おかず | 士は己を知る者の為に死す

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解

ごはんを食べると、いつもおかずが残る


配達の弁当、ごはんとおかずのバランスは一般的なはず。


つまり、一般の人と比較して、僕はおかずに対するご飯の量が多いと言うことだ。


それは、餓鬼の頃貧乏だったからだろう。


少しのおかずで大量のご飯を食べてお腹をいっぱいにしていた。


何もないときは、味噌汁をかけて、かきこんだ。




子供の頃、身についたものはなかなか抜けない。


出されたものは、綺麗に片付ける。米粒ひとつも残さない。


茶碗に米粒を残して、御馳走様と言う人は好きになれない。


母の実家も、父の実家も農家だったから、米粒を残すこと叩かれた。


親父の拳骨は痛かった。


「農家が、どんな思いで米を作っていると思ってるんだ!」


小さな僕に、農家の思いなんて理解も想像もできなかったけれど、殴られると痛いので、残さず食べた。



禅宗のお寺では、最期に、お茶を入れ、沢庵で米の欠片まで洗い、胃袋に流し込む。


食べ終わったご飯茶碗にお茶を入れて飲んでいると「下品」だと言う人がいるが、自分の無知を宣伝しているようなものである。食べ物を無駄にしない、立派な作法なのだから。


因みに、フランス調理で、残ったソースをパンですくって食べるのはマナー違反だそうだ。口の周りや髭についたワインをパンで拭って食べるのはOKらしい。