そうはっきりとわかったんです。
翌日、鏡の所有者である好事家に事情を説明して納得していただきました。
鏡は関西のある古墳上に持っていきまいて、好事家の立ち会いのもと、光を受けて
輝いた瞬間に打ち割りました。本来こうされるべき運命にあったものなのです。
鏡が大きな破片となって割れ落ちるとき、中央から金色の矢のようなものが
空に放たれました。まあ、このような顛末です。・・・他にもろいろありますよ。
よろしければまた話をしに来させていただきます。
 
*学問的にはいろいろと違っているところがあります。
 
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岡山県に住んでる中学校1年生です。夏休み前に、
郷土学習で地元の歴史を研究しているおじいさんが学校に来られて、

体育館で昔の市内の様子や、不思議な話などをしてくださったんです。
最初は退屈かなと思ってたんですが、
プレゼンソフトで写真もたくさん見せてもらったし、けっこう面白かったです。
その中で印象に残っているのが、地元につたわる妖怪「すねこすり」の話です。
すねこすりは雨の降るくらい夜に現れ、
夜道を歩いている人足のを毛皮でこするんだそうです。

多くの絵が残っているそうですが、イヌの姿で描かれることが多く、
漫画家の水木しげるさんもイヌのイメージでマンガにしてるということでした。
ただ「すねこすり」という言葉の中には「ねこ」という語が入っていて、
ネコとイヌが混ざったような姿で描かれたものもあるともおっしゃってました。
その講演会があった日の帰り、友だちと妖怪の話をあれこれしたんです。
「すねこすりなんて、本当にいたんだろうか」

「うーん、でも雨が降る暗い夜にしか出てこないってのが怪しいよな。これって、
 本物の犬猫が走りぬけたのを、驚いた人が大げさに言って広まったのかも」


「・・・そうかも。今みたいに街灯も懐中電灯もない昔だしね」
「だけど、妖怪っていろいろ他にもいるよな。
 幽霊の話は今でも信じる人はけっこういそうなのに、
 妖怪はアニメだけにしか出てこなくなちゃったのはどうしてだろう」
「妖怪は幽霊みたいに怨みを持ってなくて、あんまり怖くないからじゃないか」
「そっか、妖怪は幽霊みたいに復讐するなんかの目的がないから、
 夜が明るくなると山の中に引っ込んでいったとか」
「ゲゲゲの鬼太郎でもそんな話になってたよな」
こんな会話をしました。

僕たちは2人とも、運動が苦手で部活動に入ってなくて、
その代わりというか、週に3日いっしょの塾に行ってるんです。家もすぐ近くです。
「妖怪でも、すねこすり程度のやつなら出たとしても怖くはないような気がする」
「あの絵のとおりならむしろ可愛いよな」
「転んで鼻の頭をぶつけたって子どもの話があるけど、せいぜいその程度みたい」
「じゃ今日の塾の帰り、裏通りの神社のある道を通って帰ってみないか」
「あそこだって街灯はあるし、そんなに暗いわけでもないけどな」
「あの神社はときどきロウソクがついてるのが道から見えるって話もあるし、
 けっこう怖いよ」

「人通りはたしかに少ないな。じゃあ、あの鳥居の前あたりで、
 すねこすりさん出てきてください、とかお願いしてみたらどうだろ」

「それバカバカしいけど面白いな・・・
 でもお前んち、母さんが車で迎えにくるだろ」

「おまえんとこで来るって聞いたから、乗せてもらうって言ってみる」
こんな風に相談がまとまりました。
塾が終わったのは9時半で、いつもは大通りを帰るんですが、
住宅地のほうに入って裏道に出ました。ここは堰に沿った細い道で、
途中舗装されてない砂利のとこがあって、神社もそのあたりにあるんです。

そっちに回ったのは久々で、ぜんぜん人は通ってませんでした。
でも距離的には家まで15分ちょいくらいしかかからないんです。
「明るいよな、これだと出そうもないな」
「携帯持ってきてるよな。何かあったら写真撮ろう」
足下はザクザクした砂利に変わって、神社の鳥居が見えてきました。
いくつも鳥居が連なった奥に建物が少しだけ見えるんですが、
ぼうっとオレンジ色に明るかったんです。
「あれロウソクあげる人がいるんだって」
「そうかなあ、電気がついてるんだと思うけど」
 

