ある町の公共温泉施設で働いています。
こっから話すことは職場の恥になるようなことですが、今は改善しています。
というか、改善せざるを得なかったのです。
そこの施設も、あのご当地温泉ブームのときに町の予算でこさえたもんです。
あの当時は大手の温泉ボーリング業者、ボイラー業者が全国を回っておりまして、
それに開発を丸投げすれば、たいした知識もなく施設ができあがったんです。
ちょっとご退屈かもしれませんが、少し温泉の話をさせていただきます。
ただ、自分は技術職ではありませんので間違いもあるかもしれません。
で、地面の下深くに埋まってる地下水というのは温度が高い場合が多いんです。
それは元々温泉地でないところに温泉施設をつくるわけですから、
うちでもかなり深くまでボーリングをしたようですよ。
それでもやはり入浴に適した42度ほどにはなりませんから、
近隣の施設もみなそうでしたので、特になんとも思わなかったですよ。
循環、というのはお湯を再利用することです。
汚れた浴槽のお湯、浴槽から溢れたお湯、洗い場を流れたお湯なんかを、
まとめて集毛器にかける。ここで大きなゴミを取るんです。
それから濾過槽、生物濾過ですが、そこを通すと無色透明の水に戻ります。
で、また加熱して浴槽の滝口から流れ落ちるようにするわけです。
え、それだと源泉を最初入れたら、あとは入れなくても済むんじゃないかって?
いや、それはさすがに・・・1週間に1度はお湯の入れ替えをしていましたよ。
町民のみなさんに格安でサービスを提供する町営の施設ですからね、
そんなに人件費、維持費をかけられるわけじゃありません。
それに当時は、役場に詳しい知識を持ってる人なんていなかったんです。
開業した当初は大賑わいでしたよ。
うちらの施設は近隣の市町村に比べて後発でしたから、
やっとおらが町にも自前の温泉ができたってことで。もう20年も前の話です。
で、それからずっとやってきたわけですが、
7~8年前からお客さんの入りが悪くなりました。
一番の原因は町の過疎化だと思いますが、他にもいろいろあります。
施設が老朽化したことも大きいでしょうね。
あと設備が中途半端で、露天風呂がなかったことなんかもあるでしょう。
それと温泉以外にこれといった付加サービスを開発できなかったこともあります。
デイケアや道の駅、学習体験なんかと結びつけられればよかったんでしょうが。
循環風呂が問題視されたこと?うーん、他県でレジオネラ菌の事故が起きたときには、
そういう話も少し出ましたし、秘湯の源泉掛け流しブームもありましたが、
・・・施設の温泉に入ったお年寄りが、
「浴槽から出たら上がり湯を使うと、体についた温泉の成分が流れてしまう」
なんて言ってるのを聞くと申し訳ない気はしましたけどね。
で、施設は赤字になり、第3セクターに経営が移ったんですが、
毎年町からの補助が出ていましたよ。そう大きな金額ではなかったんですけど。
すみません。長々と怪異とは関係のない話をしてしまって。
「お湯が魚臭い」って。これには驚きまして、すぐ浴槽に行ってみたんですが、
大事が起きてしまうよりはマシですから。
ところが、翌日もやっぱり「魚臭い」と言われました。
ほぼ毎日のように来られているお年寄りからですから、
塩素の臭いを間違えたわけではないと思いました。
さらに、施設は毎晩10時半まで営業していたんですが、
その最後のほうに入られたお客さんから、
「浴槽の中に魚がいた」という話をされたということを、従業員から聞いたんです。
それはいくらなんでも・・・なんですが、
よく知っている方で、嘘をつくような理由もありません。
それでね、翌日はわたしが終わりまで居残りしまして、
お湯に落ちた垢や髪の毛は全部吸い込まれて濾過されますから、きれいなもんです。
お湯が透明で温泉特有のにおいや湯ノ花などが出ないのはしょうがないです。
脱衣所で服を脱いで、だれも人のいない浴槽に入ってみました。
ゆっくり泳ぐように移動し、お湯をすくい上げて臭いを嗅いでみましたが、
かすかな塩素臭はしても、魚の臭い・・・生臭さなんて感じられませんでした。
滝口でも同じでした。浴槽の縁にもたれて目を閉じると、
朝から長時間職場に詰めていた疲れが出たのか、うとうと眠くなってきました。
こりゃいかん、そろそろ上がろうかと思ったとき、
脇腹に何かがコツンとあたったんです。
「ん、何だ?」と下を向くと、強烈な腐臭を感じたんですよ。
生ゴミというより、それは確かに魚の腐った臭いでした。
「えっ、えっ」思わず立ち上がると、両足に何かがコツコツとあたります。
上を見ました。痩せた裸の子どもが天井の木組みの梁に上向きに取りついて、
信じられないほど長い手を伸ばしていたんです。
その手の中には魚が握られていました。15cmくらいの真鮒のようでしたが、
はっきりはわかりませんでした。
ぐずぐずに腐って、やっと形をとどめている状態だったんです。
天井のものは意地悪そうな男の子の顔で、首だけひねって下を見ました。
手がするすると縮んで魚はそれの口元までもっていかれ、
それの口から真っ赤な長い舌が出て、魚をべろんと嘗めたんです。
こういうものを見ると、人間って呆然として動けなくなってしまうんですね。
どれも腐ってとろけ、頭も鱗もどろどろと白く濁っていたんです。
手は跳ねる魚の一匹をつかまえてまた上に・・・
そこまで見たとき、叫び声を上げて浴槽から飛び出ました。
ええ、この頭の傷ですが洗い場を走ったときに転んだんですよ。
なに、切り傷だけです。脱衣所でとりあえずパンツだけ履いて逃げ出しましたよ。
いや、施設に残っていたのは自分の他にあと男性職員2人だけでしたから、
まあそこはなんとか・・・ で、この後どうしたかというと、つてを頼って、
妖怪の専門家に相談したんです。
あのほら世田谷に住んでおられる・・・ああ、ご存じなんですか。
そうでしょうね、みなさんもこういうことの専門家なんですよね。
なんとか垢嘗のほうはおさえていただきましたよ。
翌日からは出ることはなくなりました。腐った魚もです。
・・・町役場の上のほうに事態を理解してもらうのはたいへんでした。
あと妖怪封じの費用を捻出するのもね。
結局は町長のポケットマネーになったんじゃないかと思います。
