「壁のなかの鼠」を読みました。
主人公が血統のせいで先祖返りし、呪われた運命に誘われる一編。
ラヴクラフトの定番モチーフです。
アメリカの実業家である主人公は、先祖が暮らしていたイギリスの修道院を買い取り、居館として改築したのちに移り住んだ。
一族には忌まわしい秘密があり、それを知った17世紀の先祖のひとりが、一族を皆殺しにしたあと、アメリカに逃げたという歴史があった。
先祖の土地で暮らしはじめた主人公は、悪夢と、壁のなかを這う鼠の群れの音に悩まされるようになる。
悪夢は、不浄の洞窟内で、不潔な豚飼いが、獣のような人のような不気味な豚を飼育している内容であった。
鼠の音は、主人公にしか聞こえず、彼以外にそれに反応するのは、飼い猫のみであった。
鼠の怪音の出どころを調べると、地下室のさらに地下に何かがあるらしいことがわかった。
学者たちを集めて調査団を結成し、地下にもぐると、広大な洞窟と古代の遺跡を発見した。
遺跡の様子と、そこに散らばった無数の骨から、主人公は先祖の所業を知ることとなった。
彼の一族は、太古より、人間を食用として飼育し、喰らっていたのだ……。
発狂した主人公は、調査団のひとりに襲いかかり、その肉を口にしているところを取り押さえられ、精神病院に入れられた。
ラヴクラフトは、食人行為を最大の背徳と考えており、してみると、主人公は作者の考えるもっとも忌まわしい存在への変貌を強制されているわけです。
「インスマウスの影」において、その血統の力で変貌する主人公が行きつく先は、ラヴクラフトが忌み嫌う〝海洋生物〟でした。
こうして並べてみると、「壁のなかの鼠」と「インスマウスの影」が、ともにラヴクラフトが恐怖する対象を写し取った双子のような作品に見えてきます。
共通点はまだあります。
「壁のなかの鼠」には、(音だけですが)鼠の大群が登場します。
「インスマウスの影」において、主人公は、沖の岩礁から陸地に向かって泳いでくる、謎の生物の大群を目撃し、恐怖します。
もしかしたら、ラヴクラフトは、うじゃうじゃと群れる生き物に対しても、恐怖を感じていたのかもしれません。
クトゥルフ神話と接続する作品であることも共通しています。
「インスマウスの影」の〝深きものども〟は、クトゥルフを崇拝していました。
「壁のなかの鼠」では、洞窟の奥にニャルラトホテプが蠢いていることがほのめかされています。
海底と地底との違いはあれど、深いところに潜む邪神の作用が、地上の人間の血統を侵蝕し、呪われた存在への変貌を促す点においても、この二作品は双子のように似ていると言えましょう。
本作における鼠の役割ですが――。
地下の鼠は、食用人間の残滓を喰らって生きていました。
ところが、一族が皆殺しにされ、食人の習慣が途絶えたことから、鼠たちも餌がなくなり、餓死してしまいました。
その怨念――あるいは食物への執着か――が、壁のなかを這いまわる音となって主人公に取り憑き、食人の習慣を復活させるべく誘った、と読めます。
館に夜毎鳴りわたる怪音――幽霊屋敷ものの定番と思わせておいて、真相にひとひねり、といった感じでしょうか。
また、黒幕はニャルラトホテプであり、鼠はただ使役されていただけと解釈することもできるでしょう。
短編ながら、行間を読むほどに味が出てくる、なかなかに噛みごたえのある作品です。
