教祖ゼンキョウはどんな悪事を働こうと、どんな殺生を行おうと悪びれずに動き続ける。
その日も彼は、狂気の儀式を目論んでいた。
ケイオス教の拠点街…今では廃墟と化した古びた街にて。
ゼンキョウと教徒達が、あるものを取り囲んでいた。それは…体を縄で縛り付けられた五人の男女。その隣には松明を持つ教徒が立っている。
男女は怯えきった様子で泣き喚いている。こんな怪しげな集団に囲まれているのだから当然だった。ましてや…その松明を見るとこれから何をされるのかもう察しがついていた。
「ではこれより、我らの忠誠心を煙と共にケイオス様へお届けする、混沌の送り火を行う」
「やめろ!!俺達が何したと言うんだ!?」
捕らわれた男が必死に叫ぶ。しかしゼンキョウは聞く耳持たず、腕を振り上げて教徒に合図。教徒は松明を振り上げ…。
…直後、轟音が響き渡る。
松明を持っていた教徒は…一瞬にして血だるまと化し、地面に倒れ伏す。他の教徒達がどよめくなか、上を見上げると…。
「見つけたぜ。やはりここがケイオス教のお宅のようだな」
古びたビルの上に、黒いアーマーを纏う兵士が大きなライフルを構えていた。その横には、黒い水晶玉を頭上に乗せた異様な風貌の魔導士が。
ライフル魔はケイオス教の視線がこちらに集中するのを見て笑う。
「ハハハ、そういう顔好きだぜ。これから死ぬってのにそれを理解してないアホ面な!」
更にもう一発発砲する!弾は教徒の一人の頭部を狙うが…。
ゼンキョウが飛び出し、魔力を集めた拳で弾を破壊。同時にもう片方の手の平から青い光の槍を放ち、ライフル魔に発射する。槍は無慈悲にライフル魔の胸を貫き、血を纏いながら突き出てきた。
魔導士はそれを見て、悔しげな声をあげる。
「よくもフゲキルを…」
彼はそのライフル魔、フゲキルの遺体を自身の後ろに優しく寄せ…そして叫ぶ。
「覚悟しろ…ゼンキョウ。お前は我が力を前にひれ伏す事になる。混沌などを掲げるお前の甘い思考はここで腐りきるのだ」
彼は目を閉じて呪文を唱える。教徒達は隠していた投げナイフを魔導士に投げつけようと前に出たが、ゼンキョウは腕を広げて彼らを制止。どんな魔術が来るか分からないこの状況。下手に出てはいけないと見ていた。
お教のような呪文を一通り言い終えると…魔術師は叫ぶ。
「ゼンキョウに命を奪われた者達よ。甦れ」
すると…地面が紫色に輝き、二人の戦士が姿を現した。その姿を見て、教徒達がギョッ、と声を上げる。
「ゴラン…!?」
「狩刀気鬼もいるぞ!!」
そう、彼らはかつてゼンキョウの言葉に惑わされ、利用された挙げ句にケイオスへの生贄として捧げられた者達だ。
彼らの表情ははじめは無表情だったが…ゼンキョウと目が合うと、一瞬にして憎しみを浮かべる。まるで木に炎が燃え移るかのごとく、一瞬だった。
ゴランが足を踏み込み、地を揺るがす。
「ゼンキョウ…テメェを許さん」
狩刀気鬼も鞘から刀を取り出し、冷たい息を吐く。
「貴様に復讐せねば…拙者の気は晴れん」
教徒達が後ずさる…。広々とした廃墟街の中心、ゴラン、狩刀気鬼、そしてゼンキョウと、三つの異形が佇む。
真っ先にゴランが飛び出す!彼は拳を振り上げてゼンキョウに突進。単純ながらも、両足を大地に叩きつけながら接近する様は迫力の塊。以前のゴランと全く変わらないように見えるが…。
ゼンキョウはゴランの拳を両手で受け止め、蹴りを打ち返す!ゴランの巨体がよろめくが、瞬時に体勢を立て直してゼンキョウに掴みかかる。
