女房元気で留守がいい | 士は己を知る者の為に死す

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解



ある日の夕方


僕は、釣りをしていた。他の場所で釣りをしていた知り合いが、釣りを終えて様子を見に来た。


釣り談義に花を咲かせていたところに奥さんから電話
「もう、帰っちょんの?」
「・・・」
「あぁ、それならいい。僕も、まだ帰ってないから」
「・・・」
「ゆっくりでいいよ」
「・・・」
「思いっきり楽しんで帰ればいい。僕のことは気にしなくていいから」


女房元気で留守がいい


1986年に流行語大賞に選ばれたCMのコピー「亭主元気で留守がいい」をぱくったものだ




2004年の日経新聞の記事 妻のストレス「夫」1位

http://www.lifebalance.co.jp/press/clip_57.html


この記事を読んで貴方は何を感じるだろうか?


「妻のストレスになるなんて、ろくでもない夫だ」
「夫の存在をストレスと言い放つなど、とんでもない妻だ」


さて、どちらが真実なのか?


ストレスとなる夫とはどのような夫なのか?このアンケートはそこまで調査していない。つまり、妻の一方的な言い分だけを取り上げて記事にしている。従って、夫の実像は浮かんでこない。これでは妻の言い分が正しいのかどうか判断はできない。




これが報道と言えるだろうか?


中立であるべき報道が、どちらか一方に肩入れしたとき、それは、世論を操作するアジテーションとなる。


それは、正義かもしれないが、誤報であった場合に責任はとれるのか?


スクープ至上主義の報道機関を信用することは、危険だと言えないだろうか?



因みに、僕に奥さんはいないので、全く関係のない話である。