立ち止まって携帯を取り出し、2人で、いっせいので
「すねこすりさん出てきてください」と言うことにしました。

でもやっぱりアホみたいなので、心の中でです。
「いっせいの-」と小声で言ったとき、近くの街灯がふっと消えたんです。

「ああ、何だ!」あまりにタイミングが合ってたので驚きましたが、
でも真っ暗ということはありません。街の空は明るいし、携帯も光ってます。

そのとき足のあたりに何かいるような気がしました。
僕はズボンをはいてたのではっきりしませんでしたが、
「毛がこすれてる、何かいる」と短パンの友だちが叫びました。

でも、目をこらしても砂利の地面があるとしか見えませんでした。
「写真撮ろう!」2人で小さなものの感触があるあたりを何度も写しました。

そのうち、立ち止まってるのが怖くなってきて、どちらからともなく
走り出しました。次の街灯のとこで横道に入って、大通りに出たんです。

車がたくさん走ってて、さっきの怖さが嘘みたいに消えました。
「写真見よう、ぜったい何かいた感触があったよな」
ところが、2人の携帯のどっちにも何も写ってなかったんです。
真っ黒でした。「やっぱダメか」
「でもこんな真っ黒になるってのも意味わからないし。
 帰ってからソフトで画面を明るくしてみる」友だちが言いました。

僕の携帯は、家に戻るとなぜか電話もメールもできなくなってました。
電源自体が入らないし、いくら充電してもダメだったんです。
父さんにそれを言うと、修理に出すといって預かられました。
次の日学校で友だちにどうなったかを聞いたら、
やっぱり携帯の調子が悪いということでした。
その日は塾がなかったんで、寄り道になるけど友だちの家に寄ったんです。
携帯を見せてもらうと、電源は入りましたが動きがすごく遅くなってました。

しばらく時間がかかって、なんとか真っ暗な画像を、
1枚だけパソコンに取り込みました。それを画像ソフトに入れようとしたら、
パソコンの動きも悪くなったんです。

 

ようやっとソフトに入れて、画質調整から明度を上げると・・・ひどい
ノイズが走ってましたが、白いズックの足下が見えました。友だちの右足です。

そしてそのまわりを囲むように、黒い丸いものがいくつもあったんです。
変な例えですが、スイカ畑の中にいるみたいな。
何が写っているかがわかって、僕たち2人ともパソコンから跳びのきました。
かわいいすねこすりではなく、坊主刈りやボサボサ頭の子ども・・・
幼児の頭がたくさん地面から生えてたんです。
幸い・・・顔は見えませんでした。え、その画像はどうなったかって?
この後すぐ、友だちのパソコンも携帯も壊れちゃったんですよ・・・
今修理中なんですが、もし直ってきたらどうすればいいんでしょうか?

『すねこすり』
すねこすり
 

 

 

 

 

 

ダム
これは昔の国土庁、現在いうと国土交通省に勤務されていたSさん
から聞いた話です。Sさんは公務員時代はずっと転勤族で、
各地のダム管理事務所を回っていましたが、50歳手前で早期退職し、
それ以後は大阪の民間建設会社に勤務しています。
ようは天下りされたんですね。京料理の店のカウンターでごいっしょして、
知り合いになりました。このSさんが、四国の某ダムに赴任して早々の話です。
そこのダムでは、定期的にフラッシュ放流というのを行っていたそうで、
これは月に6回ほど、小規模な放水をするんですね。
理由は、流域の河川の生態系維持ということでした。
自分にはよくわかりませんが、水を流すことで川の溶解酸素量を増やしたり、
藻類を押し流して富栄養化するのを防いだりする目的だそうです。

このダムは比較的小規模で、計器類や目視の他に、
9箇所に設置したモニターで管理を行っていました。
といっても、それぞれ独立したモニターがあるわけではなく、
一つのパソコン画面が9分割され、それぞれの監視カメラの画像が見えるもので、
一つ一つに切り替えできますし、大型の液晶モニターにも映すことができました。
ただ、Sさんが見せてもらったときには、9分割の画面のうち、
一ヶ所だけ黒くなって見えないところがあったんです。
「これ、カメラ故障してるの? それとも設置をやめたとか?」まあ、当然
こう聞きますよね。ところが、ずっとそこに勤続しているベテラン技師が、
「そうじゃなく、そこのカメラだけ実際には何もないのに、変なものが映るんです」

