夜怪公子 ドクター・メフィスト(祥伝社NON NOVEL) | 物語の面白さを考えるブログ

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無性に読み返したくなって『夜怪公子 ドクター・メフィスト』を再読。

著者は菊地秀行センセ(敬愛度:センセ>先生)。

「魔界都市ブルース」のスピンオフで、〈魔界医師〉ドクター・メフィストが主人公を務めるシリーズの一冊。

「ドクター・メフィスト」と銘打ったシリーズは、当初は角川書店より刊行されていたが、センセが編集部とケンカしたため講談社へ移籍、そこで五作を刊行したあと音沙汰がなくなっていたのが、何があったか不明ながら五年の歳月を挟んで祥伝社にて復活した次第。

これで祥伝社は秋せつらとドクター・メフィスト、〈魔界都市〝新宿〟〉の二大ヒーローを掌中に収めたことになる。秋せつらを主人公とする「マン・サーチャー」シリーズも、初出は徳間書店の「SFアドベンチャー」だったのであるが、作風が誌面に合わないという理由で徳間側がお払い箱にしたのを、祥伝社が受け皿となって発表の場を提供したのであった。そして同シリーズはドル箱に成長した。祥伝社、強い。

 

本作であつかう題材は吸血鬼。

〈魔界都市〉を舞台とした吸血鬼ものには、『夜叉姫伝』という大作(全8巻:ノベルス版)がすでに存在するものの、あちらのボスキャラは中華系の吸血美姫であった。妲己という名で伝説に登場するほどの大物であったが、吸血鬼としては変化球にはちがいない。正統派の吸血鬼――ヨーロッパ産の貴族然とした――を敵に据えて〈新宿〉で大暴れさせたいというのが、本書執筆の動機だとか。

西洋吸血鬼は菊地センセの原風景である。故郷・銚子市の映画館で英国ハマー・プロダクションの『吸血鬼ドラキュラ』を鑑賞中、クリストファー・リィ演じるドラキュラ伯爵のあまりのおっかなさに上映途中で逃走して以来、菊地少年の心には黒衣の魔人の妖影が宿って離れないのであった。吸血鬼ハンターDと秋せつらという、二大菊地ヒーローが黒いコート姿で裾をなびかせているのは、リィ=ドラキュラの投影だからである。Dに関して特記すると、天野喜孝画伯のイラストのせいで黒マントのイメージができあがっているが、小説にはコートと書いてある。コートを着用しているのは、西部劇からのイメージの借用である。「D」の世界観は西部劇と西欧ゴシックホラーのハイブリッドなのだ。

何はともあれ、西洋型吸血鬼、満を持して〈魔界都市〝新宿〟〉に襲来す。

 

封印の地より甦りしは、最強の吸血鬼、ブリューベック一族。当主グレイロードを筆頭に、その妻ミリアン、嫡男フランツと娘ソフィアの計四名。

迎え撃つは、〈魔界医師〉ドクター・メフィスト、花屋を営む仮面の男・秋ふゆはる、〈新宿警察〉一の猛者〈凍らせ屋〉屍刑四郎、〈戸山住宅〉の吸血鬼たち。

秋ふゆはるは秋せつらの従兄弟である。せつらが天上の美貌を持つのとは対照的に、ふゆはるは絶世の醜貌の持ち主である――らしい。らしい、というのは、仮面の下の素顔を誰も見たことがないからである。正確には、素顔を見た者は正気を失い、目撃したものを伝えられなくなってしまうのである。恐ろしや、秋一族。

さて、菊地センセの小説の特徴として、ストーリーがすんなり頭に入って来ない、というのがある(個人の感想です)。ストーリーラインを追うことより、前後のつながりを多少犠牲にしてでも個々の場面の面白さを徹底追求する過剰なサービス精神がその理由のひとつであるが、そもそもストーリーラインが尋常平凡ではないのである。上に敵味方のキャラクターを列記したが、これだけ人数を揃えたなら、平凡尋常なストーリーテラーなら、誰と誰を戦わせ、どのような勝敗を与えるべきか――対戦カードの妙に持てる構成力を注ぎ込むはずなのである。ところが、そうはならないのが菊地流。

まさか、自信満々、意気軒昂と乗り込んできた最強吸血鬼たちが、初戦で全員返り討ちにされようとは!

ここから先、ストーリーをどう展開させるの? と口をあんぐりさせたまま読み進めると、勝った側のキャラの動向が何やらおかしい。そこからは、味方は味方にあらず、敵は敵にあらず、敵味方入り乱れての混迷状態。誰が何のために行動しているのか不明な状態になるので、ストーリーが頭に入って来なくなっても、それは読者の理解力のせいじゃないよね? ね?

センセのストーリー構築力って、本当にどうなっているのだろう。長年読者をやっているが、未だに掴めないのである。

 

お気に入りのキャラは、ソフィア・ブリューベックちゃん。

13、4歳ほどの外見で、天使のように可憐な美貌の持ち主である。が、実年齢はン百歳なわけで、ときおり垣間見せる淫蕩邪悪な笑みが、吸血鬼らしくて実によろしい。

操る武器は、空中にクラゲのように漂う、ほとんど不可視の極薄の〝レンズ〟。これで月の光を集約し、ビームのように放って敵を射抜くのである。使用者にふさわしく、何と幻妖美麗な武器であろう。

かくも魅力的な吸血令嬢も、ロリコン嫌いの菊地センセの手にかかっては、活躍の場を奪われてしまう運命だ。初戦で秋ふゆはるの素顔を目撃して以降、精神に変調を来し、柩の中で眠りっぱなしになってしまうのである。残念無念。もっと活躍してほしかったなあ。

 

女嫌いのメフィスト医師に、元カノがいたことが判明する本書。

それはそれで衝撃的であるけれど、個人的に括目してほしいのは、終盤、とある大物吸血鬼が、銛に心臓を貫かれて、肉体が崩壊する際の描写。

いや、凄まじい。

吸血鬼をテーマにすると、センセ、やっぱり筆のノリがちがいますわ。

 

 

「小説NON」誌で連載が開始されたとき、扉絵のアオリ文に「一千二百枚伝奇誕生」とあったので、当初は全3巻の予定だったと思われる(400字詰め原稿用紙350~400枚で一冊分である)。

結果的に全8巻になったのは、菊地センセの言によると、「次から次へとアイディアが湧き、そのどれも捨てる気がしなかったから」だとか。

吸血鬼に対する執着は、他の題材よりも抜きん出ているようである。

 

第3巻の表紙イラストこそ、センセの中にある秋せつらのイメージをおそらくは最も的確にとらえた最高傑作である。

影絵のような街を妖々と歩み行く黒衣の魔人。付き従うは、生命なき可憐な人形娘と、使い魔の大鴉(タイトル文字でよく見えないけれど)。

Dといったら天野喜孝氏であるが、秋せつらを描かせるなら末弥純氏をおいて他になし。

 

「魔界都市ブルース」の表紙&挿画が末弥純氏ではなくなっている!?

担当したのは、漫画家の小畑健氏。熱烈なファンである小畑氏のラブコールにより実現した。

したまではよかったけれど、秋せつらが黒コートを着た夜神月にしか見えないと、読者の評判は芳しくなかった。

 

『妖婚宮』でも小畑氏が担当したが、その後は末弥氏にもどった。

小畑氏の画力を以てしても、末弥氏の牙城は崩せず終いであった。