物語を面白くする秘訣は?
と聞かれた場合、私はこう答えます。
「人間関係を安定させないこと」・「人間関係に常に緊張感を孕ませること」。
もちろん、この答えが唯一ではありませんし、必要不可欠の絶対条件というわけでもありません。
それでも、人間関係の設定は重要だと考えます。
おとぎ話は、「ふたりは末永く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」で終わります。
人間関係が安定したとき、物語は終幕を迎えるのです。
裏を返せば、物語が続行している間、人間関係は安定していなかったということです。
『メダリスト』の場合はどうでしょうか。
人間関係において、メインとなる対立構造は、いのり VS. 光 です。
この対立構造は、ふたりの背後にいるコーチ同士の対立でもあります。
整理すると、
いのり VS. 光
司 VS. 夜鷹純
となります。
この緊張感を孕んだ人間関係が、主軸となって物語をつらぬいた末に、決着がついて対立構造が解消され、物語は終わると予想されます。
しかし、見方を変えれば、これは、【「不安定な人間関係」が終始安定して物語を支配している】とも言えます。
対立構造のマンネリ化とでも言えばよいでしょうか。
ふつうであれば、この種のマンネリ化は、ストーリー進行に一貫性を付与するものとして歓迎されるべきものなのですが、作者のつるまいかだ先生は、これを崩しにかかります。
正直、唸りました、すごいぞ、と。
「人間関係に〝常に〟緊張感を孕ませること」――これを実践しているのですから。
物語の後半――12巻まで刊行されている時点での後半という意味――、狼嵜光の掘り下げが始まると、安定しているかに見えた光と夜鷹純との関係が、不安定になります。
コーチである夜鷹純さえ喰らっておのれの糧にしようとする光の怪物性が徐々に明らかになっていくのです。
ここに、光 VS. 夜鷹純 の構図が生まれました。
これは、安定した人間関係を築いている いのり&司 チームとの対比でもあります。
さらに、これまで絡みのなかった光と司とに接点が生まれ、新たな対立構造が形成されます。
勝利のために犠牲は必要だと主張する光と、勝利のための犠牲など必要ないと主張する司とのぶつかり合いです。
整理すると、
夜鷹純 VS. 光
司 VS. 光
このような新たな対立構造が、水面下で生じたことになります。
表面上は、「いのり・司 VS. 光・夜鷹純」 という基本構造を維持したままで。
最終決戦が いのり VS. 光 になることは間違いありませんが、水面下で生じた対立構造のおかげで、そこに到るまでさらなる紆余曲折があることが予感され、ストーリーの道程が不透明になりました。
ストーリー展開が見通せない――この不透明感が、物語の面白さにプラスに働くことは、言うまでもありません。
人間関係の描き方で驚嘆したことが、もうひとつ、あります。
第10巻のカバー下の裏表紙に、おまけ情報として、「ジュニア合宿相関図」なる図が描かれています。
全日本ジュニアの強化合宿に参加した各選手の、人間関係の相関図が載っているではありませんか!
本編では描かれなかったキャラ同士の関係も記されています。
読者から見えない部分の設定も作り込む―― 一見して無駄な労力とも思われるこの作業が、作品に奥行きと厚みとを与えます。
ミステリー作家の天童荒太は、架空の地方都市を舞台とした短編小説を執筆する際、実在する三つの都市を取材した上で、その架空都市の発展史を設定したといいます。その設定が小説中で直接披露されたわけではありませんが、街の〝歴史〟を知っているがゆえに、作者は、その架空都市に〝実在性〟を感じ、情景描写において、街路の匂いだとか、雑踏の雰囲気だとかを瑞々しく描写することが可能となったのでした。
無論、この手法が唯一絶対の正解というわけではありません。
見えるところだけきちんと作って、見えないところはテキトーでいいと考える創作者もいます。
要は、面白ければ、その創作法が正義となるのです。
とはいえ、見えない部分まで作り込む創作姿勢に対し、私は好感と敬意とを抱かずにはいられません。
劇中世界の〝手触り〟を感じさせてくれるからです。
(つづく)

