「薬物の害から助ける診療。」心療内科・精神科医 松薗りえこのブログ

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アマラクリニック表参道 〒107-0062 東京都港区南青山3-10-38 1F Tel : 03-6438-9869

お薬をやめていきたい方・お薬以外の根本的な治療を探している方、ぜひご来院ください。お薬を使わないと通院期間も短くてすみます。
お気軽にご相談ください。

他のクリニックでたくさん薬を飲んで、数年間何もしていない20代の患者さんが、少しずつよくなっていくのを見ていると、しあわせになります。

 

 一昨日、クリニックから書類を持って帰り、家でコピーしようと思ったら、プリンターの電源が入らなかった。

 

 最初は慌てた。グーグルでトラブルシューティングを検索して、電源の差込口を変えたり、しばらく休ませてからスイッチを入れてみたりした。全く反応がない。

 

 これは完全にイカレている。

 

 「プリンター買わなきゃ」

 

 そんなわけで、ネットで何がいいのか検索したり、明日お休みだからビッグカメラの有楽町店に行こう、と思った。

 

 で、ごはん食べてゆっくりしていたときにふと、

 

 「自宅にプリンターは必要ない」と気づいた。

 

 必要な書類はクリニックでプリントアウトしたり、コピーしたりできるじゃない。

 

 急ぎのものがあったとしても、クリニックまで徒歩圏内だし。よく考えたら何の問題もないかも。

 

 翌日(昨日)、最後に電源入れてみたけれど、やっぱり死んでいる。何の予兆もなく、ポックリいってしまった。

 

 さっそく粗大ごみに申し込んで、シール貼ってマンションの粗大ごみ置き場に移動した。

 

 プリンターを乗せていた棚の上がすっきりした。

 

 棚の中身を見てみたら、随分古くて使わない書類が入っていた。それも整理した。

 

 さて、今朝、その棚を何の気なしに見ていたら、「ここに置いておくことはない」と気づいた。

 

 そこは窓際で、玄関の対角線上にあり、入ってきたらすぐに目につく場所なのだ。

 

 その向かいの狭いところにピアノ置いて、壁に向かって弾いていたけれど、こっちに移動して、窓が右側にあって明るい場所でピアノ弾いたほうがすてきじゃないかな。

 

 入ってきたときにピアノが見えたほうが、気分がいいかも。

 

 って思い、朝から家具の大移動をしたのでした。

 

 「プリンターは必需品」「置き場はここ」って思い込んでいたんだなあ。

 

 そうか。そうなのだ。

 

 「こういうもの」という思い込みを超えたとき、新しい可能性が花開くのだ。

 

 もしかしたらこの棚もいらないかも。処分したらまた新たなスペースが生まれるのじゃないかしら。

 

 そして新たなスペースにはまた、自然発生的に、何の意図もないままに、新しい可能性が花開くにちがいない。

 

 

 

 まだまだ寒い東京ですが、風なのか自然のたたずまいなのか、何かが春に向かってほころんでいるというか、ゆるんでいる気配がする。

 

 ニットにレースのスカートとか、ウールのスカートにブラウスとか、シルクのパンツなど、少しだけ薄手のものを混ぜたくなる。

 

 首回りもファーやニットのマフラーよりも、スカーフにしたくなる。

 

 スカーフを巻くのがずっと苦手だった。若い頃は今よりももっと首が短くて、タートルネックやスカーフを苦手としていた。

 

 運動していて肩が盛り上がっていたので、相対的に首が短くみえたのである。なので浴衣なんかも苦手としていた。

 

 年齢を経て、いい感じに筋肉が落ちて肩も落ちてきた。気のせいかスカーフのおさまりがよくなってきた。

 

 また、若い頃に直面していたのは「巻き方(結び方)もんだい」である。いろんな巻き方やってみたけれどいまいちしっくりこない。

 

 とってつけたふうになる。スカーフが「巻いています」と主張してくる。

 

 とにかく「巻きました」という風情になるのが嫌なのだ。

 

 着物を着始めて、お気に入りのスカーフを帯揚げに使ってみたりもしていた。

 

 着物はいろいろな場面で「巻く(結ぶ)」がでてくる。

 

 ちょっと慣れてきたある日、意識しないでさりげなくスカーフが結べるようになっていた。驚いた。

 

