最寄り駅の改札にある小さなコンビニに、「スタッフ急募」という張り紙あったので近づいて見てみると、勤務時間が「22時~24時」と書いてあった。

 

なるほど、この時間の求人は難しいだろう。

 

しかし、我が家はここまで歩いて1分。

 

この時間だけやるというのも面白いだろうな。

 

娘たちがいいと言ったらやってみようか。

 

ふと、そんなことを考えた自分にちょっとびっくりした。

 

「適正」は年齢や経験とともに変化するものなのかもしれない。

 

高校生の頃、ファミレスのホールのバイトをしていたときは、キッチンの仕事なんてまったく興味がなかったが、今となっては、山のように積み上がった皿を片っ端から洗いまくりたい衝動に駆られることがある。

 

高校生の頃、「将来は保母さんになりたい」という友人のことが理解できなかったが、子供を産んでみたら面白すぎて、勢い余って保育士の資格を取ってしまった。

 

若い頃には考えられなかった仕事の可能性に気づくことは、新しい自分に出会ったようで面白い。

整理整頓に余念のない三女は、いつものようにご機嫌な独り言を言いながらの作業なのだが、隣りで聞いているほうは実のところ心中穏やかではない。

 

そこで、三女をリビングに呼ぶ。

 

 

「あのさ、独り言のことなんだけど・・・」

 

 

三女自身も、身に覚えというか、やめられるならやめたいと思っているようで、スッと表情が硬くなる。

 

 

「これから受験もあるし、一人でぶつぶつ言ってると、高校の面接のときとかにそのクセが出たりしたらマズイでしょ・・・」

 

 

スライドドアの横に立っている三女の目に、涙がにじんでくるのが見える。

 

 

「これから、独り言を言ってたら声をかけるから、すぐやめる練習しよう」

 

 

無言でうなずくと、再び机の片づけを始めた。

 

しかし、もう独り言は聞こえてこない。

 

三女にとってはストレスのはけ口だったかもしれない独り言を、無理矢理やめさせることによって、別の問題が起きやしないだろうか。

 

結果が出るのはいつの日だろう。 

 

【意味】曲がった角を真っすぐに直そうとして、牛を殺してしまうこと。(→小さな欠点を直そうとして、結果、全体をダメにしてしまうこと)

 

 

なぜ、そんな言葉が浮かんだかというと、それは三女(中2)の”独り言問題”。

 

先天性のものなのか、それとも生後2か月から入退院を繰り返した環境やストレスのせいかわからないが、しゃべり始めたのは5歳頃で、年相応の会話ができるようになったのは小学校を卒業する頃だった。

 

その反動なのか、中学に入ったらぺらぺらとよく喋るようになった。

 

学校のことも話してくれるが、テレビを観ていても、ゲームをやっていても、お風呂に入っても、いわゆる”心の声”までもが音声化されてしまっている(笑)

 

そんな三女を見て、学校の養護教諭は

 

 

「毎年、何人かはそういうお子さんいるんですよ。今年は一クラスに一人いて、1組は〇〇ちゃん、2組は△△さんみたいな(笑)」

 

 

そんなもんか・・・気にすることでもないのかな(いや、あるだろ!)。

 

そう思い続けて2年が経ってしまった。

 

相変わらず”心の声”を発信し続ける三女に、周りの友達も慣れてしまったのか、いじめの対象になる様子もなく過ごしてきた。(みんな有難うーーー!!)

 

しかし、来年の高校受験にあたって、これから学校見学や個別相談に臨む機会が出てくる。

 

そんな場所でつい”心の声”を披露してしまっては、心証としてはあまりよろしくない。

 

そこで、新学期に向けてせっせと机を整理している三女に提案してみることにした。

 

 

(つづく)