こんにちは音譜

 

「ケプリ夫妻の特別レッスン 2018年を幸せに生きる魂の磨き方」セミナー質疑応答編④をお送りします!

今回で最後となりまーす口笛

さすがに長かった笑

 

過去記事下矢印

 

レポ①

レポ②

レポ③

レポ④

質疑応答レポ①

質疑応答レポ②

質疑応答レポ③

 

質疑応答レポ④

 

質問9「次のステージやチャレンジをするときに“お試し”があると思うんですが、それが本当に“お試し”なのか、“止めなさい”っていうサインなのかを見極める方法とかヒントを教えてください。」

 

ケ「もしかしたら、どっちも同じかもしれないんですよ。って考えたときに、僕自身これ(ケプリさんとして霊視カウンセリングを)をやっていこうと思った時に、批判の掲示板ができました。これ、お試しでもあるんです。けど(上からの)止めろって言われてることでもあるんですね。それは、“このまま言われ続けるけど、どうしたいんだ?”って聞かれてるから、“言われたくない”って思ったら止めるタイミングなんですよ。

意味わかります?”こうやって言われるけど、お前はそれでも続けられるのか?“って聞かれてるから、僕は”こういう風に言われることはわかってたよ。でも続けていくよ“って決めただけなんです。だから、止めたほうがいいかどうかって見極めるのって難しいかもしれません。ただ、自分の中で決めてしまえば、それが道になっていくんですよ。さっきの例でも言いましたけど、今のままだとこうなるよって言われても決めることができるのは【今の自分】なんですよ。

だから、見極めるって考えるよりは”これお試しだったらどういう意味なんだろう?“って考えるほうがいい。で、お試しってことは陰陽の意味がありますから。そう考えた時に自分はどっちで受け取りたいかなんです。自分の気分もあるし、その時が”やめたいな“って思えばやめどきなんです。本当、この判断だけは難しいと思います。

 

質問者さん「ありがとうございます。」

 

夫人「今、そう感じてることがあるんですか?お試しなのかなって思ってることがあります?」

 

質問者さん「起きそうだなって。今、自分がチャレンジしていきたいことがあるんです。で、今までも振り返るとそうだったのかなって思うことがあって、今後のために(聞きたかった)」

 

ケ「あのね、そうしたら一つだけアドバイスしてもいい?お試しだったのかなって思うことが後からわかったときに、そのとき自分がもやもやしてるかどうかっていうのを感じてみてください。」

 

質問者さん「すっごい(もやもや)してるんです。」

 

ケ「っていうことは、多分試されて自分の出した答えが、自分の中で間違いになってるってことだよ。逆に行っちゃったってこと。で、後から気づいても元に戻れるから諦めないで欲しいって思います。」

 

質問者「なんか・・・涙が・・・(泣)・・・ありがとうございます」

 

 

ケ「今みたいな質問がきたのでお話ししようと思うんですけど、取り返しのつかないことってないです。取り返せます。それはいくつになったって大丈夫だと思うんですよ。

年齢的なこと考えると、若い時より体力が落ちたとかって部分もあるとは思うんですけど、それでも大丈夫だと僕は思うんですよね。実際、僕は49歳で、アラフィフ(笑)なんですけど、今だにいろんなことにチャレンジしたいなって思ってるんです。今年のテーマは“真剣に学んで、真剣に遊ぶ”で、動いていこうと思っているんですけど。肉体的な衰えって、気持ちが先に衰えてるから体も衰えていくって思うんですよ。僕は気持ち的にも体力的にも衰えたくないなって思ってるから、余計に体が動いてくれるんですよね。だから、僕自身取り返しつかないって思ってないです。取り返したいって思ってるなら取り返してやるって。なので、諦めなければ可能性はゼロにはなりません。

これ、前の本にも書いてありますけど諦めた時点で可能性がゼロになっちゃうだけです。例えば、“コンビニの店員になりたい”って思ったので店員になったけど、”合ってないわ”って思って辞めた。けど心のどこかでコンビニの店員やりたいってもやもやしてる。“もしかして、セブンイレブンの店員だったからダメなのかな?”(あくまでも例えです!)“違うなあ、じゃあローソンで働いてみようかな。・・・いやいや、私はファミリーマートが好きだ”とか、いろんなのがあると思うんですよ。だから何が言いたいかっていうと、コンビニがダメだったんじゃなくて、コンビニの種類が自分にとって違ったってことだった、とかね。

だから、一つだけ試してダメだったから諦めるというよりかは、いろんな試し方があるよってことです。いろんな可能性があるから、いろんなことを試してみてくださいって。諦めるんじゃなくて知っていきましょう。やってみたら、“これじゃないんだ”って知っていけますから。“やれないんだ”じゃなくて“やりたくないんだ”ってわかった時にスッキリしますからね。」

 

夫人「あの世的に言ったら、この世の人にいろいろ経験してほしいんでしょ?」

 

ケ「そうそうそうそう。いろいろ体験するためにこの世に生まれてるんですよ。」

 

夫人「ね。」

 

 

