えと、今、大学の3年です。よろしくお願いします。
大学は京都で、専攻は民俗学なんです。いや、民俗学は面白いですよ。
ただねえ、民俗学やっても将来仕事がないと思うんで、高校の社会の免許も
取るつもりでいます。それでね、夏休み前にゼミの課題が出たんです。
郷土の伝承を一つ調べてレポートを書けっていう。地元は岡山県です。
でも、さすがに桃太郎じゃしょうがないなあと思って。
かといって、他に伝承なんて知らなくて、ちょっと困りました。
そこで、まず古書店に行ってみたんです。ほら、京都って古書店多いでしょ。
中には郷土史専門の店もあるんです。そこへ行って、
自分が住んでた町のやつを探したけど、なかったんです。
2、3軒回ってもやっぱり見つからなくて。
これは町役場がさぼってて、町史なんて出してないんだと思いました。
困ったなと考えてたら、隣町のがあったんです。隣町は山を越える県道を通って、
車なら15分ほどで行けます。でね、それ買おうと思って値段見たら、
1万5千円もしたんですよ。これ、さすがに貧乏学生には高いです。
ただね、京都のこういう店って、交渉すればまけてくれるとこもあるんです。
店主のほうを見たら、人の良さそうなおじいさんだったんで、
ものはためしと思って「あのー、これ、まかりませんか」って聞いてみました。
で、事情を話したら「学生さんが勉強に使うんだったら」と、1万円にしてくれました。
ああ、すみません、本題と関係ない話で。でもね、そのとき、
話の中に「親王様」って言葉が出てきたんです。「あの町には、
親王様の伝承があるだろうけど、それ調べてみたらいいんじゃないか」って。
かなり詳しく書いてましたけど、それ以前の古い伝承は数ページしかなかったです。
しかも狸の総大将が住んでたとかの話で、なんだこりゃって思いました。
それ以外には、さっき古本屋で言われた「親王様」の話が載ってました。
で、町の地侍の娘を嫁にもらって、一生そこで隠れて過ごしたって内容でした。
親王様は村で亡くなって、村人は「親王塚」を造って葬ったと書いてましたね。
うーん、あまり面白そうな話じゃないですよね。よくありがちじゃないですか。
田舎に貴人が流れてきてどうのこうのって。
だから、その一種だろうと思ったんですが、他にはろくな伝承ってなかったんです。
まあいいか、その親王が誰なのか、系図を調べて確認し、
塚に行って写真を数枚撮れば、それなりにレポートにはなるな、って考えたんです。
で、さっそく計画を立てました。けど、金がなかったんですよ。
だから、行き帰りは自分のバイクにして、宿泊は寝袋で野宿ってことにしました。
実家に泊まればいいだろう、って思うでしょうが、実家は兄夫婦と子どもが同居してて、
俺の部屋ももうなくなってたんですよ。京都から岡山までは3時間くらいでした。
で、町には昼ころに着いて、すぐに役場の観光課を訪ねました。
そしたら、その町史を編纂した人はとっくに退職していて、
だれも親王様について知ってる人はいなかったんです。けど、係の人は親切で、
郷土史を研究してるっていう高校の先生を退職した人を紹介してくれたんです。
電話連絡もしてくれたんで訪問してみました。町外れの古びた家に行くと、
70歳くらいの痩せたおじいさんが出てきて、中に入れてくれました。
町の中にはそれらしいものはないんで、〇〇の山中じゃないかって思うけどね」
そう言って、白黒の空中写真を見せられました。「これは冬に撮られたもんだが、
この山のここに神社の跡がある。その後方に盛り上がって見える場所があるだろう。
これが塚なんじゃないかって思うんだが、勝手に発掘するわけにもいかんし、
確証はない」こんな話だったんです。でもまあ、そこに行って写真撮ってくれば、
それなりの体裁はつくなって思いまして。お礼を言って出たんですよ。
で、バイクで山のふもとまで行ってみました。
山と言っても、せいぜい100mもないようなところで、いちおう登山道がありました。
