今回は、なぜ私がスピリチュアルなことを発信するに至ったかの経緯をお話します。

 

 

真実は目に見えない

 

真実を知るということは難しいことです。不都合な真実は権力を使えば捏造できますし、メディアを通じて発信された時点でエビデンス(証拠のあるもの)だと認識されてしまいます。人間をコントロールするのは本当に簡単なことなのです。

 

私がお伝えすることも空論であることは確かです。私が高次元の存在から受けたガイダンスをいくら神様を信じていない人に伝えても無駄なことはわかっています。

 

曇りなく世の中を見ていると、違和感に気づくことができ、やがて自分の中で物事の複雑さや真実に気づくようになっていきます。

私は自分が感じるもの(センス)こそが真実であり、それに忠実に生きるべきだと考えています。ですがもちろんそれを他人に押し付けるつもりはありません。

 

ですが、センスというものはこれからの時代を生き抜く人々にはなくてはならないものだと私は確信しています。

 

 

目に見えないものを扱う難しさ

 

現代では霊的な力を使って人のオーラを見たり占ったり、未来を予言をしたりする人がスピリチュアルな人として崇められたり、逆にオカルトとして敬遠されたりしていますよね。

占い好きの人は多いですが、神様の存在について語る人はほとんどいません。いたとしても興味を持つ人は少なく、自分に利がないものは必要とされないのが現状です。

 

私は霊的な力は何のために存在するのかとよく考えます。

本来、動物や人間というのは全てが霊的な存在です。虫や植物にだって霊が宿ってるのです。にも関わらず、霊的な存在を感じることができる人と感じられない人がいることは本当に不思議だなと思います。

 

地球に生まれているのは人間だけではありません。数えきれないほどの微生物や動植物と私たちは共存しています。

その生き物は水や土などから生まれますが、みんな見た目も性質も異なるのは不思議だと思いませんか?人間も動物の一種ですが人間のみ知恵が備わっているのは何故なのでしょうか?


人間が生まれるまでの過程を実際に目の当たりにした人はいないですよね。

男女から一つの生命が誕生するのはなぜなのでしょか?生命の神秘を感じませんか?

 

宇宙の不思議を誰も解き明かすことができないのに、目に見えないものをすぐに否定する人がこんなにも多くなってしまったことを本当に残念に思います。

 

 

思考を与えられた人間

 

本来地球に生まれた人間は霊的な力をリセットして生まれてきます。

それは、肉体を持って生まれた人間にとって霊的な感覚というのは異質すぎるため、その感覚に囚われすぎると社会生活に支障をきたしてしまうからです。

 

なので、地球で暮らすためには現実的な思考力を持って生きることは不可欠です。

 

そもそも霊的な力に長けていたとして、それを人のために役立てるのはとても難しいことです。

どれだけ霊視で見えたものを人に伝えてもそれを糧にして魂を昇華させるのはその人の努力次第であり、ほとんどの人は他人からの助言により自分自身を顧みたり努力したりはせず、一時的に楽になるツールとして消費するだけです。

 

人のためにならないばかりか、快楽や依存を生み出すだけなのであれば、害にもなりえるということです。

だから私は占いを日々行いますが、それを職業にすることの危うさを感じています。

 

だからと言って、人間の理解を超える不思議なものを全て排除するというのはあまりにも極端だと私は思います。

 

 

日本における神社の意味

 

話は変わりますが、日本には神様を祭る神社がありますよね。ですがなぜその神社が建てられたのか考える人は少ないですよね。神社というのは神様からの恩恵を受け、感謝した人々が神様を祭るために立てたものです。データによると8万社以上の神社が日本各地に存在しているそうです。

 

八百万の神様といいますが、日本で暮らしてきた人々はそれほどまでに神様からの恩恵を受け、感謝し、その証を残してきたということではないでしょうか。

 

現代の人々はどうなのでしょう。

太陽、水、大地、火、風のみならず言霊や物にまで神が宿ると日本では信じられてきました。自然の恵みに感謝できているでしょうか。今地球では森林が破壊されて保水力を失っています。自然に住む動物たちも安全な場所と食料を得ることができず、生態系が崩れています。

当たり前にあった自然の恵み、動植物との共存、これらが破壊されし尽くしたときに初めて有難みに気づくのかもしれません。

 

日本に住んでいるほとんどの人々が神様の存在を口にすることすらしないのに、お願い事をするときやゲン担ぎの時だけ神社に行ってお祈りをするのは何故なのでしょうか。与えられている物に感謝をせず、願いだけ叶えてもらおうなんて虫の良い話ではないでしょうか。

 

神社とは自分が生かされていること、安全に暮らせていること、良いご縁を結んでくれたことなど、様々な恵みを与えてくれたことに対して感謝を伝える場所だと私は思っています。

 

 

 

破壊と建て直し

 

これからの世界は想像し得ないほど過酷な時代に入っていきます。

世の中の風潮にただ流されているだけの人々は到底乗り越えることはできないでしょう。

 

『その時はもう運命を受け入れよう』

 

そのように思う人はきっと望み通りこの世を生きていくことはできないでしょう。ですが、想像もできないような重い痛みと後悔に苦しむことだけは覚悟しなければなりません。


なぜなら宇宙は常に試練を与えます。

自分が立ち向かうことを放棄した問題に対して、必ず本人の元へさらなる試練を課して戻ってくるようになっているのです。

輪廻転生と言いますが、人間はなぜ何度も生まれ変わると思いますか?

人間は超えられなかった自身の課題(カルマ)を解消するために生まれ変わるのです。


だから、逃げることはできません。向き合わなければならないのです。

 

しつこいようですが、どんな荒波も乗り越えてなんとしても明るい未来を生きたいという強い気持ちと行動力がなければこれからの時代を生きていくことはできないです。

 

誰かが、国が、なんとかしてくれる。という時代はもう終わりました。

テクノロジーに頼り、思考を鈍らせ、自らの意思で選択してこなかった人。努力を嫌い、体を動かすことに慣れていない人。他人に責任を押し付け、都合の良いときだけ自分の手柄にしながら生きてきた人々はきっとこれからの時代を生きることは難しいでしょう。

 

 

私達はどう生きるか

 

私がこのような発信を行おうと思ったのは、絶望を感じてほしいわけではなく、現代を生きる人々にもっと希望を持ってほしいからです。

時代の風潮に流されず、自らの意思を持って考え行動し、明るい未来を共に創造していきたいからです。

 

流されるように生きることはとても簡単なことです。

ですがそれは自分の持っている感覚、意志や選択を放棄することでもあります。

ネガティブなことに支配されたくない気持ちはわかりますが、真実は影と向き合う勇気から生まれます。暗闇の中でも光を見出すことができる人だけがその先に進むことができるのです。


他人はあなたの人生を保証してはくれません。

 

今の時代に違和感を感じませんか?どのような人間でありたいと思いますか?


何を感じ、どう生きますか?


常に自問自答しながら進むことが生きることだと私は思っています。

 

私の発信活動は今回の記事をもって終了とさせていただきます。


ご覧いただきありがとうございます。