なんと言っていいのか。
 この不思議ちゃんの集合体は。
 ハーバードって、ほんとうに・・・・・・。
 理解できない。

 がんが縮小した患者さんの組織を培養していたんです。
 どうして、がんが消えかかっているのかを突き止めるために。
 きょう、ほぼ原因がわかりました。
 NK(ナチュラルキラー)細胞でした。

 人間なら、誰もが生まれつき持っている細胞です。
 生活習慣などの原因で、働きが鈍っている方が多いんですよ。
 患者さんの場合、活発に働いていたようです。
 極めてまれなケースでした。

 がん細胞を食べていくんですよ。
 パクパク食べる。
 ひとつのNK細胞が食べ始めると、他のNKが寄ってきて先を争って食べるんです。
 えさを獲り合うような。

 顕微鏡にデジタルアイピースを取り付け、PCにUSB接続して拡大しました。
 「いい食べっぷりやなー。 食い倒れになるぞー」
 こってこての関西人医師1号がつぶやきました。
 食い倒れってね。

 「がっついたらいかん。 腹を壊すで」
 関西2号も。
 「心配はいらん。 正露丸用意してあるっちゅうねん」
 ツレ・・・・・・なんで関西弁なんだ。

 「こんなん食うのがわかとったら、わかもとを飲ませてたがな」
 「エビオスのほうがええって」
 そういう問題じゃないんだけどね。
 「絶対にキャベジンや」

 NK細胞ががん細胞を食べていることに対する驚きはないんですよ。
 細胞に胃腸薬をやるなって。
 「細胞に胃腸薬をやってどうするんだか・・・・・・わからないな、関西人ってやつは」
 ハリポタ君、もっと言ってやって。

 「だまれ、ふなっしー!」
 関西1号機。
 「言うなっし! しゃべらなかったら普通のゆるキャラなしな」
 ツレ、おまえバカ。

 「普通のゆるキャラやん。 ちっちゃいおっさんと同じやん」
 2号機も。
 「全然、ゆるくないなしよ。 ふなっしーは果実なっし。 おまえ、バカ!」
 やめなさいって。

 「腹立つわー、こいつ。 ジェニーのことばらすぞ」
 なに?
 「誰なっし?」
 だから、なに?

 「ラドクリフ女子大のジェニファー・マイルズ。 学食でナンパしたろうが。 5回目のデートで、シュレティンガーの猫の矛盾点をしゃべりまくってどん引きされたのは誰や!」
 やっぱり、ナンパで落としたことがあるんだ。
 「あれは逆ナン。 ハーバードの男を落としにくるんじゃ、ラドクリフは。 ハーバードの彼氏持ったらいばれるやん」
 どっちもどっちだけどね。

 「それでええやん。 デートでシュレティンガーの猫を語る男って笑えるやんか。 みんなが笑ってくれたらええの、関西人は。 アベノハルカスクラスの笑いをとってなんぼや、大阪は!どんなことでも笑いに換える、それが関西人のスペックや!!」
 地上300mの笑い?
 「おまえら、ちがうんじゃない? NK細胞が活性化してがん細胞を食べたって話だろう。 問題は、なぜ活性化したのか、だろう」
 まともなのはハリポタ君だけか。

 「これだけ活性化する原因はひとつしかない」
 さすがはハリポタ君。
 「大田胃散だ!」
 この人もやっぱり、イタイ世界の住人だったんだ・・・・・・。

 
 
 2月初めから、病棟に新しい医師が加わっています。
 この1ヶ月でかなりの成績をあげています。
 なかなかユニークですよ。
 バカじゃないですが。

 ハリー・ポッターにそっくりなんです。
 魔法でがんを退治しているという噂も・・・・・・。
 ハーフなんですよ。
 日本人の父と、イギリス人の母の子。

 「そうなっし。 お父さんはふなばししの医者で、お母さんは梨!」
 ちがうって。
 1月にロンドンに行ったときに、案内をしてくれた方です。
 ツレのハーバードの悪友の1人なんですけど。