 「あ~らよっと」って無造作な感じで。

 

 「おお、これか」となんとなくコツがつかめた気がしたの。

 

 その過程で出現した最近お気に入りなのが「仮面ライダー巻き」である。

 

 仮面ライダー1号の巻き方です。あれこそ「無造作」のきわみ。。。。

 

 

 

 これです。

 

 ただ細く折ったスカーフを玉結びにしてたらすだけですが。。。

 

 巻いたら、

 

 「とおっっ!」

 

 ってジャンプしたくなる。

 

 バンダナだと垂れるところが短くなります。

 

 

 

 90cm四方のものだと、垂れの長さがライダーとこれの中間になります。

 

 ラーメンやお蕎麦を食べるときには、垂れの部分を後ろに回せば邪魔になりません。

 

 さて、今日も気持ちのよい日差し。

 

 「とおっっ!」と、行ってきま~す。

 

 近所のスーパーだけど。。。

 

 マスクマンがマスク星からまた地球に戻ってきました。

 

 最近早寝早起きで早いときは5時30分に起きる。

 

 東の空に輝くものがあって、最初は人工衛星だと思っていたけれど、毎日あるからおかしいなと思って調べたら、「明けの明星」らしい。

 

 2021年1月まで夜明けに東の空に見えるんですって。

 

 キラキラ輝く星をずっと眺めていたら、マスクマンが戻ってきたのです。

 

 

 

 真っ先に行ったのは「北海道フェア」でした・・・・。

 

 六本木の一風堂に初めて行った。

 

 10年以上前に博多で食べたことがあったけれど、東京では初めてだった。味も忘れていた。

 

 白丸を注文する。待っていたら隣に座った男の子が、

 

 「餃子10個と、ハカタのチカラめし温玉乗せと白丸バリカタ、お願いします」

 

 うらやましかった。

 

 あのくらい平気で食べていたことあったなあ。。。お姉さんは替え玉もいらないくらいですよ。。。と心の中でぼやく。

 

 とはいえ、目の前の白丸である。

 

 美味しかった。「ずずずっ。」とレンゲでスープすくって全部飲んじゃった。

 

 今度は赤丸食べたことないから食べてみようかな。

 

 「餃子10個と生ビール。赤丸バリカタで~。」

 

 このくらい威勢よく言ってみたいものである。

 

 お会計のとき、「美味しかったです。ここで初めて食べました。」と言ったら、

 

 「今、いろんなメニューありますから、また来てください」と言っていただいた。次回はみてろよ。すごくお腹空かせて来てやる。とパンティの緒を締めなおしたのであった。

 

 で、先ほどである。2時くらいにすごくお腹が空いたので、行った。

 

 そしたらお昼は餃子とのセットが頼めた。5個入りのだけど。でもなんかビールも飲む気しないしそれにしようと日和ってしまった。赤丸のランチセットにしたらごく普通の注文になった。人生思う通りにはいかないものである。

 

 帰りに店員さんに、「あ、一昨日。。。」と言われた。同じ店員さんであった。。。いい歳の女がリベンジのため二日に空けずラーメン屋に来たのがバレたのであった。

 

 「うふふ。今度は赤丸が食べてみたくなって。」。。。

 

 ウソはついていませんから。。。。

 

 たぶんお友達にもらったキラキラマスクが目印になっているのだと思う。

 

 

 

 こんなふうに真っ黒の布地に大ぶりのキラキラスパンコールが並んでいる。

 

 先日飛行機に乗ったら、正面から日差しを浴びたときに、マスクがミラーボールのように反射して機内がディスコのように照らされたっけ。。。

 

 「まだあと(ラーメン)二種類ありますから。またどうぞ~。」

 

 六本木の街にも人情あり。キラキラマスクよありがとう。

 

 

 数日留守にして昨日帰ってきた。

 

 荷物を片付け終わったら夕日がお部屋に差し込んできた。西の窓から富士山が見える。

 

 そうだ。お正月用に買ったシャンパンがあった。飲みながら夕日を観賞しようと冷蔵庫を開けた。

 

 「シーン。。。」 やけに静かだ。しかも暗い。

 

 冷凍庫を開けてみたら、氷が溶けている。まさか。。。

 

 そうなんです。お正月早々冷蔵庫が停止しておりました。

 