こんな風に言ったんですが、意味がわかりませんでした。
「まあ、映して見せてよ」
パソコンを操作するとすぐに画面が入ったんですが、
それはダムの山側の水面が映っていて、特におかしな様子はなかったんです。
「なんでもないじゃない」
「はい、異常が起きるのは、放水でダムの水位が下がるときだけなんです」
月6回ですから、予定放水の日はすぐにやってきまして、
Sさんは大型モニターでその画像を見ていました。放水のサイレンが鳴って、
少しずつ水位が下がっていくと、濡れたコンクリの壁面が見えてきましたが、
白く丸いものが上向きで出てきました。

周囲と比較すると、軽自動車ほどの大きさです。
そして、だんだん白い丸いものに2つの黒い穴が見え始めました。
「ああ、これ・・・」
「ええ、骸骨に見えるでしょう。巨人というか、ゴジラクラスの大きさの」
「自然の石にしたってありえんよ、こんなの」
それで、外に出て実際のダムを目視したんですが、
ただコンクリの壁があるだけで、そんなものはどこにもなかったんです。
「カメラを通してだけ見えるんです。カメラ自体を別のに換えてもダメでしたよ」
ベテラン技師がそう言ったそうです。
モニターには骸骨の上顎の歯まで映って、放水は終わったということでした。

廃理科室
これは、前の話と同じ京料理屋で、
中学校教師を教頭で退職したDさんから聞いた話です。
場所は、骸骨のダムとはかなり離れているものの、やはり四国でのことです。
そのあたりの中学校は全体的に校舎が古く、昔、子どもの数が多かった頃に
増築した教室がだいぶあまって、空き教室になっていました。
そういうところの一部は物置として使っていましたが、
それもできない場合、つねに施錠して生徒が入れないようにしていたそうです。
授業中にかったるいと言って抜け出し、隠れてたりする生徒もいるんでしょうね。
で、そういう一室に、元理科室だったところがあり、廊下側の戸のガラス窓は
黒い模造紙でふさいで、完全にないものとして扱われていました。

特に幽霊が出るとか、自殺した先生や生徒がいるとかの悪い噂は
なかったそうです。ま、学校の中では忘れられた一室というわけですね。
で、その市では、学校の夜間管理はすべて警備会社に委託されていて、
警備員が2人組で見回りに来ることになっていました。
ただし、これは月に4回ほどで、合鍵ですべての教室を点検し、
施錠ミスなどがあれば教頭に報告されることになってたんです。
その警備会社から、赴任早々の4月の報告書に、廃理科室の床に、
割れた試験管か何かのガラス片が散乱していた、という記述がありました。
しかし戸口の施錠は完璧で人が入った様子はない。
Dさんがその日の午前に入ってみますと、たしかにホコリの
積もった床に試験関数本分のガラスが落ちてました。

警備会社では基本的に、特段の危険がないと判断すれば
片づけたりはしないんですね。問題解決は学校側の仕事。
それでDさんが始末したわけですが、Dさんが赴任して半年の間に、ガラスが
散らばっている事態が4回あったんです。でも、最初のことがあってから、
Dさんはほぼ毎日、最終の見回りでその教室に入り、異常がないのを
確認してたんです。これは不思議ですよね。職員会議で話題にしたものの、
誰も心当たりのある職員もいない。考えたあげく、そのガラスが
散らばる部分を映すよう、小さな常夜灯つきの監視カメラを設置する
ことにしたんです。これはモニターがあるわけではなく、毎日5時間分、
夜の8時から、警備会社が見まわる夜中の2時までを録画するようにしました。
もちろん毎日見るんではなく、ガラスが散らばっていた日があれば、
そのときの分だけ確認しようと思ったわけです。

それでも初めの何日分かは見たんですが、ただ白く照らされた床が
あるばかりでした。それでついに、10月後半のある日、
またガラスが散乱していたという報告がありました。満を持して、
というわけでもないでしょうが、翌日Dさんが録画を早送りしながら
見ましたところ、午後の11時半過ぎに、画像に動きがあったんです。
カメラに背中を向けた状態で、骨と皮に痩せた子どもの背中がゆっくりと
床から生えるように出てきて、小学校低学年の坊主頭の男の子に
見えたそうです。子どもの姿は腰の少し上まで出てきたところで止まりました。
両手には数本の試験管を最初から握っていて、一本ずつ魚でも食うように、
ガラス片を撒き散らしながら、ガリガリと食ったのだそうです。ちなみに、
その廃理科室の真下も、何も入ってない空き教室だということでした。

 
 
 
 
 
 

