では、問題は彼女の親にあったのか?
いえ、おそらく彼女の親ではなく、その親が問題だったのです。
じゃあ、その親の親が問題だったのか?
いえ、実を言うとその親の親の親が問題で・・・。
おわかりのとおり、これまでだれも負の連鎖を断ち切らずに来た結果が今の彼女です。
”負”とは何かと言うと、”自分を大事に出来ないこと”。
自分を粗末に扱われても、それに抗議できないということです。
ただ、今の世の中ならまだしも、食糧事情も悪い時代に、生活力のない女性が自活するなんて、夢のまた夢。
壮絶な姑からのいじめを受けても、そこに居続けなければ生きていけない現実がありました。
そんな中を生き抜いた先祖がいたからこそ、現代に生を受けることができた私たち。
その先祖の忸怩たる思いを、無自覚のまま次の世代に先送りしないことが、今を生きる私たちの大きな課題のひとつだと考えます。
今の私の立場でできることは、これ以上いじめを受けて泣き寝入りする人を出さないこと。
新人には「パワハラとかあったら教えてね」と言ってあります。
いえ、本来なら私ではなく、店長に言うのが本筋ですが、人から護ってもらおうとするのではなく、自分を不当に扱った張本人に対して
「出るとこ出ましょうか?」
と言える人になってほしい。
今となってはそんな強気発言の私ですが、離婚をするまで、友人からは「昭和の女」と呼ばれるほど、夫には無抵抗の妻でした。
その夫と闘うためには、”出るところに出る”しかなくなり、震える手で弁護士会に電話をして弁護士を紹介してもらいました。
あの経験が誰かの役にたつのなら、人生には無駄は無い、いや、経験したことを無駄にしないことが大事なんだと思います。