影について街で情報集めを続けるワンダーズ。思わぬトラブルこそあったが、あれから調査を再開できた。
れなは無駄な事をしてしまったお詫びと言って、普段の能天気な様子からは考えられない作業効率で街中をまわり、壊してしまった建物の瓦礫を力技で修復し、自身の口座から寄付金を払い、そして一気に調査を進めた。
そんな中、ある一人の人物と出会ったのだ。
街のベンチに腰を下ろしていた、青い服の人物。どこかくたびれた顔をしており、どこにでもいそうな、腰の曲がった老人だった。
「ワシの話を聞いていけ。きっとお前らの役に立つぞ」
そう言うのだから、ワンダーズは集まざるを得なかった。
老人の名はホラフシイ。自称、この街一番の大賢者。
胡散臭いやつだが、彼の話は実に興味深いものだった。
「何万もの刻が流れ、幾魔の亀裂が赤く染まる時。地より這い出し奇羅。影を器とし異端者、人の内に巣食うであろう、終落にして終楽来たれり」
ベンチに腰掛けたままその異文を語るホラフシイに、れなが首を傾げる。
れなだけではない。全員が同じ反応だ。…テリーを除いて。
「つまり…数万年に一度、世界の魔力が乱れる周期が訪れ、今がその時だと。で、乱れた魔力で自然バランスも崩れて地中に宿ってた怨念が目覚めて…それがあの影になって出現した。そいつらを何とかしないと、世界が大変なことになる…」
「え、お兄ちゃん分かるの?」
ドクロに手を取られ、ビクッ、と顎の骨を鳴らすテリー。おぼつかない足取りで足踏みを踏みながら答える。
「お、俺はこう見えて死神だからな。こういう異文書は先輩から教えられてきたからある程度なら分かる」
こう見えて死神。
黒いスーツを着た骸骨男そのものな姿を上下に見渡すワンダーズ。
「そういう事じゃ。今世界中に謎の怪しい影が出現している。やつらは一種の異界との連合を組んでおり、世界を滅ぼそうとしておる。それを止めるには…」
最後の一言で、一同の目線が一気にホラフシイに移る。ホラフシイはわざとらしく勿体ぶる。
「それを止めるのに必要なものは…とても強力な…」
中々続きを話さない。こうしてる間にもまた新たな影が出現しているかもしれないのに。
「…話疲れたのう。おい、ワシの肩を揉め。そうすりゃ続きを聞かせてやろう」
顔を見合わせるワンダーズ。
…情報の為ならと、れなが先導してホラフシイの後ろに回る。
肩がほぐれていく感覚に浸りながら、ホラフシイはのんびりと続きを話し出す…フリをした。
「いいのー。今度はここにコーラ持ってこい。そうすりゃ話してやる」
次に動き出したのはドクロ。近くのコンビニへと足を進めていく。それを見届けたホラフシイは更なるオーダーを出してきた。
「今度はワシの写真を撮れ。セクシーに見えるように」
「おいジジイ」
ラオンが歩み出た。ホラフシイの胸ぐらを掴まんばかりの距離から彼を見下ろす。ホラフシイは全く怯む様子を見せない。
「いい加減に話せよ。アタシらは暇じゃないんだ」
「ほほーう、暇じゃない?ワシの注文に付き合い、わざわざコーラを買いに行ってくれてるというのに、暇じゃない?」
ギリギリと歯を鳴らすラオン。これでもかと目を見開き、表情という表情を怒りに歪める。
ここらで葵はラオンの肩に手を置き、全てを諦めた顔で首を横に振る。ホラフシイの性格は既に読めた…こんなやつの相手をするよりも、他の人物から話を聞いたほうが早い。
その場から立ち去ろうと誰もが背を向けかけた時…。
「…とても強力な、神具が必要になる…」
何とも嫌味な老人だ。ここで話の続きを出してきた。
全員の目がホラフシイに向く。
何とか吐かせたい。全員のプライドがそう唸っていた。
それからはホラフシイの調子づいたオーダーにひたすら従った。
先程の写真をはじめ、髭を剃らされ、髪をシャンプーで洗わされ、彼を崇める台詞を言わされ、果ては頭を靴で踏みつけられる始末。
そろそろ一同の怒りは溢れそうだった。
あの冷静な葵ですら、ハンドガンの引き金に指を置いていた程だ。
彼らの様子を見てそろそろ潮時と思ったのか、ホラフシイはようやく続きを話した。
「…良いか。あの影たちを止めるにはここから北にある廃れた町にある魔法陣を止める必要がある」
廃れた町…廃墟街。
ホラフシイによれば廃墟街に残された悲しい思念、長い年月の末に年季を帯びた魔力があの不気味な影を呼び寄せているのだという。何者かが張った召喚魔法陣を破壊しない限り、影は際限なく増え続ける。
「さて、ワシはここらで帰るとしよう。まあせいぜい頑張るのだな」
最後まで偉そうな態度を崩さず、彼は立ち上がり、ワンダーズの前から去っていった。嫌な奴ではあるが情報をくれた事には変わりない。感謝の気持ちを胸に、ワンダーズは飛び立つ「…何もないやん!!!」
れなが叫ぶ。
そう、あれから北に進んではみたが、そこに広がっていたのは見渡す限りの緑…何の変哲もない森だったのだ。