 かれこれ17年になるうちの冷蔵庫は、今は亡き義父が引っ越し祝いに買ってくれたもので、下から水漏れしていたけれど、「まあいいか冷えるし」と使い続けていた。

 

 説明書出してみたけれど、「故障かなと思ったら」の欄には、「電気が入らない」という項目自体がそもそもなかった。

 

 コンセントを抜き差ししたり、ブレーカーを閉じて開けてみたけれど無反応だった。完全にイカレている。

 

  

 

 ダメになっている食料品捨てたり。中身を整理して、外に出しておいてもいいものは棚に入れたり。

 

 ワインセラーを最低温度に設定して移せるものは移した。

 

 シャンパンに夕日の夢ははかなく消え、有楽町のビッグカメラに向かう。。。

 

 冷蔵庫売り場に行って、うろちょろしている店員さんに、「帰ってきたら冷蔵庫が壊れていました」って言ったら、マスク越しに吹かれた。。。

 

 おみくじは大吉だったし、高島易でも今年は二重丸だったのにな。

 

 ひとりだしこんな大きな冷蔵庫はいらない。予算はこのくらい、と決めていたもので、店員さんに勧められたものを買う。

 

 「僕も電子レンジが、ごはん温めようと思ったら全く動かなくなっていたことありますよ」 と元気づけてくれる。そんな話をしていたら頭のなかの私の購入品が電子レンジになっていて、「持っていきますか、配送しますか?」って聞いてくる。こら。

 

 最初は慌てたけれど、17年の間に引っ越し何回もして、連れ歩いた冷蔵庫。水ぽたぽたたらしながら一生懸命働いてついに力尽きたかと思ったら、「よくやった。ありがとう。」って気持ちになってきた。

 

 冬だからシャンパンやビールは外でも冷やせるってわかったし、生ものはワインセラーで何とかもつでしょう。

 

 ほっとして帰りにギネス飲みに行ったら、ギネス好きを覚えていてくれてこの前はハンカチだったけれど、今回はギネスのエコバックくれた。

 

 かたちあるものは壊れるのである。そしてスペースが生まれ、新しい風が吹く。

 

 私はキッチンが好きだ。(吉本ばななさんごめんなさい。パクリです)

 

 新しい冷蔵庫との日々はどんなかな。

 

 オードリーヘップバーンが着るようなすてきなコートを羽織っている方がいたので、「ビンテージですか、すてきですね」って言ったら、「横も縦もふんわりしたシルエットが気に入っているんです」ってじっくり見せてくださった。

 

 確かに、七分の細い袖と、ふわっとした身頃のシルエットとのバランスが絶妙だった。

 

 「先生もビンテージお好きでしょ」

 

 「ええ。それもそうですが、いつの間にかビンテージになったものもたくさんあります。笑」

 

 そうなのだ。昨日着ていた革ジャンも勤務医時代に血迷って買ったブランドのものですが、20年以上着ているビンテージである。首に巻いていた薄手のコットンマフラーも20年に近くになる。

 

 今日はこのブランドが日本に上陸したての頃のウールパンツを引っ張り出してみた。これも20年物のビンテージなのだ。

 

 紆余曲折や取捨選択がその時々であり、一旦は着なくなることがあるけれど処分されずにクローゼットにとどまっているものたちに最近愛着を感じる。着てみるとなんかいい。しっくりくるのが面白い。なんなのでしょうね。

 

 小学校3年生からピアノを習っていた。練習が嫌いだったせいもあって、中学校に上がるまでにバイエルをやっと終えた程度だった。バスケットボールがやりたくなったのでそれをいい口実にやめた。先生は「せっかく1オクターブ届く大きな手をしているのに」と残念がってくれた。

 

 大きな手はバスケットボールも片手でつかめたのである。。。。

 

 

 

 あれからずいぶん月日が経ったけれど、最近どうしてもピアノが弾きたくなった。

 

 なので買いました。電子ピアノ、カシオのプリヴィア、赤。

 

 お家の真ん中、ダイニングテーブルの上にでーんと乗っかっている。かわいいの。

 

 で、まずはこれでしょと「エリーゼのために」練習してたんだけれど、いい本見つけたの。ジャズのアドリブができるようになる本。

 

 もしかしたらジャムセッションができるようになっちゃったりしちゃったりする? かも?