さて、怖い話は一休みして、今日は古代史の話にします。
日本史の歴史区分は、平安時代までは広い意味の古代と考えることが
多いですので、平安時代中期に亡くなった平将門も、
十分、古代の人と言えるでしょう。

将門は桓武5世の孫で、親族間の土地争いから関東で謀反を起こし、
「新皇」を自称して独自に百官なども決めたことで朝敵とみなされ、
この知らせを聞いた京都の朝廷はパニックになりますが、
わずか2ヶ月ほどで、940年、藤原秀郷、平貞盛らにより討伐されます。

平将門
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当ブログはオカルトがテーマであり、たいへん興味深い事件ではありますが、
歴史はこれ以上細々したとこに深入りはしません。
「将門の首」・・・現在でも関東における最大の心霊スポットとも言われる
将門首塚の話を書きたいと思います。

『太平記』には、京都でさらしものになった将門の首級の話が書かれており、
将門の首は何ヶ月たっても腐らず、生きているかのように目を見開き、
夜な夜な「斬られた私の五体はどこにあるのか。ここに来い。
首をつないでもう一戦しよう」と叫び続けたので、
恐怖しない者はなかった、とあります。

また、将門のさらし首は関東を目指して空高く飛び去ったとも伝えられ、
途中で力尽きて地上に落下したと言われます。
この将門の首に関連して、各地に首塚伝承が出来上がりました。
最も有名なのが東京千代田区大手町の平将門の首塚で、

史上初の獄門となった将門の首
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この首塚には移転などの企画があると事故が起こるとされ、
現在でも畏怖の念を集めています。関東大震災の後、
無知な所員が首塚の上に仮庁舎を建てようとしたところ、
それに関わった者達14人が変死を遂げ、仮庁舎は撤去されたとか、

お笑いの爆笑問題の太田氏が若手の頃、
番組の取材で将門の首塚を蹴り、仕事がなくなってしまったとか、
首塚の祟りに関しては都市伝説的な様々な逸話が残されていますね。
ただ、実際にはこれ、石室構造があると見られており、
将門とは関係のない人物の古墳みたいなんですね。

ですから、祟り話も怪しいものです。そもそも、
関東からわざわざ京まで運ばれ、首実見の上獄門にさらされた
将門の首が、宙を飛んで関東までたち帰ったなどということが、
実際にあるとは思えませんよね。では、なぜこのような話が広まった
んでしょう。一つには、英雄伝説ということがあると思います。

非業の死を遂げ、体と離れた英雄の首を故郷に返してやりたいとする
民衆的な願望がこの伝説を作ったとする、まあよくある話です。
ただ、それだけでここまで広まったのかなあとも思います。
将門には、これも伝説ですが、影武者の話がついてまわります。

俵藤太(藤原秀郷)が大ムカデを退治した伝説が残る瀬田の唐橋
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室町時代の『俵藤太物語』(俵藤太は将門を討った藤原秀郷の異名)では、
「将門と全く同じ姿の者が六人いた」と書かれており、同じ時期に書かれた
『師門物語』では、「同じ姿の武者が八騎いた」とあります。茨城県や
山梨県などで、将門の七人の影武者伝承の残る寺や山があるそうです。

将門の影武者はまったく本人と同じ顔で、しわや傷までが同じで
あったとされます。この七人の影武者伝説の背後には、
「妙見信仰」があると考えられています。妙見信仰とは、
北斗七星・北極星を神格化した妙見菩薩を祀る信仰で、

将門はこの北斗七星を守護として影武者を操り、妖術を使ったとまで
書かれたりしています。余談ですが、この妙見信仰はじつに
興味深いものであり、日本の「天皇」という名称にまでつながるんです。
機会があれば、改めて書きたいと考えています。

さて、混乱の中で討ちとられた将門の首ですが、もしも、
実際は討たれたのは影武者であり、将門はまだ生きて隠れていて、
どこかで残党と再起を図っているなどという噂が広まれば、
これは朝廷にとって、たいへん困ったことになりますよね。

妙見信仰 北極星と北斗七星の人格化 道教では北極星は「天皇大帝」にあたる


ですから、朝廷としては、「本物の将門」が「確実に死んだ」
となってもらわなければなりません。後代の義経や西郷隆盛のように
「実は生きている」という噂を避けたかったわけです。
そこで、この首にまつわる伝承が作られたとは考えられないでしょうか。