森の中に小規模の街があるのかも…と僅かな期待を胸に地上に降りてみたが、木々の下に広がっていたのはため息が出るほどに美しく、恵まれた自然。
廃墟街どころか人工物すら見当たらぬ聖地。
ここでワンダーズは気づく。
ホラフシイ…「ホラ」。
「あの野郎ホラ吹きやがった!!」
紫の髪を振り乱し、ラオンが叫ぶ。ドクロとテリーは互いに地団駄を踏み、葵は目から光が消え、れみは怒りを吹き飛ばそうと無意識で飛翔し、木々よりも高く飛び跳ねた。
粉砕男だけは腕を組み、困ったように首を横に振る。
「やれやれ、やられたか。仕方ない。もう一度情報を集め直し…」
その時、妙な熱が立ち込めた。
「ちく、しょう…許せん…許せん…」
その熱の根源は…れなだった。
ツインテールが重力に抗って宙に浮き、瞳孔が開ききった目に握り拳…。体から火が出ているのかと思うくらいに、熱を帯びていた。
それまで怒りを抱えていた一同も、あまりに格が違う怒りのオーラに触れた事で動作を止め、れなを見る。いつも荒くれているラオンがらしくない声で制止しようとする。
「お、おいれな…ちょっと落ち着いて」
「許せえええええん!!!」
闇姫とのドーナツの取り合いに負けた事もまた、彼女の苛立ちを強めていたのだろう。れなは拳を真上に突き上げ、その際に生じた風圧と拳圧で木々が大きく揺れ動く。
放たれた衝撃は大気の壁に阻まれて屈折し、青空を駆け抜け、どこかを目指していく。
ここへ来るまでに通ってきた森の上を飛んでいき…小さな町、旅人の憩い場へと向かっていく。
目に見えぬ衝撃波は街の上空から垂直に落ち、とある家の上へと落ちた。
屋根が砕け散る音が響く。
…ワンダーズは、荒れ狂うれなを押さえつけながら、念の為に森を調べ、何もないと見るや否や森から抜け、旅人の憩い場へと帰ってきた。無駄足とはまさしくこの事。全員の人生史上、最も意味のない回り道の一つだった。
…そう思われていた。
「あのクソジジイの首を、取ってくれるっ…」
ここへ来る途中も1秒たりとも拳を解かなかったれな。もはや面倒気味に彼女に手を添えるドクロとラオン。テリーに至ってはもうそろそろ大丈夫だろうと完全に警戒を解いていた。
旅人の憩い場は特に変わりなく、小さな喧騒が続くだけ。人並みも町並みも、何も変わりないように見えたが…そのうち一つ、見慣れた影が、妙な足取りで近づいてきた。
「あっ!!あいつは!」
そう、ホラフシイだ。
やつは先程までの安定した足取りはどこへやら、おぼつかぬ酷い足取り、しかし転倒の様子を見せない踊りのような動きを見せながら近づいてくる。
そのあまりに奇妙な動きにれなの苛つきも流石に静まり返る。
あの動き…挑発か、それとも…?整理も追いつかぬまま、ワンダーズはホラフシイだけを見つめた。
そして、目の前までやって来た彼は言った。
「…影を封印するには…廃れた街…スタレタウンに隠れた魔法陣を破壊する事じゃあ…」
スタレタウン。
「…あのスタレタウン?」
顔を見合わせる。
霧に包まれ、人一人住まなくなった廃墟街。
様々な戦いを繰り広げてきたワンダーズはスタレタウンもよく知っている。あの怪しげな場所に魔法陣があるというのだろうか。
スタレタウンの異様性はワンダーズ全員が知っていた。
実際、戦いの一環であそこに足を踏み入れた事もあるし、今でも依頼の中にスタレタウン関連の案件を頼まれる事もある。そして今回も…調べてみる価値はありそうだと判断した。
ホラフシイに一度騙された身ではあるが、目の前の彼は明らかに様子がおかしい。その異様な様子が、逆に発言の信憑性を高めていた。
「つーか何で急に話す気になったんだ?」
テリーが聞くが、ホラフシイは尚も踊り続けるだけ。
よく見ると彼の頭にはたんこぶができている。頭上から何かしらの攻撃を受けたのだろうとテリーは推測した。
…実際は、れなが放った拳圧が偶然ぶつかっただけとは知らずに…。
そして、スタレタウンでは。
コマシオ達が身を置くホテルのそば、元が何の施設だったのかも分からない小さな建物で、一つの影が怪しげに動いていた。
その影は…デモンフローグだった。
「コマシオもそろそろ用済みですね…。ただ、あの剣と盾をもっと使わせて、もっと力を纏わせて頂かなくては」
彼の目の前には、怪しげな壺が置かれていた。その壺の中を覗き込むと…紫色に輝く魔法陣が輝いていた。
目には見えないが、その魔法陣からは植物のように地中に根を張っており、周囲一帯に魔力を通していた。その魔力は地脈を通じて遥か遠くまで送り込まれているようだった。
「武器を使わせる為。そして…新たなる鎧を身に付けさせる為。影達に協力を要請するとしましょう。と言っても、普通の生物のような姿に見せる必要もありますね。さて…」
彼の計画は、いよいよ黒さを増してきていた。。