 

 ともあれ、とにかく弾いていると楽しい。

 

 まずは「Cジャムブルース」である。

 

 「ソソ、、、ソソ、ソソ、ド~ソ♪」

 

 これだけ。

 

 なのになんとなく、ジャズメンになったような勘違いをしてしまう。

 

 「ソソ、、、ソソ、ソソ、ド~ソ♪」

 

 なんか上手くなった気になる。

 

 「ソソ、、、ソソ、ソソ、ド~ソ♪」

 

 左手で和音を付け加えたら、なんかすごく弾けた気になった。笑。

 

 YouTubeでCジャムブルース検索したらオスカーピーターソンが出てきて、すごすぎてダメージくらいましたが。

 

 そろりそろりと。

 

 「ソソ、、、ソソ、ソソ、ド~ソ♪」

 

 からはじめている。

 

 ピアノの、押すだけで音が出るこのありがたさ、楽しさ、喜び。あの頃にはわからなかったな~。。。

 

 

 貧乏ゆすりをやめるのはどうしたらいいでしょう。って聞かれた。

 

 私も昔やっていたなあ。

 

 無意識の行動と意識的な行動。私たちはそのふたつをいつも行き来している。

 

 無意識の行動でも十分に生きていられるから、ほぼほぼ身に着いた習慣を反復している。お風呂入って身体洗う行為やお米研いだり、いつもの道を通勤したり、自転車に乗ったり、いつものスーパーでお買い物したりしているときなんか特にそう。

 

 ほとんど意識しなくてもできる行動の繰り返しでまるで「習慣マシーン」のように生きている私たち。

 

 瞬間的に意識的になることはある。「わっ。これ美味しそう」ってときや、「痛いっ」ってときや、「わーきれい」ってときなどなど。

 

 小学校の頃、チックだった。自分では気づかなかったけれど、「顔を思いっきりしかめて、伸ばして解放する」っていう一連の動作が習慣になっていたの。小学校3,4年生だったと思うけれど立派な女の子だ。一般的に見れば「みっともない。見苦しい」習慣だったと思う。

 

 そしたらある日、美容院やっていたお友達のお母さんが教えてくれたの。そういうふうにしているって。

 

 全く気づいていなかったので、びっくりした。美容室の鏡の前にいたのに気づかなかった。よくよく「意識的に」観察してみると、なにか衝動のような「そうしたい」気持ちに気づいた。こういうときにそうしているんだなってわかった。

 

 その頃は意識や無意識のことなど何も知らなかったけれど、気づかずにいつの間にか行動することがあると知った。

 

 「意識していて」「そうしたい気持ち(衝動みたいな)」に気づいて、数分がまんしていると、衝動はいつしか消えることを知った。繰り返しているうちに自然と私のチックは消えた。

 

 この衝動が強すぎて意識的でいても制御が難しい場合もあるかもしれないけれど、「意識している」ことで消える習慣的な行動はよくある。

 

 蚊に刺されたとき、私たちは無意識にかいてしまう。そうすると「かゆみ」は繰り返し繰り返し襲ってくる。ついにはかき壊してしまう。

 

 私は数分がまんすることにしている。そうすると勝手にかゆみはどこかに行って、ぷっくり膨れていた腫れもひいて、元に戻る。「かゆすぎて我慢できません」って言う人もいるけれど、確かにかゆいのはつらい。

 

 ただ跡が残ったり、かゆみが長引くのが嫌なので、私はそうしている。

 

 はしたない話だけれど、先日鼻のなかに鼻くそがあるのを見つけ、ついいじってしまった。。。笑。つまり、指でほじってしまったのである。。。

 

 失礼しました。笑。

 

 

 

 そうしたら鼻の穴になんというか「違和感」が残り、鼻の下を伸ばす運動をしてその違和感をなくそうとするという暴挙(ってほどでもないか。。。笑)に出た自分がいた。

 

 これが習慣になったらヤバイ。。。ととっさに思った。なので「鼻の下を伸ばそうとする」衝動が出たときにはしばらく我慢した。数分で衝動は去っていった。危なかった。。。笑。

 

 その後数回衝動は来たが、来ては去っていった。今はやろうと思わない。よかった。。。セーフ。。。。

 