質問10「よくスピリチュアルな方のブログを拝見するのですが、“他人は自分”って言葉を聞いて、“他人は自分の合わせ鏡”なので、自分に優しくされたかったら他人に優しくしなくてはならないのかなって思いました。私は職場の人に対して“自分は他人だから”って思って対応してたのですが、結局自分の魂に聞くと“本当はその人を好きじゃないのに優しくしている自分が嫌だ”ってなってしまい、“あなたのそういうところが嫌い”ってはっきり言うようにしたんです。でも、それを言ったことで落ち込んだり良かったのかなって思ってしまって。自分の魂のままに生きようとした時に、感情のコントロールが難しかったり、うまく表現したりするコツを教えてほしいです。」

 

ケ「よく自己啓発の本とかにのってるよね、他人をみて見習うとか」

 

夫人「そうだね・・・」

 

ケ「たしかに、自分の写し鏡の時もあるんですよ。あまりにも自分の嫌なところと(相手を)重ねて見てしまって、普段見せたくないところを見せてくるからそこに嫌だって反応するっていうこともあります。そういう場合は写し鏡だと思うんですが、単純に人の好みって千差万別だから。

さっき話した通り面で見たときに、その面を見て嫌だって言ってるのかもしれないけど、今お話しされてる中でやっちゃいけないことをお話ししますね。

感情のコントロールが一番いけないことです。コントロール自体が間違いにつながるのは、例えば“怒っちゃいけない”って思ったとして、“怒っちゃいけない、怒っちゃいけない”って押さえ込めばどこかにしまわれていくんですよ。それこそ“怒り”って書いてあるゴミ箱があって、怒るたびにそのゴミ箱に“怒っちゃいけない”って思いをつめていく。で、そのうちぎゅうぎゅうになって破裂します。そうなると、怒らないでいいところですごい怒っちゃったりね。で、“私やっぱり感情のコントロールができない・・・”、ってなるわけです。だから、コントロールしようとした原因なんですよ、怒りのゴミ箱自体が。

で、先ほど陰陽のお話しをしたんですけど、その中に女性は陰で、他に象徴的なのが月とか闇とかですよね。女性は月なんですよ。だから周期によって顔を変えます。満月のように明るい日もあれば、新月みたいに真っ暗な日もあります。月ってそういうものだから。なのに、みんなそれをコントロールしようとしちゃうんです。無理でしょ?ってことなんですよ。」

 

夫人「月に“欠けるな!”って言ってるようなものですよね。」

 

ケ「そうそう(笑)月に“なんであなたは欠けるの!!”って。」

 

夫人「“満月のままでいろ!!”って(笑)」

 

ケ「“時々いないし!”とかね(笑)」

 

夫人「月辛いー」

 

ケ「で、昔から“女心と秋の空”って諺もありますよね。女性の気持ちは変わりやすいって。だったら、気持ちが変わるのいいじゃないですか。それが自分なんだって思えれば、それこそ許せますよね。

感情をコントロールしようとするから、怒りの感情が思ったのと違う形で出てるんだと思うんですよ。だから、コントロールするんじゃなくて、感情を素直に出せたことを褒めましょうよ。嫌なものを嫌って言っていいじゃないですか。

例えば、お隣さんが作りすぎたって言っておかずを持ってきてくれたけど、それが苦手なものだったと。苦手だって伝えないとまた持ってきてくれますよね。だったら、せっかく持ってきてくれて嬉しいけど私これ苦手なんですって伝えたら、もうそれは持ってこなくなりますよね。次は違うものを持ってきてくれると思うんですよ。それで良くないですか?好き嫌いってその場で伝えないと、そのまま嫌いなものが続きますよって。

で、嫌いだけなら間違いなく攻撃性はないはずなんです。けど、嫌いって言葉自体が人を傷つける言葉だと言われてるから、攻撃してる気分になってるだけ。だったら、堂々と嫌いって言った方が気持ちいいと僕は思いますけどね。陰でコソコソ言うよりね。結局罪悪感があるから罪なことをしているって意識になると思うんですけど、本当に罪なのかって話ですよね。

僕も、批判してる人から見れば信者を騙してお金を取ってる人なんです。その人たちから見れば、今ここにいる皆さん全員騙されてるんですよ(笑)でね、僕自身騙してるんだって思えば心は痛くなりますよね。でも、僕はただ自分が知ってることをお話ししてるだけで騙してるつもりはないです。けど、お客さんの捉え方によっては“騙されてる”って思うことも事実かもしれません。けど、僕はお客さんじゃないしね。だから、全員が自分ではないんですよ。他人は自分って考えるよりは、“自分は自分”って考えて、まずは自分が相手にどうしたいかですよね。優しくしたいって思えば優しくすればいいし、優しくできないならそれでいいと思うんですよ。だから、まず自分があっての他人で、その後に他人あっての自分なんですよ。」

 

夫人「他人を見て自分を発見すると思えばいいと思います。」

 

ケ「うん。自分って本当はどうしたいのかってところだと思います。はい。」

 

 

以上でセミナーレポ終了です〜アップ

お付き合いいただいてありがとうございましたニコニコWハート

 

 

 

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ありがとうございました