今日は夏日になる予報で、
家から青山一丁目まで外苑周辺を感じながら歩いたら暑くて暑くて。
まだジャケットやコート着てたりする人がいるのに驚いて、半袖の私は「いろんな身体があるんだな~」と感慨しきりでした。
朝の散歩が好きです。
特に緑やお花が多いこの界隈は、歩いていると内側にあるエネルギーやインスピレーションを感知しやすくなる。
恐れの声か愛の声か聞き分けることが大事だとアランコーエンが言っていましたが、
認知行動療法で扱う「思い込み」は恐れの声で、訓練された声だから偽物なんですね。
「怖い」「悲しい」「悔しい」「腹が立つ」など不快な感情は「愛の声」からは生じないわけです。
「こんなことはできっこない」とか「私にはもったいない」とか、「これを行いたいが、まだ準備ができていない」とか、
「不充分だ」と勝手に言っては不安を掻き立てて行動を止める声や、
他の人を「不充分だ」と言って責める声はすべて恐れの声なんですね。
恐れの声ばかり聴き続けて来た私たちにとって愛の声を聴くことは難しいかもしれませんが、
もし私のことを100%信頼していて、無条件の愛だけを与えようとしている人がいるとして、その人ならこのときなんて言うだろうかとみてみると、さっきのセリフは、
「可能性は無限大だ」「あなたは受け取る価値がある」「あなたにはできる」というセリフに変わるのじゃないでしょうか。
「愛の声」だけが本物です。
宇宙のなかで自分に制限をかけているのは、「思考」すなわち「恐れの声」だけなのです。
他人を責める声も、「はっ。まだこういうことで動揺するんだな。内側に入って何があるかみてみよう。自分には解決する力があるのだから。」
と転換できるかもしれません。
さきほど、初夏のすばらしいエネルギーが私を満たし、喜びにあふれながら歩いていたら、
「いやはや、自分をほんとうに小さく見積もっていたな」と気づきました。
私たちは「恐れの声」を長く聞きすぎていて、宇宙にただひとつだけ存在する正真正銘本物の声である「愛の声」を忘れてしまっている。
もう一度言います。
「恐れの声」は全部ニセモノで、「愛の声」だけが本物なのです。









