これ、俺が小学校の5年生のときの話なんですよ。
当時ね、すり抜け遊びってのが、男子の間で流行ってたんです。
ほら、道路で、民家のコンクリの塀ぎりぎりに電柱が立ってる場所ってあるでしょ。
ああ、もちろん危険ですよ。転んだり壁に激突するやつもいました。
でも、そんな大事になったことはないですね。学校はまだ、
そういう遊びが流行ってるのは知らなくて、禁止されるってこともなかったです。
で、ある日の放課後、友だち数人とこのすり抜け遊びをやってまして。
俺、これ、かなり得意だったんです。まあ、自慢にもなりませんけど、
他やつらが尻込みするくらい幅のせまいとこでもできたんです。
で、そのときやってた場所ってのが、お寺さんだったんです。
墓所をぐるっと囲んだコンクリ塀の角のあたり。だから、変なことが起きたのは
でね、そのときも幅はかなりせまくて、やろうってやつがいなかったんですが、
俺はできると思いました。だから、「なんだよ、お前らやらねえのか、勇気ねえな」
なんて言って、10m以上は離れたところから自転車を漕いで、
勢いよくそのすき間にとびこんだ・・・まではよかったんですが、
カツンと、片方のペダルの端が電柱にあたって、
俺は反対側に大きくよろけて、肩からコンクリ塀に突っ込んだ・・・
と思ったんですが、ねちゃっとした感覚があったんです。
まるで粘土みたいでした。「え?」 思わず目をつぶって、また目を開けると、
塀の中の墓地が見えたんです。体はまったく動かず、痛いところもなし。
目だけを動かして自分の下のほうを見ると、驚いたことに、
塀から自分の体の腹から上が、斜めになって墓地の塀から生えてたんです。
言葉で上手く説明できないんですが、これ、想像できますかね。
自転車と下半身が塀の外の道路、上半身が塀の中ってことです。
大声で叫ぼうと思いました。仲間がいるんで、助けてもらおうと思って。
でも、声が出なかったんです。そのままどんどん時間が過ぎていって、
かといって、仲間が塀の内側に回ってきて助けてくれる様子もない。
だから、当然声も出ないですよね。で、そのまま長い時間がたって、
そのとき、もしかしたら自分は死んだんじゃないかって考えたんです。
ずっとこの格好のまま、永遠にいなきゃいけないんじゃないかって思ったら、
すごく怖くなって。でも、どうしようもないんで、
目の届く範囲の墓地の中を見てるだけでした。そしたらです。
奥のほうのお寺の建物から、こっちに向かって歩いていくる人がいて、
坊さんの格好をしてました。そこのお寺は、俺の家の墓もあって、
住職のことはなんとなく覚えてました。かなりの年寄りだったはずですけど、
その坊さんは若かったんです。で、すごい鋭い目つきの怖い顔でした。
もちろん、助けてもらおうと思ったんだけど、声も出ないし、体も動かない。
坊さんは俺のほうを見ようともしなかったです。
手に桶と柄杓を持ってました。で、ある墓の前に行って、そこで黙って立ってる。
すると不思議なことが起きたんです。その墓の下のほうから、
スーッと黒い影が出てきたんです。人の形とまではわかるんだけど、
それの頭からかける。2、3回かけると黒い影は消えちゃいました。
で、坊さんは別の場所に行って、また出てきた黒いやつに水をかける・・・
これをくり返しました。さっきも言ったように、
時間がどのくらいたってるかはわかんないんですよ。どうしようもないんで、
坊さんが十数人に水をかけるのをずっと見てたんですが、
墓から出てくるやつがいなくなると、坊さんは朗々とお経を唱えだしたんです。
坊さんは、こっちが何も反応できないのに、「そうかわかった、自転車のいたずらか、
いたずらには罰を与えよう」そう言うと、人差し指を伸ばして、
俺の両方のまぶたに触ったんです。それから、両手をパンと合わせて・・・
気がついたら病院にいました。後からわかったんですが、
俺はお寺の塀に強く頭をぶつけて倒れ、仲間が騒いでるところに通りかかった人が、
救急車を呼んでくれたんだそうです。それでね、頭のぶつけたとこは痛かったですが、
両方の目が見えなくなってたんです。頭の中に出血してたんですね。
病院では、しばらく自然に血腫がひくのを待って、
夢の中で目は見えました。一本道があって、どこまでも果てしなく続いてて、
両側は野原みたいなとこでした。でね、道のわきにいくつもお堂があったんですよ。
地蔵堂でした。幕がかかってて、中には一つだけ地蔵様があったんですが、
必ずどっかが欠けてるんです。鼻とか頭とか、顎のところとか。
で、この地蔵様たちにちゃんとお参りしなきゃいけない、って強く感じたんです。
だから、手を合わせてお祈りしたんですよ。頭を治してください、
目が見えるようにしてくださいって。地蔵堂は数十mおきに、
道のどっちかの側にありました。それらすべてに立ち止まって、
お祈りしてからまた道を進んでいく、そういう夢をずっと見てたんですね。
それ20日ほども続いたんです。でね、その夢の内容が、ある日変わったんですよ。
まず、進んでいく道の先の空が曇ってました。ええ、行く先が黒雲におおわれてて、
これ以上進んじゃいけないって気がしたんです。また地蔵堂があったんで、
立ち寄って幕をめくると、いつものように地蔵様があったんですが・・・
それ、俺の顔にそっくりだったんです。これ、俺なんじゃないかって思いましたが、
とにかく、それまでと同じように手を合わせてお祈りをしました。
すると、後ろでシャランと金属の音がしました。ふり返ると、
白装束で笠をかぶった人が立っていて、あれ、お遍路さんの格好でしたね。
その人が、持ってた錫杖を突いたみたいでした。
でね、こう言ったんです。「よく、ここまで来たな。修行はもう足りただろう。
戻りなさい、ご両親も心配している」その声が、
墓地で水をかけてた坊さんに似てた気がするんだすけど、
笠で顔が見えなくて、同んなじ人だったのかはわからないです。
心底ほっとした気持ちになって、われに返ると病院のベッドで、
天井が見えたんですよ。「ああ、見える」って思いました。頭は動かないように
砂袋で固定されてたので、見えたのは天井だけでしたが、
まあこれで、話はだいたい終わりです。学校では、俺のせいで
すり抜け遊びは禁止になってましたね。ということで、もとの生活に戻ったんですが、
鴨居の上に歴代の住職の写真がかかってまして。その中の一人が、
墓地で見た坊さんに似てた気がするんです。まあ、違うのかもしれませんけども。