断薬は大変だ
そして
その後の回復は
もっと大変だ
そう言われても
断薬後に何をしたらいいのか
多くの人は悩むだろう
何もせずそのままにしても
人生の試練は生きてる限り
必ず訪れる
その時に
精神的に追い詰められ
向精神薬を再び飲む判断を
する人としない人がいる
しない判断をしても
人生から逃げていたら
それがその人の夢だったとは
思えない
かつて私がやりたかったこと
断薬後の自助をつくること
残念ながら
当時は繰り返される向精神薬の
医療精度の変更に
振り回されながら
断薬ができない人が多く
断薬前の自助が中心になってしまった
不徳の致すところでもある
ここに
何回かに分けて
断薬後の回復に何をしたかを記す
おそらく殆どは
私の経験
それに
同じ時期に回復を目指していた
数名の私から見ていた経験を
織り交ぜる
まず
先天性の精神疾患が主訴ならば
それは無理だと思う
アプローチが全く異なる
その前提でも
常用量依存になるからには
人間的に弱い面がある
他人任せの面がある
それが原因で
大いに判断を誤って来ている
そして
チャンスを逃している
それを克服する為に
一旦
自分の考えや判断が
間違っていると考える
その考えには
変な執着があったり
ゼロか100
白黒思考だったり
医学用語で認知の歪みと
言われる面も多い
そして
人の話を多く聞く
当事者同士の話なら
5年寛解率が1.7%が
今でも続いているならば
98.3%は治らない人の話だ
健常者の話でも
よこしまな思考や
裏がある話は多い
聞いた話から
何が正しくて
何が正しくないのか
取捨選択して
自分の考えを上書きする
残念なことに
5年を経過し
寛解してると判断されるような人の
話を聞ける機会は
まずない
回復するということは
謙虚になるとも言える
そうなれば
リーダーシップの能力は
下がる
5年以上も後から来る人達のために
何かをしようという考えは
希薄になる
このブログの記事は
謙虚になりきれていない
回復途上の人間が
書いてるのかもしれない
ただそれでも
チャンスとは機会と努力の
偶然の遭遇だ
機会があっても
そこに努力も準備もなければ
チャンスを掴むことは
できない
多くの話を聞いても
自身に取り入れる話は
1%もない
ただ
反面教師になる話は
異常に多い
人生を諦めるような話には
安易に賛同しない
それを繰り返すと
自分の将来の人生の
概念のようなもの
感覚みたいなものが
なんとなく
思い浮かべられる
自分の中に吹けば飛ぶような
小さな核のようなものが
できる
そうしたら
その概念を
自分でその概念を
言語化して論理化する
間違っても良い
繰り返し話せ
でも・だって・どうせ
これらの言葉を枕詞にするな
逃げの言葉を口にすると
それが現実化する
死んでるように生きる
そんな方向にしか進めない
言うことは正直に真摯であれ
嘘はつくな
そんなことを繰り返すと
自分の中の核が強固になり
軸のようになる
そうすると
他人任せであったものに
軸を中心とした強固な
自分自身の考えが出てきて
主体性や自主性が出てくる
気がつくと
人としても精神力が
多少は強くなる
いろんな自助で用いられる
「平安の祈り」を忘れるな
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受けいれる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを
変えられないものの代表格が
過去と他人だ
変えられるものの代表格が
未来と自分だ
他人はひょっとしたら
近い人なら変えられるかも知れない
ただ
それは長時間を要する
後々の課題だ
ここまでが
だいたい1年というところ
人の話を聞ける場所
自分の話を話せる場所
それらが今はないかも知れない
なければ
自分で作るしかない
そこで
他人任せにするか?
自分で作るか?
差は大きいよ
