大きな本屋には語学書のコーナーが必ずある。


最近は、どうも人気が下降気味だったポルトガル語が装いも新たにブラジル・ポルトガル語(略してプラポ語)として、参考書が充実してきた。こーいう状況を見ると、いざチャレンジしてみっか?という気持ちにはなる・・・


私はこの言語はいずれは取り組みたいと思っているけれど、ラテン語系統の言語は今年は既にフラ語とラテン語という2つを抱えているので、ブラポ語は将来に取っておこうと考えている。お楽しみは、あとで、というわけだ。


しかし、過ぎたるは及ばざるが如し、という諺があるように、充実しすぎるのも問題である。その際たるものが、我ら日本人にとっての第1外国語である英語である。


英語の参考書は本当に腐るほどあって、本当にやる気をそがれるわ。


も少し少なくてもいいんじゃないの~って思うときもある。


 同様の現象を感じるのは、書店に並ぶ新書の数。これまた、多すぎる。情報過多の時代とはもう聞き飽きた言葉だが、そうなってくると一つ一つの新書の価値は下落する。だから、最近では、例えば「できるビジネスマンはやっている」とか、「カリスマ営業マンのマーケ術」のような、新書の類は読む気がうせてしまった。


 要は、金を儲けている奴に、さらに金儲けをさせるなんていうのが、個人的にはどうもいただけないのだ。しかも、その手の本に限って、本当に重要なことは書いていない。仮に書いてあったとしても、模倣困難な暗号であるかのごとく書いてあるのだ。要はホワイトボックスの面をしたブラックボックスなのだ。