体と離れて首だけで、長期間腐りもせず生きていることができる霊力、
これはまさに本物でなくてはできないことだし、首は関東まで飛び、
満足して落ちた。それを改めて弔うことで、その死が確実なものとして
地元にも印象づけられる。もしこのような意図のもとに、
朝廷側により伝説が作られたのだとしたら・・・・

まあ、実際にはこの伝説がどこの時点で始まったかははっきりしませんし、
影武者伝承も眉唾気味のものなので、あくまで、歴史おもしろ話として
読んでもらえればというところです。あと、将門は朝廷を恨んで怨霊化し、
酒呑童子として生まれ変わったとする話もありますね。

さてさて、ということで、将門の首塚伝説を見てきましたが、一介の謀反人
でしかない将門の名が現代まで連綿と語られるのは、
防人の徴用などで虐げられてきた古代関東が持っていた、
朝廷への反感と深い関わりがあるんです。では、今回はこのへんで。

『将門首塚』


*横に見えるカエルは、左遷や地方勤務などから「無事にカエル」

という俗信で奉納されています。


 

 

 

 

 

あ、ども、松本って言いまして、今年からITの専門学校に
通ってます。プログラミング言語とか、そういうやつの勉強。
いや、あんま面白くないけど、就職には役立つだろうと思って。
それでね、趣味が怪談を聞くことなんです。いまほら、
怪談師って人がたくさん出てきて、youtubeに動画あげてるでしょ。
そういうのをヒマなときに聞いてるんです。え、暗いって?
まあね、仲間にもそう言われます。あんま理解してくれる人は
多くないっていうか、怪談って嫌いな人も多んですよね。
怖いから嫌だって言うならまだしも、最初からそんなの
全部作り話じゃないかって人もいます。え、俺ですか?
いや、半信半疑ってとこですね。

俺、0感だし、生まれてこのかた、幽霊ってのは見たことが
ないんです。けど、じゃあ絶対そういうものはいないかってと、
そうとも言い切れないですよね。それで、1週間くらい前、
ネット配信の怪談を聞いてたら、「見たら死ぬ画像」の話ってのを
やってたんです。ある画像がメールに添付されて送られてきて、
それ見た人がみな死んでしまうって内容の。
それって怖いですよね。メールの画像なんて、何気に開いちゃう
じゃないですか。なのに、それだけで死んじゃうなんて、
コロナウイルスよりタチ悪いと思いませんか。
それで・・・今考えればやめればよかったんだけど、
「見れば死ぬ画像」で画像検索してみたんですよ。そしたら、

ベクシンスキって人の絵がたくさん出てくるんですよね。
椅子の上に首のところに布を巻いた人形の首みたいなのを描いた
絵が出てきて、これを3回見たら死ぬっていう。けど、
俺からしたら子どもの落書きみたいで、あんまり怖くなかったんです。
で、ずらずらっと画像一覧を見てったら、一枚ね、
アレって思うのがあったんです。いや、そんなに怖い画像じゃなくて、
街灯で照らされた夜の坂道の真ん中に何かが立ってる。
その何かは、画像ソフトで強くぼかしをかけたみたいになってて、
はっきりとはわからないんです。人のようだけど、
もしかしたら石像みたいなのかもしれない、そんな感じの。
で、何でアレと思ったかっていうと、その場所、

心あたりがあったんです。俺の地元の市の墓地公園じゃないかって
思いました。市で運営してるやつで。うちの実家の墓も
そこにあるんです。だから盆やお彼岸に何度も行ってるんで。
そこはね、丘一つを造成してて、墓地が何区画にも分かれて
続いてるんです。道は一方通行で、山を登ってって下る。
その下りの途中なんじゃないかと。それで、画像が載ってる
ウエブページを開いてみたら、個人のブログだったんです。
管理人は鉄道関係が趣味の、いわゆる「鉄」の人みたいで、
自分で撮った列車の写真をのっけて解説してる。
でも、最終更新が2年前だったんです。で、その画像の載ってる
ページが最後になってて、「見れば死ぬという画像を入手しました。

 みなさんに何かあっては困るので、ボカしておきます」
これで終わってる。いや、気味悪いなあと思いましたよ。
それで更新が途絶えてるんだから、その画像見たせいでブログが
続けられなくなったのかも、って考えちゃうじゃないですか。
でね、その画像、保存したんです。そのときはちゃんとできました。
それからどうしたかって言うと、高校時代に仲良かった
ダチ3人にメールで送ったんです。「これ、見たら死ぬ画像って
 出てるんだけど、〇〇墓地公園じゃないか」って本文をつけて。
俺が高校を卒業したのって、つい去年のことですから、
まだそいつらとやり取りがあって、地元にいるやつとは
休みに帰ったときなんか遊んだりもしてたし。

