三日月沼の話 | 怖い話します(選集)

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ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

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これね、俺が小学生のときのこと。夏休み中に田舎のジジババの家に預けられてね。
6年生のときだったんだけどな。え、よくありがちな話だって。
まあなあ・・・でもよ、両親が共稼ぎだったし、
ガキに平日の日中、家にいられるのは心配だってことだったんだろ。
俺は一人っ子だったしな。それに、やっぱ東京もんにとっちゃ、
田舎は異界に近いようなもんだよ。夜は9時過ぎるともう寝ちゃうし、
外はまばらな林で街灯もなくて真っ暗だし。しかたなくゲームばっかやってたんだよ。

だから今から考えりゃ、ジイサンバアサンにとっても、可愛げのねえガキ
だったろうな。で、だいたい8月の初めころに行って、お盆に両親が来て、

それといっしょに帰るんだよ。だから滞在は10日くらいだ。
まあでも、他にやることがないから宿題ははかどったけどな。

でね、隣の家、これが畑をはさんでけっこう離れてるんだが、
竹治って息子がいたんだよ。年は俺より2つ上で中2だった。
小さいころは向こうから誘いにきて、けっこう遊んだりもした記憶があるが、
あんまり楽しくなかった。なんかなあイジワルなやつだったんだよ。
年下のこっちを困らせて楽しんでるようなとこがあったな。
今? 今はなあ家を出て消息知れずらしいよ。東京に来てるって話は聞いたが、
会ったことはない。おおかた人聞きのよくない商売してんじゃねえか。
ああ、それで小6のときのことだ。その竹治が午後に遊びに来たんだよ。
縁側で声が聞こえて、庭に出てみたら竹の釣り竿2本持った竹治がいたんだ。
で、俺に釣りに行こうって言ってきた。ジジババはそれ聞いて、
「よかったの、気いつけていってこい、晩飯まで戻っておいでよ」こんな感じ。

だから俺も特別危険なことがあるとは思ってなかったんだよ。
竹治と会うのは2年ぶりだったから、ちょっと話しづらい感じもあったが、

俺のほうから「鮒釣りか。川でやるんか?」って聞いてみた。したら竹治は、
「いんやここらは川の場所が悪い。流れが速くてあんまり釣れないんだ。

 もっと下流だと鯉、上流だとハヤとかいるんだが、そっちまで行く時間がねえ」
で、三日月沼に行くって言ったんだ。ほら川が曲がり過ぎると、
端と端でつながってしまて、真ん中の部分が三日月型に取り残された場所だ。
そういうのが10分ほど土手を歩いた野っ原の中に、いくつもあるって話だった。
「そんな沼だと、たいして魚はいねえと思うだろうが、これが緋鯉とかいるんだ。
 ここらは度々洪水になるから、そういうときに池で飼ってる鯉が逃げるんだな。
 お前のジイサンちの池にも鯉がいるだろ」こんなふうに言ってきた。

でな、土手から降りてその下に、また土手に沿った道があるんだが、

そこは両側から丈の高い草がかぶさってきてて、俺は体中をアブかなんかに
食われた。竹治と2人で「カイー、カイー」言いながら歩いてくと、

沼が見えてきたが、三日月型でもないし、かなり小さかった。
竹治が「お前のジイサンには聞かれたらここで釣ったて言えよ」そう言って、
ずんずん先へ歩いてった。「もうどんくらい?」 「あとちょっと」
とは言ったものの、それから15分くらいはかかったな。
その先に、伸ばせば100mくらいにはなるクロワッサンの形の、
まさに三日月沼があったんだよ。ただ、一目見て「えっ!」って思った。
というのは、水面が赤黒いような色に見えたからだ。
いや、夕焼けの時間帯じゃない。「あれ、水赤いよ」って言ったら、

「それ、角度でそう見えるだけだから。もう少し近づいてみればわかる」
こう言われて、確かにすぐそばまできたら濃い緑色の水面に変わったんだよ。
「どういう加減か知らんが、赤と緑って色としては近いらしいぜ。
 美術の先生がそう言ってた」竹治は俺に釣り竿の一本を渡して、
「餌は岸のあたりの土を掘ってミミズを探せ。それが一番釣れる。
 いなかったらこれ使え」ビニール袋に入った小エビを渡してよこした。
三日月沼のあちこちには、釣り人がつくったと思える板を敷いた釣り場があって、
竿を立てる二股になった枝が刺さってそのままになってる場所もあった。
「2人で釣れば、どうせお前糸をからませてくるだろうから、分かれて釣ろうぜ。
 それであとで、どっちが釣れたか比べよう」竹治は俺にバケツ渡し、
自分は魚籠を持って草の中を歩きながら、

