あのとき、ふたりが世界のすべてになった――。ピアノの音に誘われて始まった女どうしの交流を描く表題作「愛の夢とか」。別れた恋人との約束の植物園に向かう「日曜日はどこへ」他、なにげない日常の中でささやかな光を放つ瞬間を美しい言葉で綴る。谷崎潤一郎賞受賞作。収録作:アイスクリーム熱/愛の夢とか/いちご畑が永遠につづいてゆくのだから/日曜日はどこへ/三月の毛糸/お花畑自身/十三月怪談

 

 

川上未映子さんの作品はエッセイ以外は『ヘブン』しか読んだことがなくて、短編集ももちろん初めてです。

『ヘブン』を読んだのがかなり前なので面白かった(と言って良いのか)のは覚えているのですが、文体の癖とか忘れてしまっていたのかもしれない。

今回『愛の夢とか』を読んでかなり癖が強いなと思いました。

特に語りに入ると永遠に一つの文章が続く感じ。

でもこの短編集はすごく良かったです。

 

この人を好きじゃないなんて時代の波に乗ってない人だぞって思われるような作家さんってたまにいますよね。

川上未映子さんもそんな作家さんなんじゃないかと思う。

『黄色い家』が本屋大賞にノミネートされているくらいだし、それに『夏物語』はブッカー賞の候補作品でしたから。

そうなると私には敷居が高くなるんですよ、話題の人が苦手だから。

 

本屋さんで見かけて、へー、映画化するんだ、

短編集なのにどういう感じになるのかなと思ったのと単純にタイトルが好きで購入しました。

『愛の夢とか』ってなんか惹かれてしまいます。

『愛の夢』なら平凡だけど、夢とかってあと何かあるの?って気になるし。

 

『アイスクリーム熱』

『愛の夢とか』

『いちご畑が永遠につづいてゆくのだから』

『日曜日はどこへ』

『三月の毛糸』

『お花畑自身』

『十三月怪談』

全7編です

 

私としては好きな話もそうでない話もありました。

 

『アイスクリーム熱』はアイスクリームスタンドでバイトしている女子がよくアイスクリームを買いにくる男子を好きになる…みたいな話なんですが、まあほとんどストーリーはあるようなないような。

ただ文章がすごく良いので最初から虜になってしまいます。

 

『愛の夢とか』は絶賛やる気のなさそうな主人公が隣の老婦人が『愛の夢』を弾き遂げるのに付き合うという、奇妙な二人の関係です。これ、本当に夢のような作品で『アイスクリーム熱』と同様になんだこれ?って感じなんですが、それでいてとてもいいんです。これ、ビアンカとテリーである必要が絶対にあったなと思わせられる。

 

『日曜日はどこへ』は私はかなり好きです。主人公が昔の恋人ともし某作家が死んだら、その時二人が別れていようがどこにいようが必ず会おうねって約束をしていて、ある日その作家が亡くなったというニュースを見て、約束の植物園に会いにいくという話です。二人が会えたのかどうかは作品を読んでいただきたいですが、多分リアルタイムで主人公は35歳くらい、14年前のこの約束普通の人ならどうするだろうか?私なら行っちゃうかなって思ったり。14年って35歳の人間にとって結構長い時間です。でもニュースを聞いた時にすぐに約束を思い出して実行しちゃうのだから場合によっては14年って軽々と飛び越えられるし、飛び越えたいものなんだと思う。細かい描写まで全て素敵すぎてまるで咲いても儚い桜の花みたいな作品です。

ところで死んだ作家って何故だか反射的に村上春樹さん想定なんじゃないかって勝手に思ってしまった。

 

『お花畑自身』は恵まれた専業主婦である主人公が夫の仕事の失敗で愛してやまない家を手放さなければならなくなったことから始まる話です。今の時代の目で見たらこの主人公は甘ったれで現実逃避していて新しい家主の作詞家に馬鹿にされても仕方ないんだろうけれど、読んでいてきつかったです。私自身が専業主婦まがいの存在なので身に沁みるというか。ここまで言われたくないなと。

何十年か前までは専業主婦って普通だったんですよ。世の中変わったなと思う。むしろ私と違ってこの主人公は我が家をこよなく愛して磨き上げ、ガーデニングをして、私よりずっと心のある人間なんだけどな。

だからこそ家を手放すことでちょっと頭がおかしくなっちゃったという事を私は責められないな。

 

『十三月怪談』は妻である時子が病気で呆気なく死んでしまって、その後の事を妻目線と残された夫目線で語られるという話です。可哀想とかそういう事じゃなくて死について考えさせられるし、なぜか涙が出る、そんな話でした。

死んだ後の時子のパート、段々に漢字が少なくなってひらがなだらけになっていって句読点の打ち方も奇妙だなと思う。その事によって死んだら段々に薄まって、薄まって世界と一体化していくという感じがよく伝わってくる。そもそも死後の時子が語っている事も本当かどうかも曖昧だ。私は死んだらそこでおしまいと思っていたけれど、こんな風にフェイドアウトしていくのならばそれもいいかなと思ったりしました。ただ一つ確実だったことはこの夫婦がきちんと相手を愛していたことだと思う。だからとても美しい物語と感じられた。

 

とても感想の書きづらい作品だったけれど、才能の感じられる作品でもある。

純文学って実際に書いてあること以上の広がりと余韻が感じられるところが魅力なんですよね。