1
吉田さんという40代の女性の方から聞いた話。吉田さんは
21歳のとき、ある有名な神社の宮司一族の分家に
嫁ぎました。そこの家は分家ですから、神職の仕事では
ないんですが、家には仏壇はなく、かわりに大きな神棚が
あったそうです。葬式なども神式でやるんですね。
で、結婚してまず言われたのが、朝起きたらすぐに神棚に
燭を灯し、お神酒徳利を2本奉ること。中身はもちろん
お酒なんですが、昔は灘の生一本、現在は名のある酒蔵の
大吟醸をお供えしているそうです。で、お舅さんたちから、
朝にお神酒をとりかえたとき、前のお神酒を少し杯に注いで
指をつけてなめてみなさいと言われたんです。
そのときは不思議に思いましたが、なめてみると、たしかに
お酒だったのが、水に変わっている。欠かさず毎日そうなって
いるということでした。さらにお舅さんからは、味が変わって
いたら知らせなさいと言われ、で、吉田さんには2人の
お子さんがいるんですが、その妊娠がわかる直前、
なんとお神酒が甘い味に変わっていたんだそうです。
それも砂糖水などよりもずっと濃厚な蜂蜜のような味に。
お舅さんらにそのことを言うと、にこにこと微笑んでいました。
ただ、吉田さんは怖いことがあるともおっしゃるんですね。
お神酒が塩味に変わるときがある。でも、それでどうなるかは
まだ教えてもらっていない。だから怖いんですよ、と。
2
編集者をしている武部さんという30代の男性から聞いた話。
武部さんは小高い場所にあるアパートに住んでいて、道路に
歩いて降りていく広い階段があるんですが、そこで
中学生の男の子がスケボーをしていて亡くなった事故が
あったそうです。それは武部さんが引っ越してくる5年ほど
前のことで、男の子は金属の手すりを滑る技を練習していて
亡くなったということです。武部さんはそのことを知らなかった
んですが、編集者は夜が遅いことが多く、最終のバスを降りて
その階段を登るとき、手すりの近くでゴガーッという車輪が
滑るような音を聞くことがたまにありました。不思議だとは
思ったんですが、怖い感じはなく、何か別の音が
近くでしてるんだと考えたそうです。で、そのうちに近所の
人から、男の子の事故の話を聞かされた。ただ、そのときも
まだ半信半疑でじた。武部さんは幽霊なんていないと思っていたん
ですね。ですが、話を聞かされて数日後、そこを夜に通ると、
ゴーという音とともに、スケボーと男の子の両足らしいものが
手すりの上に見えた。酔ってもいなかったし、見間違いという
ことはありえない。それほどくっきり、はっきりしていたそうです。
さらに1週間後、今度はジャージをはいた下半身が見え、さらに数日
たつと、Tシャツの胸のあたりまでが見えた。ここでさすがに
怖くなって、遠回りの道路を上って帰ることにしたそうです。Tシャツが
血まみれだし、割れた頭を見たくないですから、そうおっしゃってました。
3
フリーターをしている30代の男性、邑崎さんから、
本当は犯罪にあたるんですけど、と伺った話。彼があるとき
駅のトイレに入ったら、大の個室にデジカメが置き忘れて
あったそうです。一眼レフとまではいかないものの、かなり
高価な機種で、ラッキーと思ってネコババすることにしました。
邑崎さんはボロアパートに一人で住んいて、極貧生活でしたが、
テレビはないかわり、ネットが引いてあってパソコンを持って
ました。ネットの掲示板等に書き込みするためです。今は
そういう人が増えてて、買い物もほとんどがネット通販。
で、ある日曜日、午後から邑崎さんはそのデジカメを持って
近くの公園に出かけました。せっかくだから何か撮ってやろう
くらいの軽い気持ちだったそうです。その途中、手でひもを持って
ぶら下げていたカメラで、パシというシャッター音がした。
まあでも、ズボンにあたったかな、くらいしか考えてませんでした。
ところが、立ち止まって画像を削除しようとしたら、斜め下の
歩道が写っていて、その生垣のようなとこに顔に見えるものが
あったそうです。さらに公園でも、ただ持っているだけなのに
2回シャッターが切れ、やはり白い顔に虚ろな目のものが
写っている。幽霊かもしれない、いや、幽霊にしか見えない。
怖くなった邑崎さんは、すぐにそのカメラをネットオークションに
出したそうです。だってねえ、もし自分の部屋でシャッターが
切れたりしたら嫌でしょ、とおっしゃってましたね。
4
これはちょっと信じがたい内容なんですが、話を伺ったのは
bigbossmanの大学の同期で、米田さんという関東地方某県の
教育委員会に勤務している きわめて真面目な人。嘘ではない
と思います。去年の2月の話ですね。その前日から雪になって、
ふだんは積もるほど降らないのに、そのときはかなりの積雪に
なりました。帰宅時の電車が遅れに遅れ、まあ運休しないだけ
よかったと考え、夜の11時ころに駅に着いて、そこから家まで
徒歩で20分ほど。革靴の足元に気をつけながら慎重に歩いてると、
通りに人気はなく、またちらちらと雪が降ってきました。
で、道々の家の前などに、小さい雪だるまがあって、ああ、
雪が珍しい子どもが作ったんだろうと微笑ましい気がしました。
そのとき、同じ歩道を向こうから ふらふらと歩いてくる中年男性が
いまして、ベージュのコートを着た、間違いなく生きた人間だった
そうです。その人物は今にも前のめりに倒れそうで、米田さんは
手を貸そうかどうか迷いましたが、銀行の前のところで
とうとうベタッという感じで倒れ、「大丈夫ですか」と
駆け寄ると、首だけ上を向けて、にま~っと笑ったそうです。
そして一瞬で人型の雪に変わった。「え、え!?」と、手近なところを
掘ってみても、やはりあるのは雪だけ。不可解に思いながら家に
戻ったそうです。翌朝、けっこう早い時間に家を出て、その
銀行の前を通ったら、何人もの足跡がついて踏まれていたんですが、
前夜の人の形がわかるように残っていたそうです。
5
これはある山里での話で、お話を伺ったのは、梶原さんという
70代の男性。梶原さんが若い頃は、そのあたりはまだ林業で
栄えていて、集落の人口が1500人ほどもいましたが、現在は
過疎化が進んで、200人ほどの限界集落になっています。
で、今から15年ほど前、そこで子どもが一人いなくなったこと
がありました。梶原さんとは親戚筋にあたる7歳の男の子。
それが学校帰りに遊びに出たまま戻ってこない。友だちの家に
電話をかけても知らないという答えが返ってくるばかり。
駐在所に連絡し、家族と親戚で探しました。そのあたりの家は
複雑に縁組がされていて、親戚がとても多かったんです。
翌朝まで見つからなければ、町の警察署からも応援が来る。
でも、心あたりの場所にはいない。そのときに、親戚の中でも
長老といえる爺さんが、「もしかしたら釣鐘淵にいるかも
しれんぞ」と言い、それは渓流をずっと遡った釣りのスポット
なんですが、集落からは4km以上も森を歩かなくてはならない。
「何しにそんなことろへ」と皆が思ったそうですが、長老の
言葉なので、数人が懐中電灯を持って行ってみると、大きな石の上に
うずくまるようにして、水面を見つめてたその子が発見されたそうです。
どうしてそんなとこへ行ったか、子どもに聞いても要領を得ず、
気がついたらそこにいたと。また、長老がなぜわかったかというと、
40年以上前に、別の子が行方不明になって、やっぱりそこで
見つかったから、という答えが返ってきたそうです。
※ 登場人物はすべて仮名です。