昔の私に逢いに行く
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コンプレックス?

イジメにも耐えた。名前で自分を呼ぶな、と言われて、不自然ながら、ワタシね、などと使いそれでも遊ぼうと誘ってなんとなく卒園はできた。


小学生になった頃の記憶が全然ないのだが、とにかく勉強が楽しいと思えた。


楽しいとゆうか、あまり勉強しなくても成績が良いタイプで、先生からの評価も高く、クラス長も数回やった記憶がある。


小学生の頃はそんな感じで友達とも自然に遊べて、親にもいい子にするようになった。


確か小学生の頃、友達と喧嘩をして親に相談したのだが、親はどんな気持ちだったのか、あんたが悪いと言われていつも自分から謝っていた。


喧嘩する度に段々親に言えなくなった。


また自分が悪いと言われて終わりだ・・・


悪いと思ってなくても、「ごめん」と言えば許すのを知って、謝ったりしていた。


勉強が楽しかったからか、小学校は休まずに出ていた。喧嘩もする、どっちかと言うとやんちゃで、男の子をよく叩いて、こわー、と言われていた。


自分は女だという自覚もなく、保育園のスカート嫌いもあり、男の子みたいにサバサバを気取って、高学年の時の体の変化にも嫌気がしていた。


周りで生理が始まった女の子が居てもすごく嫌だった。


自分は生理来なくていいや。


写真嫌いも治らず、卒業アルバムも自分の顔を見せたくなくてすぐ隠した。


親には絶対見られたくなかった。


その頃は漫画家になりたくて、よく絵を書いたり、漫画を書いたりしたが鍵のかかるとこへ隠した。


相変わらず、誰かの顔を書くのだけはできなくて、理想の顔、何かの真似しか書けなかった。


それでも絵を書くのは好きで、特に花を書くのが好きだった。


花は動かない、写真などを見て。


自分の世界は狭かったなぁ。

産まれたょ

いたって普通に産まれた私。


姉が居た為、親戚の中でも影の薄い存在だった。


いとこのお兄ちゃん達とはたくさん遊んでもらって、甘えん坊なとこがあった。


いつからか、自我が生まれる。。。


姉とよく遊んでいたが、喧嘩して蹴りあったり、殴りあったりの日々。


父親は怒ると物を投げたり、殴ったりであった。


姉はどちらかというと体が弱く、耳鼻科にずっと通っているようなコ。


私は健康的でいつも落ち着きなく動き回るコ。


いつか、姉が怒られ、いつものように父が殴る。


カーペットには大量の血が………


さすがにショックを受けた。ケガというか、鼻血が散らばっただけだったのだがものすごい恐怖だった。


それからは父は殴る、物を投げる事はしなくなった。父もびっくりしたのだろう。


私はどちらかと言うと、姉と違い何でも食べて、親に甘えていた方だった。


姉が怒られると、必ず私も怒られたので、姉が叱られてる時逃げ出したりもした。


小さい頃ながらに寝つきが悪く、笑うせぇるすまんをこっそり見て恐がったりしていた記憶がある。


保育園に入ってから、どんどん変化が現れる。


保育園→親との離れ→行きたくない………


毎朝泣いた。


そして保育園でも、友達作ろうとしたが、言葉のいじめに合って、今もトラウマになっている。


お昼寝の時間も男の子にお尻を触られ、スカートを履くと必ずめくられ、どんどんどんどん行きたくなくなる。


さらに行きたくないと毎朝泣いた。


保育園なのに、昼で帰って来たりもしていた。


嫌いになったものも、保育園の頃。必ずホットミルクが出るのだが、あの膜とくささで大嫌いになる。


カレーとシチューがすこぶるまずく、特にその具の肉が嫌いでいつも居残りさせられた。


いじめのせいかわからなぃが、自分にコンプレックスも持ち始め、写真に写る事を極端に避けるようになる。


お遊戯会の写真はすべて不自然に目をそらしている。


お遊戯会も楽しかった記憶がなぃ。昼で帰って、お雛様もやった記憶がなぃ。お母さんの顔を書いて、と言われて書けずに泣いた。


大好きなはずのお母さんとお父さん。


顔がわからなかった。。。


とにかく保育園の記憶はあまりなく、帰って来て昼寝して、目が覚めた時にお母さんがいないと号泣していた。


家族に変な依存があった。顔も書けないのに。