来月、この病院に託児所ができます。
 24時間保育だということです。
 職員のための施設ですけどね。
 女性の多い職場ですから。

 女性の働きやすい環境は整っていないようですね、この国は。
 「待機児童をゼロにします」
 いつ頃からか忘れるくらい以前から、国は叫んでいました。
 一歩も前に進んでいないような気もします。

 先日の、ネットを介したベビーシッターの件。
 顔の見えないベビーシッターは、誰もが怖いと思っていると思います。
 でも、そうせざるを得ない環境なんですよね。
 公営の保育所は受け入れてくれないし、私立は保育料が高すぎる。

 面会もしないで子供を預けるな、なんてマスコミは切り捨てているようですね。
 本当の問題は、そこじゃないと思います。
 そういうところに預けた、じゃなくて。
 そういうところしか、預かってくれない。

 「男女共同参画社会」などと言いながら、女性は社会に出にくい。
 シングルマザーだというだけで、おかしな目で見られてしまう。
 ログインしないと、救われない。
 どうなっているんでしょう。

 日中・日韓関係も大切なのかもしれません。
 集団的自衛権も大切なんでしょう。
 ですが、働く女性にとって待機児童の問題は何より深刻ですよね。
 いつになれば、解決してくれるのでしょう。
 この病棟は不思議です。
 他の病棟とは世界が違うような。
 何が、と訊かれると一言では言えません。
 たとえば、きょう。

 「院長、みかけなかった?」
 事務長が、スタッフステーションに飛び込んできました。
 「午後の全体回診にも出てないんだけど」
 最後にみかけたのは、先週の火曜。

 「キナバル登頂の映像が、23日に放送されるからみんなで観てよ。 もう、天国なんだよー」
 それを伝えるために、病院の隅から隅まで走り回っていたらしいんです。
 TVの企画で、イモトアヤコさんたち女芸人軍団と、東南アジア最高峰のキナバル登山を行ったんですよ。
 しばらく病院を休んで。

 珍しいことではないんです。
 ミニヤコンガだチョモランマだマナスルだと、半年以上も病院にはいませんから。
 4月の下旬には、ヒマラヤだそうで。
 登山と医者のどちらが本業なのか、本人でさえわからないんです。

 ハッとなって、事務長から目をそらしたツレ。
 「知ってるんだね。 また登山だ」
 ツレは恐る恐る言いました。
 「ウィンター・キャンプ・・・・・・ヒマラヤに登るための」

 ウィンターって、もう春なんですけどね。
 年が明けてから、2度目ですよ。
 雪渓や氷河を登るための訓練だとかいって。
 頭の中は、登山だけ。

 ヒマラヤは、8,000mクラスの山が14も連なる山脈のこと。
 その中の1つがチョモランマ。
 中国、インド、ネパール、ブータン、パキスタンの5カ国にまたがっています。
 中国で、中国政府に拘束されるかも。

 「好きだねー。 4月から非正規雇用にするか? 時給で日払いの」
 アネさん(病棟医長)は言うなー。
 「ふなっしーは時給いくら?」
 もう止まらない。
 
 「あのね、ふなっしーは時給274(ふなっしー)円なっしな」
 なっしーはやめなさい。
 「じゃあ、登山じじいは時給なし!」
 陰の院長強し。

 「梨払いなっし?」
 「ゼロ円の無し!」
 「無し!」
 ブラック企業か。

 「これ見て、これっ!」
 事務長と入れ替わりにステーションに戻ってきた関西2号機。
 「なにが進撃のジャイアンツだって。 出版社つぶしたるわ」
 手にしていたのは、マンガ雑誌。

 「進撃は阪神タイガースやろうが」
 ツレと同じで、タイガース命ですからね。
 「What?」
 と、ツレ。
 
 「わーやない。 進撃のジャイアンツやぞ、こらっ」
 「So what?」
 「そわやないっ! 他人の話を聴かんかいっ! いいか、ユーはこのイヤーのジャパンのベースボールについて、どう思ってんねん? 進撃はタイガースに決まりやろ」
 表紙には大きな文字で、『進撃の巨人』と書かれていました。

 「巨人違いじゃないの? プロ野球じゃなくてファンタジーマンガの」
 チャック。
 CMで見たことがありました。
 理科室の人体模型が、壁の向こうから顔を出すやつ。

 関西2号機はページをめくりました。
 「・・・・・・野球とちゃうんかい。 まぎらわしいことすなよ!」
 タイガースファンにとっては、巨人といえば野球チームなのね。
 まじめな話でした。

 「今年のタイガースは、きのうの大阪市長選挙の投票率と同じような」
 ぽつりとつぶやくツレ。
 4人に1人しか盛り上がらない。
 連休が重なったからかもしれませんね。

 「オープン戦やろ。 ペナント始まったらいくでー。 コンコンコンで日本一や」
 そうなったら、ツレは道頓堀に飛び込むかも。
 「他のチームの偵察がきてんねん、新幹線に乗って。 手の内を明かすのはアホだけ。 タイガースはかしこい」

