ゆるりと禁煙 | 士は己を知る者の為に死す

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解






気が付けば、節煙生活を始めて早や8ヶ月。一日三本の生活もすっかり板に付いたある日のこと。


以前は、カートンでまとめ買い。在庫を切らしたことはなかったが、値上がり前にどっさり買い込んで、しかも節煙生活だったので煙草を買いに行く習慣がなくなってしまった。


先週の火曜日、就寝前に最後の一本を吸って、翌日会社帰りに買うつもりだったのが、すっかり忘れて帰宅。買いに出るのも面倒で、「今日は禁煙デー」なんて、独り言をいいながら、ネオシーダーを2本吸って一日が終わった。


今日こそは、煙草を買って帰るぞ!と意気込んでいたものの、またまた夜の食料だけ購入して帰宅。この日もナオシーダーだけで過ごした。


二日目「禁煙してみる?」なんて、ゆるい決意をしてみる。しかし、決意とは関係なく、煙草を買い忘れ帰宅。


三日目も買い忘れ帰宅


四日目の土曜日は、雨で家から一歩も出ることなく過ごす。故に、煙草はない。


五日目の日曜日も朝から雨。推理小説を読んで一日を過ごす。今日も煙草はない。


六日目の月曜日「こうなったら、禁煙してみるべ!」ってことで、煙草を買わずに帰る。



なんとなく、今日で一週間。





天邪鬼の僕は、禁煙宣言ができない。追い込めば追い込むほど、意地でも遣らない。


だから、こんな感じのゆる~い禁煙がいいようだ。


もちろん、吸いたくなったら、いつでも吸うつもりでいる。ライターも捨ててなければ、灰皿もど~んとテーブルの上にある。




ただ、いつまで吸わずに耐えられるか?そこに興味がある。





いつまで続くかな?