あ、俺の学校がある市と地元は同じ県内で、電車で1時間くらい
なんです。で、翌日、3人ともから返信メールが来たけど、
何か変だったんですよ。まず2人は、画像が壊れてて開けないって
書いてて、そんなはずはないと思いました。自分とこの画像を見たら
問題なく開けたし。そんな単純な操作で壊れようがないですよね。
最後の一人はもっと変で、「お前いつこんな写真を撮ったんだ?
 俺、最近、〇〇墓地公園には行ってねえぞ」っていう。
わけわかんないので、夜に電話してみました。そしたら、
「確かにあそこの墓地公園で、坂道に立ってるのは俺だ。
 けど、俺んちの墓は寺にあるから、何年もそこには行ってない。
 なのに、写真の俺は最近買った服着てる。どういことだ」

・・・どういうって言われても、俺だってわかんないですよ。
それで、その画像をメールでそのまま送り返してもらったんです。
そしたら、開けないんですよ。いろんなアプリにかけてみたけど、
不適切な画像ですとか、壊れていますとか出てきて開けない。
もしかして、他の2人もそういう状態になってるんじゃないかと思いました。
これ、気になるでしょう。あのボケたもやもやが、何であいつには
自分に見えるのか。それでね、その3人に声をかけて、
その次の土曜日、実家に帰って墓地公園に行ってみようってことに
なったんです。3人とも地元で就職してたんで夜になりました。
ちょっとした肝試しって感じです。で・・・この3人、A、B、Cって
ことにしておきます。A・Bが画像が開けないって言ったやつで、

Cが自分が写ってるって言ったやつ。駅で待ち合わせてね、
着いたらさっそく、Cにスマホに入ってる俺が送った画像を見せてもらった
んですよ。そしたら、開けなかったんです。A・Bと同んなじ状態。
けど、Cは「ついさっきまで開けて、間違いなく俺だった」って言い張って。
でね、そのとき、俺の元画像も見せたんです。ぼかしがかかってるやつ。
Cはまじまじと見てましたが、「ほんとだボケてるな、けど・・・」
納得してない様子でした。Aが車で来てたんで、駅のコンビニで
食料を買い込んで墓地公園に向かいました。地方都市ですからね、
夜は車通りも少なくて、30分もかからず前まで来ました。
お参りしてる人がいる様子はなかったです。車の中でBに、
「ここ、お前んちの墓があるんだろ。拝んでいかないのか」
 
って聞かれたんだけど、線香とか買わなかったし、それはやめといたんです。
けっこうスピード出して丘の上まで行きました。そこは草地の広場になってて、
ドームみたいなのの中に平和の鐘ってのがあるんです。
下りはゆっくり、画像の場所を探しながら行ったんですが、
俺がスマホ見ながら、「もうちょい先だ」と言ったとき、「あああ!!」
急に運転してたAが叫んでブレーキを踏んだんです。ガコッという
衝撃があって何かを轢いた?? けど、車のウインドウからは何も
見えなかったです。「動物か何かか?」BがそうAに聞いたら、
「人が立ってた、轢いちまった」って呆然とした声出して。
「そんなはずはない」路肩に車を停めてみなで出てみました。けどね、
何もなかったです。道路に血とか落ちてるわけじゃないし、

車もどこも凹んだりしてない。でも、みなイヤーな気持ちになったんです。
それでね、早々にその場を離れて、街に出て酒飲んだんです。
・・・これで済めばよかったんだけど、そうはなりませんでした。
月曜の夜、連絡が入って、Cが急死したって言うんです。交通事故。
けど、場所はあの墓地公園じゃなくて、駅前のバスターミナルです。
入ってきたバスに、ふらふらと近づいたCが、自分から体を
投げ出すようにして車輪の前に倒れたって。だから
警察は自殺と見てるみたいだってBが教えてくれたんです。これ、
どういうことなんですか。Cは、見れば死ぬ画像を見たから死んだのか。
ものすごい気になるんです。だって俺、もう一度あの画像見たんです。
そしたら、墓地公園の坂に立ってるの俺だったんです。見ちゃったんですよ。

3回見れば死ぬ画像(笑)