 「コンコンコンいくわ。 ゴールデンウィークまではな」
 関西初号機。
 押し黙るタイガースファン。
 なんですか? この空気は。

 「深刻なのは、なんで日本の国技に日本人の横綱がいないのか、ってことだ。 どうなってるんだか」
 白鵬さんも日馬富士さんも、先ほど横綱昇進が決まった鶴竜さんもモンゴル。
 相撲ファンにとっては、深刻でしょうけどね。
 問題をすり替えただけのような。

 この病棟のほうが、どうなってるんだか。
 こんなに笑えるなんて。
 ここは吉本新喜劇じゃないんですよ。
 ここは末期がん病棟です。
 
 
 謎が解けた。
 それで、なんですね。
 生活保護制度の大きなミス。
 なるほど。

 外来の担当患者さんに、生活保護費受けている方がいます。
 医療費は自己負担ゼロ。
 公共料金と家賃と衣食は、全額支払わなければなりません。
 ですが、生活が苦しいとグチばかり。

 昨年から徐々に減額されて大変なんだなと思っていました。
 日本もそこまでやったのか、って。
 そんな話をすると、ツレはニコニコ笑うだけ。
 意味があるのかないのか。

 「そろそろ本当のことを話そうか」
 今朝になってやっと。
 「生活保護って、生活保護じゃないんだよ」
 ・・・・・・?・・・・・・

 「生活を保護するって書くけど、本当の目的は違うの」
 生活を保護するから、生活保護ですよね。
 「本来の生活保護は、自立支援なんだよ」
 それは生活保護とは違うって。

 自立支援。
 独り立ちできるように、手助けをしてあげるということです。
 社会に出られるように、背中を押してあげること。
 手助けのしかたを間違えていると言うんですよ。

 今の生活保護というのは、毎月お金を渡すだけ。
 それしかしないんです。
 だまっていてお金がもらえる。
 だから、働きたくなくなる。

 ツレが、保護を受けていた頃の話をしてくれました。
 保護を受けることが決まったときに、「自立を支援するものです」と言われました。 
 だけど、いつまでたってもお金だけ。
 ある日、担当のケースワーカーさんに訊きました。
 
 就職するための支援は、いつから始まるんですか?
 「それはご自分で。 ハローワークに行ったり、情報誌を買ったり」
 個人で就職の面接に行っても、生活保護を受けていると落とされるんですね。
 世の中、そんなに甘くないんです。

 ツレが考えていた自立支援というのは、職に就くための援助。
 引き受け先を一緒に探してくれたり、スキルを身につけるための教育制度。
 たとえば失業した場合、ハローワークに行って手続きをすると職業訓練講習を無料で受けることができます。
 スキルを取得することで、次の就職に生かせるというわけです。

 生活保護と同じく、国の制度なんですよ。
 なのに扱い方が違うんですね。
 考えてみると、おかしい。
 その差は何なのか?

 「ご飯が食べたいという人にご飯をあげると、あっという間に食べてしまう。 食べてしまうとまたご飯をくれる。 そんなことが死ぬまで続くんだよ」
 ご飯が食べたい人にお米の作り方を教えると、その人は自分でお米を作ることができます。
 一生、ご飯を食べることができるんですよ。
 それが自立支援なんですね。

 今の生活保護制度では、お米はくれるけど作り方は教えてくれない。
 作り方を教えたら、その人はやがて生活保護を必要としなくなります。
 それを繰り返すと、生活保護が激増することはなくなる。
 なるほどね。

 ハローワークの講習のようなものを、生活保護を受けている方に行えばいいんです。
 国は、「そこまでの予算はない」と言うのかもしれません。
 出口があれば、生活保護費は減ると思いますよ。
 それでも予算がないというのであれば、奨学金のようにするとどうでしょう?

 就職してから、毎月分割で返してもらうとか。
 もちろん、無利子で。
 出た分が戻れば、資金は減りません。
 簡単なことなのに、なんでできないのかな。
 
 国に訓練するスキルがないのなら、訓練費用を立て替えるとか。
 ワードやエクセルを教える教室の授業料を、教室に直接支払ってくれてもいい。
 NPOに委託するのもいい。
 単なる夢ではないんですよ。

 北海道のとある街では、もう行っていることなんです。
 NPOに委託しての自立訓練プログラムがあるんですよ。
 その街の医師が撮影した動画を、ツレは見せてくれました。
 これが、すばらしく行き届いているんです。

 他の自治体は、パクればいいじゃないですか。
 誰も怒らないと思いますよ。
 別に、ゴーストライターを使うわけじゃないですから。
 疑惑はありません。

 わたしがこんなことを書いたからどうなるというものではないですよね。
 何も伝わらないでしょう。
 言葉にできないほどの新鮮さがあったんで、書きました。
 それだけです。