#1 夕陽のカケラ
土砂降りの雨の中を歩いていた。先の見えない雨の中を、ただただ歩いていた。
青空を忘れたかのように降り続く雨は、私の未来かもしれない。
いっそこのまま、私を溶かして流してくれればいいのに…そんなことを思いながら歩き続け、いつの間にか病院の屋上に居た。私が初めて、本当の絶望というものを知った場所だ。
そして、どうやって越えたのか、気がつけば高い柵の外に立っていた…。
いつの間に上がったのだろうか、目線を上げると、雨上がりの空に雲の切れ間からいくつかの陽が射している。確か、天使の梯子とかって言うんだっけ。
あぁ、きれいだな。
きっと、私を迎えに来てくれたんだ。そう思って、目を瞑り両手を広げた。
「きれーな空だね。」
ふいに、そんな言葉が横から聞こえた。
驚いて目を開け、声のする方を見ると、そこには懐かしい顔があった。柵にもたれて、ちょっと眩しそうな顔で空を見ている。
「どうして友梨奈がここに…」
それは、もう二度と逢えないと思っていた人だった。私に、唯一居場所をくれた人。そして、私の唯一の居場所を無くした人…。
「やぁ、理佐、久しぶり。元気だった?…って、元気じゃぁないか。ははは…」
「まぁ、そう…だね…」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃったかな?気にしなで続けて。」
そんなことを言われて、拍子抜けしてしまった。
「いや…続けてって…」
「大丈夫。私の事は気にしないで。」
そう言って友梨奈は、ニコニコしながら私を見ていた。
私は、幻を見ているのだろうか?
「友梨奈、どうしてここに…」
「私は、いつも理佐のそばにいるよ。気がつかなかった?」
「え?いつも?」
「そう。いつもいたんだけどなぁ。気がつかなかったのか…ショック…」
そう言って、友梨奈はしょんぼりとしてしまった。
「だって、友梨奈は…」
「そうだよ。もうどのくらいなるかな?でも、あれから理佐のそばには、いたんだよ。」
「もう逢えないと思っていたのに…」
そう言ったとたんに、泪が溢れてきた。
あれは、桜の蕾が膨らみ始めた頃だった…
その前の年、友梨奈の車椅子を押して満開の桜並木を歩きながら、来年もまた一緒に来ようねって約束をした。でも、その約束が果たされる事はなかった。
花が開く前に、友梨奈は居なくなってしまった…
大切な人を失ってしまった私は、絶望という深い谷底に突き落とされ、這い上がれないまま彷徨っていた。
もう二度と友梨奈に逢えない。この先、私の生きる意味はあるのだろうか…そんなことを思いながらも、ズルズルと生きてきた。
友梨奈に逢いたい…
そんな思いが日増しに強くなっていった。
そして、友梨奈に逢いに行こう、友梨奈のそばに行こう…と、雨の中を歩き続けた。
そんな時、友梨奈が現れた。逢いたくても逢えない人が…そして、ずっと私のそばに居たと言う。
「どうしてもっと早く逢いに来てくれなかったの?」
「理佐を信じてたから。」
「えっ…」
「理佐なら乗り越えられると思ってたんだけどなぁ。」
「そんなの…無理だよ。私一人なんだよ。友梨奈が居ないんだよ。」
「いるじゃん。」
「だって…」
「私は、理佐の中にいる。いつだって理佐と一緒にいる。理佐は、私にとって、たった一つの居場所なんだよ。」
「私が?…友梨奈の、居場所?」
私に居場所をくれた友梨奈が、今度は私が自分の居場所だと…。
「そう。理佐が生きてる限り、私はここにいられる。だから、理佐がいなくなったら、私は完全に消えてしまう。」
友梨奈は、これまで見たこともないような悲しい顔をして、泪を溢した。
病気がわかった時も、別れが近づいてきていた時も、こんな顔はしなかった。むしろ、泣きっぱなしだった私を、笑顔で励ましてくれていた。そんな友梨奈の泪…
見たくなかった。友梨奈の泪なんか見たくなかった。
「友梨奈、泣かないで。消さないから。友梨奈を消したりしないから。だから、泣かないで。」
「約束だからね。」
「うん。約束す…る…」
顔を上げると目の前には、いたずらっ子みたいにニコリと笑う友梨奈の顔があった。
「え…なんか私って、ハメられてる?」
「まぁ、いいじゃん。へへへ…」
笑ってる友梨奈を横目に、何か納得いかないまま、少しづつ紅く染まってきた雲を眺めていたら急に笑いが込み上げてきた。
「フフフ…アハハ…」
「どうしたの?」
「なんだか笑えてきた。」
「ははは…へーんなの。」
「何で笑えるんだろ…」
「ねぇ、理佐。人生ってさ、思う通りにいかない事の方が多いけど、辛くても生きてりゃ、そうやって笑える時があるよ。」
「そうだけどさ…」
「訳わかんなくたって、そうやって笑ってれば、そのうちいいことだってあるさ。」
「いいことねぇ…友梨奈は?いいことあった?」
「うん。あったよ。理佐と出逢えて、短かったけど一緒に生きられて、幸せだった。それに、今でもこうして一緒にいられる。こんないいこと他にある?」
「友梨奈…」
また泪が溢れてきた。
「理佐は泣き虫だなぁ。」
「そんなことないもん。」
口を尖らせて、拗ねてみせると、
「仕方ないなぁ。理佐がもういいって言うまで、一緒にいてあげるよ。だから、もう少し頑張って生きてみない?」
そう言って、友梨奈は優しく微笑んだ。
「じゃぁ、ずーっと、もういいって言わないから。」
「ははは…いいよ。いつまででも居てあげる。」
「うん。ありがとう。」
夕陽に照らされた友梨奈の横顔を、そっと見ていると、
「ねぇ、理佐、見て!…きれいだなぁ…こうやって、今日と明日を繋いでいくんだね。」
そう言って、友梨奈が指をさした先には、雲を紅く染めた夕陽のカケラがあった。
今日と明日を繋ぐもの。
絶望を希望に代えるもの。
きっとこの景色は忘れないだろう。
「またこうやって友梨奈に逢える?」
「うん。理佐が想えば、いつだって逢えるよ。」
「うん…。」
私の横には、いつもの優しい笑顔で、友梨奈がいる。
それが私の、夕陽のカケラ…。