「お前ここで釣れ。なんかあったら叫べ」って釣り場を指し示し、
自分は一人で先に歩いてったんだよ。ま、多少心細くはあったが、
そのときはそれよりも釣りのほうに興味をひかれてたんだな。
数年前に親父と釣り堀に行ったことがあるきりだったんだよ。
そこらを木の棒で掘り返してみたらミミズはすぐ出てきたが、太くて動きが激しく、
ちぎって針につけるのは俺には無理だった。だから小エビを出してつけ、

ぽちゃっと目の前の水に投げ込んだんだよ。したら、黙ってると糸は
どんどん沈んでいって竿の先が水についてしまう。かなりの深さがあるんだって
わかった。頻繁に竿を上げてみたが餌はついたままで、なんか魚がいる
雰囲気がなかった。それと、目の前の水の中がなんだか赤い気がした。

いやあ、濁っててよくわからんかったが、底のほうがじわーっと赤い・・・

「どんだ? 釣れたか」って竹治の声が草の中からし、「全然」って怒鳴り返すと、

「こっちもだあ」って声が返ってきた。それから1時間ばかり2人とも
あたりはなし。こりゃ魚がいないんじゃないかって飽きてきた矢先に、クンと
竿の先が引っ張られるのがわかった。「おー、何かきたぞ~!」って叫んだら、

竹治がやってきた。俺の竿を見て「かかってるが、網を使うほど大物じゃない。
 そのまま上げろ」って言ったんで、俺は泡を食って竿を上げたら、
魚は頭の上を飛び越えて後ろの草むらに落ちた。
見にいった竹治が「何だこりゃ」って言うのが聞こえ、俺もいってみると、
真っ赤な魚が落ちてたんだ。金魚とか鯉の鮮やかな赤とは違う、
黒が混じったような赤い色。形も口が尖ってて鯉とは似てなかった。
10cmくらいだった。「うーん気味悪りいな」竹治はそう言ったが、

俺はせっかく釣ったんだからと思って、手ですくって水を張ったバケツに入れた。
そしたら草の上ではピクとも動かなかったのが、スーッと中で泳いだ。
「それどうする?」って竹治が聞いたんで、
「ジイちゃんの庭の池に入れる」って答えた。竹治は黙ってたが、
「もう帰ろう」と唐突に言った。俺は、ははあ自分は釣れなかったんで、
悔しんだろうって思ったな。昔もそんなことがあったんだよ。

で、2人で来た道を引き返したが、ぞの間竹治はずっと無言だった。ときおり
バケツを見たが、魚は揺れる水の中で隅っこに固まっていたな。で、家の近くまで
来て竹治と別れるときに、10歩ほど離れたところで竹治は振り返って、

「さっきなあ、お前釣った場所。前の洪水で軽自動車が流されたとこだぞ。
 まだあそこに沈んでるんだ、赤い車」って言ったんだ。
 

それ聞いたら急に、ゾ~ッと怖い気がしたんだよ。さっき話しただろ。
水の底が赤いような感じがしたって。だけどなあ、まだそのときも、

竹治が悔しまぎれに嘘を言ってるのかもって思ったけどな。
バケツの魚を池に放したら、スーと沈んで見えなくなった。バアサンが出てきて、
「おや早かったねえ、まだ夕食の支度にかかってもいないよ」って言った。
それから俺は家に入って、体中に虫刺されの薬を塗ってたんだよ。
背中にかなり腫れたところが何ヶ所かあった。ボリボリ掻きながら
扇風機にあたってると、庭で「何だあ」というジイサンの声がした。「どしたん?」
出てみると、ジイサンが池から赤い布のかたまりのようなのを拾い上げてた。
土の上に広げてみたら、毛糸のティッシュカバーだったんだよ。あの箱を入れるやつ。

でな、それから3日、俺は虫刺されが化膿して高熱を出して寝込んだんだよ。