 指の逆むけをひっぱってはがすのが習慣になったこともあった。なんかあのピロって出ているのをみると、無性にひっぱりたくなる。きれいに無傷で剥がせればいいけれど、大抵は深いところの皮膚まで引っ張ってしまい、傷が大きくなるし痛い。

 

 逆むけだらけの指になるのが嫌だから、これも何とかやめた。

 

 そんなこんなで暴挙にいとまがない私は、続けるとヤバイって行動が習慣になるまえに芽を摘み取っておくようにしているのである。

 

 朝な夕なに秋の風を感じる。

 

 この夏は着物や浴衣を着る機会がなかったけれど、そろそろ袖を通したくなってきた。

 

 去年たたんで仕舞った、単衣の綿薩摩を引っ張り出してみる。

 

 尊敬する着物の師匠、白井さんに選んでもらったもので、織りを拡大鏡で見せてくださったときに「買う」って思った。

 

 細い綿の糸で、丹念に織り込んであり、織りの姿かたちには言葉で表現するのが難しい独特の美しいリズムがある。そして藍(インディゴ)染め。昔の人は普段こういうの着ていたんだなあ。欧米でいうデニムのような作業着だったんじゃないかな。

 

 セゴドン(西郷さん)もこれ着て駆けずり回っていたんだろうなって妄想する。父が薩摩の出身だからか、この着物に出逢った瞬間「薩摩おごじょ」の血が騒いだ。。。気がした。。かも。。。。まあ買うための言いわけみたいなものですが。

 

 去年、何回か着たらけっこう汗をかいた。このまま仕舞っていいものかどうか聞いたら、

 

 「洗ってみてください。びっくりしますよ。」とのこと。

 

 「洗濯機で洗ってもいいのかしら。」って聞いてみた。ほら、綿だし。

 

 さすがのお転婆白井さんも、「洗濯機はやめておきましょう。」ですって。

 

 でも何となく大丈夫な気がして、洗濯機のドライモードで洗っちゃったの。。。。まだ彼女にはは内緒だけど。

 

 そしたら、ちょっとシワになっちゃって。。。。笑。

 

 でもまあ、しょうがないと思って、たたんで、たとう紙にくるんで仕舞っておいた。

 

 そしたらなんと。昨日ひっぱり出してみたら、きれいにぴーんとしているの。シワがなくなっている。

 

 「セゴドン~~!!」

 

 セゴドンには関係ないけれど、叫んでしまいました。あまりにも感動的で。

 

 

 

 今年の2月、大学の同窓会のときに着た、結城紬の色無地も出してみた。

 

 同窓会の後、九州から来た友達が泊まるホテルのお部屋で二次会やって、その大好きな友達とベッドにごろごろして、くんずほぐれつして、ちゅーしていたらシワシワになったお気に入りの結城。

 

 たたんでたとう紙にくるんでいただけなのになんと、こっちも端正にぴーんとしているの。

 

 チョコレートのようなシミがちょっとだけあったけれどまあいいや。ご愛敬。

 

 改めて「織り」の技術ってなんてすばらしいのかしらと思ったのでした。

 

 着物っておしとやかな淑女が着るイメージもたれている方が多いかもしれませんが、

 

 わんぱくでも受け入れてくれる、懐の深~いものなのである。

 

 朝の風が涼しい。

 

 窓と入り口のドアを全開にして風を通したら、ドアから流れてくる風がひんやり気持ちいい。

 

 お風呂上りにすっぽんぽんのまま、ドアに近づく。

 

 ワンフロアーに一世帯の小さなマンションなので、ドアの隙間にすっぽんぽんで立っていても誰かが通りかかるわけではないから、こういうときはありがたい。

 

 ドアから吹き付ける風を全身で浴びている。それにしても裸がワイセツになったのはいつなのだろう。

 

 仏陀だって裸同然で菩提樹のそばに座って光明を得たのだと思うけど。。。。

 

 このままこの外廊下、ポーチにデッキチェアを出して、すっぽんぽんで横たわりたい。この風ならいくらでも浴びていられる。ずーっと座っていられる。

 

 もしかしてこのまま悟っちゃうんじゃないだろうか。。。。

 

 と妄想していたら、ちょっと先にマンションの窓があった。向こうからしてみたら、何気なく窓から外を眺めただけなのに、すぐ先のマンションのポーチにすっぽんぽんの女が立っていたら悲鳴をあげるほどの衝撃かもしれない。。。。