その隙に狩刀気鬼が駆け抜け、刀を振り下ろす!ゼンキョウの左手から散る血液。
それを見て、教徒達は更に騒ぎ立てる。このままでは彼らの偉大なる教祖ゼンキョウが倒れ伏すと思っていたのだ。
だがゼンキョウも負けていない。彼は腕を勢いよく振り上げて両者を弾き飛ばし、華麗に回し蹴りを炸裂させる。流れるような蹴りだった。
よろめきつつも、狩刀気鬼は鞘から新たな刀を取り出し、持ち変える。今度は刃が長く、リーチに恵まれた一品だった。
距離を離しつつ狩刀気鬼は刀を振り回してゼンキョウに迫る。ゼンキョウは無駄のない動きでそれをかわしていくが…。
「おらおらどうした、混沌の力ってのはこんなもんか!?」
ゴランが地面を殴り、地割れを放ってくる。ゼンキョウは足元から妨害され、刀に何発か当たってしまっていた。やはりこの二人を一度に相手するのはゼンキョウと言えど厳しいか…教徒達は肝を冷やし、冷や汗を握る。
「どらぁ!!!」
ゴランはゼンキョウに強烈な蹴りを決める。ゼンキョウの巨体が軽々とビルに叩きつけられ、突き抜け、後ろにあった他のビルにも次々に衝突していく。
ビルは倒壊していき、煙が周囲に広がる。
「ゼンキョウ様!!」
教徒達が悲鳴をあげる。ゴランは誇らしげにポーズをとった。
魔術師もそれを見て誇らしげに笑っていた。
しかしゼンキョウはこの程度では敗れない…彼は瓦礫に埋められながらも、瓦礫を払いのけるように立ち上がる。
教徒達は安心しつつも、ゴランと狩刀気鬼を睨みながら言う。
「やつら…ケイオス様の生贄に捧げられたはずなのに。何でまだ生きてるんだ!?」
「やつらは生きていない」
ゼンキョウが呟く。教徒達の目が、ゼンキョウの方へ向く。
「自由奔放かつプライドの高いあの二匹がここまでの連携をとれると思うか?ましてやあんな魔術師ごときがこの二匹を支配下に置ける訳がない。つまり」
ゼンキョウは、フゲキルを射止めた槍を発射!
その槍は魔術師目掛けて飛んでいく。魔術師は目を見開くが、その頃にはもう遅く…。
「がはっ!!」
槍が突き刺さり、瞬時に意識を失う。…赤い血が、屋根の凸凹に入り込みながら地上へと垂れていく。
その瞬間、ゴランと狩刀気鬼の姿が消えてしまう。
二人とも幻影だったのだ。
「混沌に歯向かいし者を、幻と言えど復活させるとは愚かなやつらだ。こんな事をさせるやつは一人しかいない…そう、やつだ」
ゼンキョウの読みは正しかった。
「フゲキル、ゲンエ死亡…」
闇の世界の城にて…。
ダイガルがモニターを覗きながら、どこか残念そうに呟いた。その横では闇姫が腕を組み、呆れたため息をつく。
「ケイオス教の野郎どもの拠点を探れとだけ命令しておいたはずだ。ゼンキョウに喧嘩を売れとは言っていない。野心に目が眩んだか」
フゲキルと、魔術師ゲンエはケイオス教が構える拠点を探す偵察兵だったのだ。独断でゼンキョウを倒そうとしたせいで命を奪われる事になったが、彼らにつけておいた小型モニターのおかげで、ケイオス教の拠点街の位置情報を掴む事に成功した。
やつらが巣食うこの街は…孤島に佇んでいた。
モニターの映像をより細かく確認すると、恐らくやつらの本部と思われる大きな建物も確認された。
「やつらの拠点街として確信して良さそうだな」
闇姫は歩きだす。ダイガルもそれに続いて退室…モニターは少しずつ、自動消灯していく。
「急ぐぞダイガル」
「はい、闇姫様」
二人は足を速めていた。