鬼滅の刃 無限城編 | 物語の面白さを考えるブログ

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無限城に関して私見を述べます。

 

劇場版に登場した無限城は、本当に無限の空間が広がっているかのような描かれ方でしたが、私の解釈はちがっていて、「あの空間って、実は有限なんじゃないの?」というのが秘かに思っているところです。

さすがにアニメが解釈ちがいだとまで主張するつもりはなくて、単に、原作を読んだ時点で、私はこう思っていた、という話です。

劇場版「機動戦士ガンダムSEED」で、ズゴックが割れて中からガンダムが出てきましたが、メカデザイン的には絶対におかしいけれども、映画的演出として考えれば、こっちの方が正解だったといえるでしょう。いかにも中に何か入っていそうなデザインのメカから出てくるより、「絶対ムリがあるだろ!」としか思えないズゴックの中から飛び出してくる方が、面白いにきまっていますから。

それと同じで、せっかく大画面で見せることができる劇場版なのだから、美麗な映像で無限に広がる城を見せつけた方が、観客を圧倒する効果は抜群です。

無限に広がる無限城――これもまた、ひとつの正解の魅せ方だと思います。

 

なぜ私が有限だと思ったのかといえば。

無限城が鳴女の血鬼術の産物だとして、ひとりの鬼の力で、無限の空間(亜空間)を作れるものだろうか、という疑問が、まずありました。

仮に作れたとして、無限の空間を作れるということは、そこから無限のエネルギーを取り出せる可能性があるわけで、そんなとんでもない強大な能力を保有することを、ビビリの無惨さまが許すだろうか? という疑問もありました。

そこで、あの亜空間は有限であると仮定しました。

有限であるものを、トリックを使って、無限であるかのように見せているのだ、と。

そのトリックが、無限城の、建物が動く仕掛けです。

建物自体が動けば、中にいる人がどれほど進もうとも、亜空間の端に到達することはできません。すなわち、疑似的な無限の完成です。

映画の『キューブ』と同じ。部屋自体が動き、「動く迷路」と化すことで、中の人間を永遠に出口に到達させないギミック。

あるいは、スポーツジムのルームランナー。走っても走っても、床が後退するので、永遠に同じ場所に留まり続ける仕掛け。

動く迷路も、ルームランナーも、設置するのに無限の空間は要りません。

 

無限城以前にも、同様の血鬼術は、劇中に登場しています。

元十二鬼月――響凱の鼓屋敷がそれです。

一軒家という、さほど広くない空間でも、複数の部屋が入れ替わるだけで、中に入った炭治郎たちはかなり翻弄されました。

思えば、響凱と鳴女の血鬼術は似ています。

鼓を叩くたびに部屋が入れ替わる響凱の血鬼術。

琵琶を鳴らすたびに建物が動き、内部の者が瞬間移動する鳴女の血鬼術。

どちらの場合も、上下左右――重力の方向が乱れる現象が生じています。

ふたつは同系統の血鬼術なのかもしれません。同系統――空間操作系ね。

そして、鬼としての強さは、鳴女の方が上です。響凱は十二鬼月を落第しましたが、鳴女は上弦まで昇りつめました。

響凱の血鬼術は、せいぜい一軒家を操る程度でしたが、それより強力な鳴女は、もっと広い空間を操れたはずです。

具体的な広さはわかりませんが、無限〝城〟と名前がついていますから、ひとつのお城くらい――例えば皇居くらいの広さを操作できれば、無限の空間だと錯覚させるには十分でしょう。

 

そして、私が無限城を有限だと思った最大の理由――。

だって、有限の空間をトリックで無限だと錯覚させている方が、小物のくせに大物ぶっている無惨さまに、いかにも相応しいじゃない?

 

猫 「誰に相応しいだと? もう一度言ってみろ」

龍 「え……? まさか……完璧な擬態……!?」

 

 

(おわり)