 

 ケイサツに通報したくなるかもしれない。。。。

 

 都会の生活は不自由である。

 

 昔、鹿児島出身の友達の実家に遊びに行ったら、宴会で裸踊りするおじさんがいた。

 

 うちの父も酔っぱらって裸になっていたなあ。母もよくリビングで着替えていた。

 

 

 

 都会の若い人には信じられないかもしれないけれど、お父さんが家の中をパンツ一丁でウロチョロしていたり、近所をステテコ姿のおじさんが歩いていたり、ベランダでスリップ姿の奥様が洗濯物を干していたり。。。。それが日本の夏でした。

 

 そもそも、学校や仕事やもろもろの活動に参加が難しくなるのは、「ちゃんとしなければならない」という意識である。「ちゃんとしている」ための緊張感や完璧主義がハードルを上げる。

 

 本気で「ちゃんとしていよう」と思ったら大変である。

 

 コンサバティブなお洋服に白衣着てシャキッとしていなければならない。大人として精神科医として、期待される言葉だけを言わなければならない。そんなの窮屈だし演技だ。

 

 「なりすまし」サギです。笑。

 

 本気で「ちゃんとしていない」を選ぶのもまた大変である。ヒッピーのような格好してビーサン履いてっていうのもね。。。。毎日酒臭かったり。。。仕事サボったり。。笑。

 

 どちらか極端でいるのは、反対側に対する抵抗だから。

 

 ほどほどがいいのかもしれない。

 

 裸同然の薄着が好きだし、デニムのミニスカートも好きだし。

 

 最近、花柄を刺繍した一見クラシックな形のスカートなんだけれど、実は大きな穴がふたつ空いていてそこから生足が見えるものをみつけた。

 

 それを履くと、穴のあたりだけ二度見されて面白い。

 

 バカっぽいって思われることを面白がってやるのは、「ちゃんとしなければならない」ことも多いこの世の中で、私が自分に与えているセルフヒーリングの処方箋なのである。

 

 大学時代のお友達から写真が送られてきた。20歳前後のときのグループ写真である。眉毛の立派さに我ながら度肝を抜かれた。

 

 こんなに立派な眉毛があったのに、いつから手を加え始めたんだっけ。

 

 医者になりたての頃も確かこんなだった。

 

 やっぱり30歳前後くらいにお化粧始めてからだと思う。断片的に覚えているのは、研修医の頃、若くてきれいな看護師さんが、その人もけっこう立派な眉毛だったんだけれど、「たまに間引いています」って言っていて、

 

 「眉毛って間引くものなのか」と思った。

 

 なんとなく周りの気になる毛を抜き始めた。次第に抜くのが快感になった。

 

 しばらくして、眉毛サロンに行きはじめた。自分の骨格や顔のパーツに合うかたちに整えてくれるって言うので。

 

 よく考えたら、もともとのかたち以上に骨格やパーツに合うかたちはないのではないかと、今となっては思うのですが。。。。どうなのでしょうね。笑。

 

 カスタムし始めるとオリジナルに戻すのが難しくなる。

 

 今、もともとのかたちってどんなだったかしら。。。? という単純な興味から、眉毛を伸ばし始めている。

 

 伸びたところで誰も気づかない。

 

 周囲の毛が増えてきつつあるけれど、誰も気づかない。

 

 どこまでボーボーになると気づくのだろうかという興味もあるけれど、そもそも人の眉毛なんてあんまり見ていないのですかね。

 

 どんなふうに成長するのか楽しみである。

 

 そういえば色も、グレーっぽい茶色で描いていたけれど、もともとの黒とグレーっぽい茶色が今にして思えば一体化していなかった。いつまでたっても上手に描けなかった。

 

 手を加えないことにしてみよう。

 

 黒髪だから、これでいいのだ。

 

 これって雑草生え放題の果物畑みたい。笑。奇跡のりんごみたいな。。。

 

 

 

 ちなみに去年の2月の眉毛です。自分でもウケた。

 

 こんなにしちゃって、お母さん、ごめんなさい。笑。

 

 そのときベストだと思っていたことって、変わるのですね。それが面白さでもあるけれど。

 

 髪の毛じゃなく、眉毛をとかして、今日も元気にいってきま~す。