「インスマウスの影」を読みました。
昨年、アニメ『ネクロノミ子のコズミックホラーショウ』を観た直後から、『ラヴクラフト全集』の感想を書き始めたわけですが――。
第1巻に収録された四編のうち、取り上げたのは「闇に囁くもの」だけでした。
そのとき読んでいたところから始めたので、それだけになりました。
第7巻の感想を書き終わり、とりあえず完結にこぎつけたのはいいものの(まだ別巻上下が控えていますが、そちらはまたの機会にまわします)、書き漏らしがある状態は、やはり落ち着きません。
ここまできた以上、ラヴクラフトの作品すべてに感想文を付さないなんて手落ちはゆるされないでしょう。
というわけで、あと三編について、感想文を書きます。
今回は「インスマウスの影」。
第1巻の冒頭に収録されています。
いつも表記で悩みます。
「インスマウス」か「インスマス」か。
町の名前としては「インスマウス」の方がしっくりくるものの、住人の特徴的な顔貌をあらわす言葉は「インスマス面」の方が語呂がいい気がします。
表記揺れはいやなので、以下「インスマウス」で統一します。
主人公の〝わたし〟が、旅行中に不気味な港町インスマウスに立ち寄り、恐ろしい体験をするというストーリー。
記事作成にあたり、再読したところ、ストーリーが四段階で構成されていることに気付きました。
・インスマウスにおもむく直前、町のよからぬ噂話を耳にする。
・インスマウスに到着。酔っぱらいの住民から、町の歴史について奇怪な話を聞く。
・インスマウスで一夜をすごす。半魚人に追いかけ回され、からくも脱出。
・自分のルーツがインスマウスの血族であることを知る。
ストーリー的には最後はなくても成立すると思います。
インスマウスの住民は、人類以前から海底に棲息している邪神と契約し、混血が進んでおり、邪神の血を引く者は、年齢を重ねると半魚人になって水中で生きられるようになる。
主人公の肉体にもその変化があらわれ、あれほど恐ろしい思いをしたインスマウスへ――海中で営まれる不死の人生へ――回帰しようと決意したところで物語は終わります。
この結末には、ストーリー上の必要性というより、ラヴクラフトの個人的な観念が反映されている気がします。
ラヴクラフトは、自己の血統について、ある種のコンプレックス――あるいは逆位相の選民意識――を持っていたらしいのです。
そこから、呪わしい血統からは逃れられない、という強迫的な観念が出てきます。
「呪われた血統」という主題は、ラヴクラフトの作品に頻繁に登場します。
個人的な強迫観念といえば、もうひとつ、見逃せないものがあります。
「海洋(水棲)生物に対する異様なまでの恐怖心」です。
邪神クトゥルフは蛸のような触手を頭部から生やしていますし、「月の湿原」では太古の呪いで人々が蛙に変えられてしまいます。
インスマウスの住人も、蛙と魚が融合したような身体的特徴を有しています。
ラヴクラフト先生、ヌメヌメした水棲生物がお嫌いだったようです。
呪われた血統の力によって先祖返りを余儀なくされた上、変身後は大嫌いなお魚さんになってしまう――自分が嫌だと感じるものをこれでもかと重ね合わせたような結末。
やっぱり強迫観念に取り憑かれていたのじゃないかと勘繰りたくなります。
この結末がなくても、「インスマウスって町に寄ったら、すごい怖い目にあったのよ、あそこのやつら、ヤベーよ」というストーリーは成立するはずですからね!
クトゥルフ神話にとって大事な設定が登場する本作。
ダゴンとその眷属である〝深きものども〟は、クトゥルフを崇拝しており、人間との混血を推進するのは、クトゥルフ復活を期しての地上侵略である。
〝深きものども〟と混血した人間は、「ダゴン秘密教団」なる結社をつくり、クトゥルフ復活を画策している。
クトゥルフが復活したあかつきには、人類は滅ぶんだよね。
こうして設定を書き出してみて気付いたけれど、ラヴ先生、もしかして、水棲生物に人類が滅ぼされるのじゃないかと怯えていたとか?
設定にも強迫観念が影響していると思うのは、考えすぎでしょうかね。
