プログラマーのアンニュイな日々 其の一 | 士は己を知る者の為に死す

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解



前々から、心の中に燻っていたんだろうが・・・


それは、ある人物の軽い発言から始まった。


「シーケンサーの教育って、できんやろか?」
「できないこともありませんが、ちょいとお金がかかります」
「やっぱり?」
「実際にシーケンサーで何かをコントロールしてみないことには教育になりません」
「ですよねぇ」
「こちらの倶楽部で装置を購入してくれるなら、教育プログラミングは私の方で手配しましょう」
「予算がねぇ・・・」


つまり、金がない。もちろん、そんな事は最初からわかっていたことだ。彼も、ただ言ってみただけ。私も、当たり障りがない返事をしただけ。


それでも、一応、構想は練ってみた。シーケンサーにランプ数個、ロッドレスシリンダーの簡単な装置。


これで、入出力をコントロールするプログラムを体験できる。


そうそう、シーケンサーってのは、製造装置のコントロールに使うマイコンとリレーがセットになったコンピューターで、メーカーそれぞれがオリジナルの言語をインストールしている。まぁ、そうは言っても言語の基本構造は共通している。略してPLCと呼ぶ。


十人に一人は、一社のPLCを使って学べば、他社のPLCもマニュアルと格闘してプログラミングすることができるだろう。あとの九人は、俗に言う応用が利かない人々。ターゲットとするメーカーで教育を受けなければ、プログラミングは不可能。


はっきり言って、才能がない奴は、どんなに努力してもプログラマーにはなれない。


確かに「努力は裏切らない」しかし、「努力が必ず報われる」とは限らないのだ。


考えてみれば、私は、全てが独学だ。今まで、幾つかの言語でプログラムを作ってきたが、セミナーも教育も受けてない。故に、王道を知らない。やはり、プログラミングには言語毎に王道があり、セオリーがあり、スタンダードなテクニックがある。それを知った上で、オリジナリティを出すのが有名なプログラマーなんだが、私はその機械に恵まれなかった。


全てが独学、全てが我流である。


幸い、会社にはPLCの専門家がいたし、以前、教育もやっていたから、実施するとなった場合は、その人物に講師を依頼すればいい。私は、企画を作った段階で、お役御免になるだろう。まぁ、それもどこかから、金が沸いて出ればの話である・・・沸いて出た!



年度末に「予算が余ったから、何か買え」と指示が出た。



渡りに船と、業者に装置の設計と見積もりを依頼し、ちょっとだけ微調整しただけで、すんなり購入することができた。



さぁ、そうなったら、今度は企画を通さなければならない。


倶楽部の寄り合いに装置を持ち込んでメンバーに見せた。6人のメンバーのうち、二人の目の色が変わった。何と言っても言いだしっぺは満面の笑みである。そして、その人物が座頭とくれば、これはも決まったも同然。セミナーの予算をどう捻り出すかと言う問題はあるものの、開催はほぼ決まりである。


が、会社に戻り、社長に直談判したものの、PLCの専門家は「他の業務で忙しいから貸せない」何とも、役に立たない経営者である。そこをどうにかするのが経営者の度量なんじゃないのぉ? と、言ってみたところで、彼が役に立たないのは、今に始まったこっちゃない。


早々に諦めて、次の作戦に・・・って、残る手段は、自分でやるしかないんだよね。


数年前に、簡単な装置を1台作っただけだが、どうにかなるっしょ!




こうやって、地獄の日々が始まったのである。



つづく