ごはんを食べると、いつもおかずが残る
配達の弁当、ごはんとおかずのバランスは一般的なはず。
つまり、一般の人と比較して、僕はおかずに対するご飯の量が多いと言うことだ。
それは、餓鬼の頃貧乏だったからだろう。
少しのおかずで大量のご飯を食べてお腹をいっぱいにしていた。
何もないときは、味噌汁をかけて、かきこんだ。
子供の頃、身についたものはなかなか抜けない。
出されたものは、綺麗に片付ける。米粒ひとつも残さない。
茶碗に米粒を残して、御馳走様と言う人は好きになれない。
母の実家も、父の実家も農家だったから、米粒を残すこと叩かれた。
親父の拳骨は痛かった。
「農家が、どんな思いで米を作っていると思ってるんだ!」
小さな僕に、農家の思いなんて理解も想像もできなかったけれど、殴られると痛いので、残さず食べた。
禅宗のお寺では、最期に、お茶を入れ、沢庵で米の欠片まで洗い、胃袋に流し込む。
食べ終わったご飯茶碗にお茶を入れて飲んでいると「下品」だと言う人がいるが、自分の無知を宣伝しているようなものである。食べ物を無駄にしない、立派な作法なのだから。
因みに、フランス調理で、残ったソースをパンですくって食べるのはマナー違反だそうだ。口の周りや髭についたワインをパンで拭って食べるのはOKらしい。