 英語はほとんど話せません。
 生まれも育ちもふなばししなので。
 東大医学部から、ハーバード医科大へという素晴らしい経歴なんですが。
 英語ノイローゼです。

 ロンドンの病院に勤務してみたものの、英語だけの生活で引きこもりに。
 日本に帰りたいというので、じゃあ、ウチにくるかってことで。
 この病院にとっては貴重ですからね。
 どうしても連れてこいということでした。

 ツレと同じ年齢ですから、46歳ですね。
 いまだに独身なんです。
 相手に求める条件は、日本語を話せること。
 病棟で、恋が芽生え始めてはいます。

 ツレはあえてがんを「放置」して、温熱療法だけで闘うのに対して、彼はクロノテラピーで責める。
 クロノテラピーとは、時間差療法。
 通常の抗がん剤治療は、午後1時30分から始め、午後4時前後に終了するのですが、開始を午後5時にわざと遅らせる方法です。
 副作用が出ないんですよ。

 まだはっきりとした原因はつかめていないんですが、結果はいいんですよ。
 欠点は、患者さんは治療後ものすごい空腹に襲われること。
 抗がん剤治療をすると、2日くらいは食欲がなくなるはずなんですけどね。
 病院食のほかに、家族にコンビニで弁当と麺を買ってこさせて、全部食べる。

 嘔吐も下痢もなし。
 何も食べなくても、抗がん剤の副作用で嘔吐や下痢が出るはずなんですけど。
 それでも、食べたりないと言うんです。
 どれだけ食べるんだか。

 生き生きとしていますよ、彼は。
 全員日本語で話しかけてくれるから。
 患者さんとのコミュニケーションもうまい。
 ほんものの魔法使いだったりして。。
 3年がたちました。
 もう?
 まだ?
 どちらでもないのかも知れません。

 ひとつ言えること。
 被災された方は、あの日で時が止まっているのかも。
 いくら顔をあげても、前は見えない。
 かといって、後ろにも何もない。

 TVも新聞も、きょうはあの日を振り返っています。
 明日になると、誰も触れないと思います。
 大切なのは想い出すことではない。
 大切なのは、忘れないこと。

 とはいえ、日々の忙しさの中で忘れてしまいます。
 わたしはすっかり忘れていました。
 現場で汗をかくことがなかったせいかな。
 きのう、ようやく思い出しました。

 ツレが担当していた患者さんが、教えてくれました。
 福島第一原発の元作業員だった方です。
 事故後も作業をされていて、悪性胸膜中皮腫を発症されました。
 知人を頼って、この街に移住されたんです。

 悪性胸膜中皮腫というのは、肺がんの一種。
 アスベストを吸い込んだことで、起こるとされています。
 国は、アスベストだけと決めつけています。
 ところが、そうでもないらしくて。

 話題になっているウクライナにあった、チェルノブイリ原発。
 1986年の事故で街が壊滅しました。
 その直後、原発作業員や近隣住民に悪性中皮腫が多数確認されています。
 放射性物質が原因であると断言はできませんが、ないとは断言できません。

 患者さんはきのう診察に訪れ、福島に戻ることを希望されました。
 治療の結果もよく、縮小した腫瘍を手術で切除するだけになっていました。
 それでも、治療を中止してふるさとに帰りたいと。
 福島で死にたい、と。

 ツレは引き止めませんでした。
 医者としては止めるべきなのかも知れません。
 それでも、あえて引き止めませんでした。
 患者さんは、死を覚悟してふるさとに戻ることを決めたのですから。

 それが、ふるさとというものなんですね。
 後悔しない死に方が、最高の幸せなんでしょう。
 ご家族も、後悔させたくないと言っているようです。
 患者さんのご希望に沿うこともまた、医者の勤めなのかもしれません。

 14時46分。
 この病院では、1分間の黙祷を行いました。
 あの日を想いながら。
 あの患者さんを想いながら。