「俺いま、すごくやましい気持」。ふとした瞬間にフラッシュバックしたのは、あの頃の恋。できたての喉仏が美しい桐原との時間は、わたしにとって生きる実感そのものだった。逃げだせない家庭、理不尽な学校、非力な子どもの自分。誰にも言えない絶望を乗り越えられたのは、あの日々があったから。桐原、今、あなたはどうしてる? ――忘れられない恋が閃光のように突き抜ける、究極の恋愛小説。(解説・窪美澄)

 

 

連作短編集で、『1ミリの後悔もない、はずがない』というタイトルの作品はありません。

ずっと手元に持っていたのですが、我が家で一番古い時代に購入した本の置き場に埋もれていたので読むのが遅くなってしまいました。

 

作品集中の『西国疾走少女』が女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞しています。

ちなみに女による女のためのR-18文学賞は第10回までは女性のためのエロスを取り上げた小説の発掘というコンセプトだったのですが、時代の流れの中で女性ならでは感性を生かした作品と改められました。

エロ多め作品が苦手な私としては今の方が選ばれる作品の幅が広がってよかったなと思いますが、元々この文学賞受賞作品は好みです。

なぜかというと、現代の社会問題の中で更に弱者になりがちな女性の気持ちや言葉を掬い取っている作品が多いように思うからです。こういう感じの作品は女性だからこそ書けるという気がします。

毎年小説新潮に受賞作がアップするのでその号は買うようにしています。

 

『西国疾走少女』

『ドライブスルーに行きたい』

『潮時』

『穴底の部屋』

『千波万波』

全5編です。

 

『西国疾走少女』

問題のある家庭(貧困、父親の暴力)で育った由井とクラスメートの桐原の初恋の話。

西国ってなに?と思ったら西国分寺でした。私は大学時代は東京西部がテリトリーだったので(国分寺ユーザー)ちょっと親近感を感じました。とは言っても中学生の初恋は今の私にはなんの関係もないことなはず、それなのに驚くほどエモく感じられてなんだこれはと思いました。大人になった由井の回想という形式になっているから入り込みやすかったのかもしれません。

こんな話を読むとこんなに純粋に誰かを好きになれるのってやっぱり若い時だけなのかもしれないなと思ってしまうくらい。なんの躊躇いも打算もなく好きな気持ちだらけになれる瞬間を西国疾走少女というタイトルが的確に表している。

ただの初恋物語でなくて由井の置かれている圧倒的な貧困や父親に対する愛憎に心が揺さぶられます。

 

『ドライブスルーに行きたい』

由井の中学時代の友人のミカと学生時代の憧れの先輩・高山が偶然再会する話。

 

『潮時』

由井の夫の生い立ちと由井の中学時代の同級生の加奈子の話。

この二人の話はそれぞれは全く関係がなくて、なんで一つの話にしたのかなと思ってしまいました。別々の話でよかったんじゃないだろうか。

 

『穴底の部屋』

大学時代の高山と人妻の泉の話。『ドライブスルーへ行きたい』の高山はどんなもんかと思うような男だったけれど、大学時代の高山は魅力的なのがなんとなくわかるようなダメ男だなと思う。不倫はそりゃ良くないとは思うけれど、不倫でも本気ってあるだろうと思う。適度にエロで適度に純愛を感じられる作品でした。

泉の夫や夫の実家が嫌すぎ。お金持ってても気取ってても、鍋料理の後に自分の器の汁を鍋に戻した後におじやを作るっていう鈍感さがきつい。泉が選んだ人生だから仕方ないかもしれないけれど、泉はここで1秒1秒少しずつ心が死んでいくんだなと思うと本当に苦しくなる。

 

『千波万波』

由井の娘がいじめで登校拒否になり母娘で旅に出る。由井が短い間暮らした場所を訪れ高校時代の知り合いと再会する話。

由井の人生が本当にしんどくて、問題はそれが由井のせいでのしんどさではないということだ。

子供は親を選んで生まれてくるというスピ的な考え方もあるらしいけれど、私は子供は生まれる環境を選べないと思っている。好きでアル中の親のところに生まれてくるはずがない。子供にはなんの責任もない。

もちろん親には親の苦しさがあるとは思うけれど、それが子供までもを不幸にしていると思うととても切ない。

現実的にはこの由井の家庭においては自己破産するとかもう少しやり方があったんじゃないかとは思う。

物語最後に書かれている手紙と最後の一文に心を持っていかれました。だからどんなに辛いことがあっても人は生きていけるんだと思い涙がこぼれました。

この最後の話は人間の温かさが感じられて良い作品だし、『西国疾走少女』と『千波万波』の対が秀逸でそのせいで残りの作品は少し物足りないと感じる人もいるかなと思う。

 

 

この作品全体において由井の存在感が大きいので(なにものにも傷つけられないダイアモンドみたいな感じとか)由井の生い立ちの不幸性に目がいってしまうけれど、実はどんな人間も苦しみを抱えていてそれが他の作品において描かれていると思う。

お金に困っていなくて心は飢えている人もいる。それぞれがそれぞれの悲しみを抱えて生きていく。

それを感じられる作品集でした。