今週の週刊現代(講談社)の中で、五木寛之さんがご自身の連載「新・風に吹かれて」というエッセイでアンチエイジングのことを書いていらっしゃいました。

王監督、忌野清志郎さんのがんの話から始まって、先日他界された指揮者の岩城宏之さんのこと(五木さんと同じ昭和7年生まれ)、平均寿命の話題にも触れられて、後半で「アンチ・エイジング(原文のまま)」のことが。

五木さんはその中で“アンチ・エイジングという表現が、なんとなく嫌いだ”と仰っています。“抗老化、抗加齢という意味でのアンチ・エイジングであるが、「老いる」、「年を重ねる」ということがそんなに悪いことなのだろうか?老いて楽になることもあるし、生きる喜びや生きることの面白さを若い頃よりもより知るようにもなる。年をとる、老化するということは考えようによっては気楽で、自由になっていくことでもある。アンチ・エイジングではなく、エンジョイ・エイジングの方が自分としてはいいと思ったりする”というのがその内容の骨子です。

実際、学会の医師の中にも「アンチエイジングという言葉がどうも…」という方が少なからずいます。去年、愛・地球博のセミナーでもお世話になった朝倉匠子さんもアンチ「アンチエイジング」派のお一人で、彼女は「アクティブエイジング」という言葉を好んで使っていらっしゃいます。

私自身も講演会等で、日本人の死生観からして「アンチエイジング」という言葉はあまり好まれない傾向があるということを話してきました。これまでに、「ワンダフルエイジング」、「グッドエイジング」、「サクセスフルエイジング」、「ウェルエイジング」、「アクティブエイジング」などという代替えの言葉も結構出てきているのも事実で、実際、私達の研究会は「ワンダフルエイジング研究会」というくらいです。

確かに「アンチ」という言葉は本来、悪いイメージのものに対して使う接頭語でもあります。エイジング=悪いことという前提に立って使われるこの「アンチ・エイジング」は、やはりアメリカ的な発想ともいえるのでしょう。しかしこれは医学的な側面から見た場合、老化というこれまでは生物として不可避であると考えられてきた生理的変化を、病理・病態として捉え直して治療の対象に出来ないかというスタンスから生まれた言葉であったわけです。その意味では「アンチ・エイジング」でも良いのではないかと思っています。

エイジングを人生のひとつの過程として捉え、年を重ねていくことを良いことと考えた場合、その接頭語は「エンジョイ」でもあり、「サクセスフル」でもあり「ワンダフル」でもいいことになるのです。

「アンチエイジングは、医学であり哲学でもある」これが私の持論です。これからも医師として、ライフスタイルプロデューサーとして、唯一無二のアンチエイジャーであり続けたいと思います。日本に日本オリジナルのアンチエイジング医学とアンチエイジング文化を作り上げることが私の夢でもあります。