ええ、おじいさんが神社跡までの道はついてるよって教えてくれたんです。
登るのはたいへんでした。夏だからすごい草木が茂ってて、虫も多かったんです。
まあでも、30分もかからず頂上に着きました。神社跡っていうのは、
礎石がいくつかむき出しになってて、その上に古い木材が積み上げられた状態でした。
後でこの神社の由来も調べよう、そう考えながら写真を撮り、裏手に回っていきました。
写真で見たのとは違って、木がたくさん生えててよくわからなかったですが、
足元の地面が陥没したんですよ。「うわっ!」2mほども下に落ちて、
頭を固いものにぶつけ、そのまま気を失っちゃったんです。
気がついたときには真っ暗になってました。側頭部が痛んで、
さわってみると大きなこぶになってました。それと肩から胸にかけてベトベトしてて、
山に登ったのが3時前・・・それがこう暗くなってるのは、
最低でも5時間以上たってるはず。考えているうち、だんだん頭がはっきりしてきて、
四方に手を伸ばすと、右側に固いものがありました。ざらざらした大きな石。
立ち上がろうとすると足元が崩れる感じがして、尻もちをついてしまいました。
やっぱり穴の底だ、どうしよう・・・でも、どうにもならないと思いました。
この暗さじゃ何もできない、明るくなるのを待とう。幸い、8月のことだったんで、
寒いとかはなかったんです。それからどのくらい時間がたったか。
頭の上に白い光があるのを感じました。見上げると、ぼんやり光る丸い玉の
ようなものが浮いていました。サッカーボールよりやや大きいくらいの。
不思議な光で、それに照らされてまわりが明るくなるということはなかったんです。
呆然として見つめていると、ボソボソと呪文のような声が聞こえてきました。
ぜんぜん意味はわかりませんでした。今になって考えれば、
あれ、古代の日本語だったんじゃないかと思います。ボソボソ、ボソボソ・・・
そのうちに不意に意味がわかったんです。言葉の内容が頭の中に直接入ってくる感じで。
「何をしにきた。なぜに眠りを妨げる」質問されてるんだって思いました。
で、どうしても答えなくちゃならないって気持ちになって、
大学のレポートのこととか、古本屋で買った本で親王様のことを知ったとか、
べらべらとしゃべってたんです。かなり必死でした。
俺が話し終わると、声は「そうか、学問は大切だ。私はもう贄はいらん。もうすぐ消える」
そういう意味が頭の中に入ってきて、見上げていた白い玉がふっと消えたんです。
ただ、消える間際、そこに真っ白い顔が一瞬浮かんだように思えました。
まあ、これでだいたい話は終わりです。石の壁にもたれかかってウトウトし、
気がつくとまわりがだいぶ明るくなってました。夜明けがきてたんです。
それから1時間くらいして、「おーい、おーい、いるかー」という声が聞こえてきて、
かすれた声で「ここですー」って叫んだんです。郷土史家のおじいさんと、
町の消防団の人たちでした。それからはしごを下ろしてもらったりして、
1時間後には穴から出ることができたんです。上半身は血まみれになって乾いていました。
ええ、その後、町営の病院に入院して頭のCTを撮ったりしましたが、
脳には異常はありませんでした。頭の横が7cmほど裂けてて、何針か縫いましたけど、
その山に登ったままになっていることがわかり、朝になってから消防団といっしょに
様子を見に行ったら、神社跡の後ろの地面が陥没してて中で俺が倒れてたってことでした。
で、1日で退院できたんで、郷土史家の方の家にお礼に行ったんです。
「いや、ケガが大事なくてよかった。私もあの場所を教えた責任があるからね」
こんなことを言われました。塚の中で白い光を見たことなんかは、
信じてもらえないだろうと思って自分からは言わなかったんですが・・・
最後に気になる一言があったんです。「親王様はもう贄はいらないんだねえ」って。
