「変なことしやんといてや」
「変なことせえへんよ」
という会話をしたことがない。


彼女にとっての「変なこと」はセックス自体を表すのか、それとも、素敵でないセックスのことを指すのか。きっと後者でないかなと思った。


ということで「変なことせえへんよ」というセリフを積極的に使っていきたい。このセリフはできる限り君が望まないようなセックスはしないように心掛けるよ、という意味なのだ。
キチガイの文章を書く方法というのを思いついてきちがいの文章や思考をネットで探して、メモを取ってみたが、ある瞬間からなんだか飲み込まれそうな恐怖を感じたので深追いせず今日はここまで。


!の使い方
句読点無視ー村上龍、筒井康隆
SF 数字 宗教 偏執 妄執 矛盾 年号 理論 デペイズマン 神話
必死 非詩的 自閉? 統合失調の論理性


自動手記や、ラリって書いた文章との違い。中島らも、シュールレアリズム。


現代舞踏 とかに似て、バランス崩しながらもバランスを保ってる。


@僕はいつも学校に行くためにバス
@ミゆキサンにツイテ
@簡単に言うと骨格と筋肉が一致してない。
@Q: 38歳の弟のことです。


・何が得れるかーわからん。統合失調の論理性を理解できるのであれば治療、接するのに役立つ?


「常人は妄想と現実の境界がはっきりしていて、両方をごた混ぜにして考えることは無いが
統失はその境界が溶けて区別できなくなってしまう病気だから。
だから抱いた妄想がそのまま現実認識になる。」

「統合失調症は、妄想により全能感を得る→現実的にはそれは間違っている→誰かが自分の邪魔をしている
という自分がうまくいかない理由を外部に探す作業が始まることがある。
だから、誰かが妨害電波を発しているとか言い出す。」


集団ストーカー、電磁波攻撃 漫画覗き屋 


CIA 咳 わざと 日本解体法案


ドグラマグラ、
同じアイデアの本

深淵を覗くものはまた深淵によって覗かれる。
風が吹いても血はなかなか沸騰しない。沸騰を待たずして凝固していく血液のどろどろさよ、ああ、僕はその粘度に恋焦がれる。

顔に大きな火傷を負ってから、引きこもり始めてはや2ヶ月、ぐじゅぐじゅと出るリンパ液を肌を傷つけないように脱脂綿で掬い取り、保存用に用意した冷蔵庫に入れる。この冷蔵庫が一杯になるまでに進退を決める覚悟ではある。

鏡が鏡でなくなって、僕は見たいものを写す素材をアマゾンで探す。ドットコムのほうね。

徐々に日本列島に近づいてくるハワイ島に移り住めば、ちょうど僕が死ぬころに日本へ自動的に帰れるというのを思いつき、ビザの申請を考える。グリーンカードも欲しいなあ。

局所と大局が同列に見えて初めて、人間になったといえるのである。
ゴールドラッシュ起こる予定の-TS3O1827.jpg

汚い空と言うものは見たことがない。
同じように、美しくない人にも出会ったことがない。
血はいつも紫がかっているし、下水は大抵臭い。
当たり前の事すら知らないと罵られ、毎回夕焼けに涙を流し、

アジャパー!僕は遙か彼方60キロメートル先からやってきた水嶋ヒロだよ!姉ちゃん茶シバかへん?
そして、介護の必要性を失いつつある身体に心なしかのみずみずしさを感じる。


ラノベとバブルガムサイケは一緒だ。鼻につくところが多いが基本はドポップででも変わったことしたげで、そしてなじみやすいメロディを奏でる。

携帯小説は相変わらずロンドンパンクだなあと思う。なら、その後ポストパンク的なものやニューウェイブに走る可能性があるのでは?勝手にわくわくしておこう。





僕が関係するすべての事象はそれぞれ別個に好きと嫌いの領域をまたがる円を描きながら動く。スピードもてんでばらばら。円の台座は日によって好きのほうに傾いたり嫌いのほうに傾いたり。鬱のときはその台座が嫌いを下にして直角になっている。円の中心を好きのほうに動かしていくのが人生のひとつの目的。いつしか嫌いがなくなるその円はらせんを描き大きくなったり小さくなったり。沢山の事象の、円上での位置が好きの領域で重なり合うとき力が溢れる。
その円を、現在位置に関係なく、円の存在自体を尊重し、受け入れる行為が愛である。好きも嫌いも愛す。カレーを愛しすぎると、まずいカレーも愛おしくなる。
全ての円が好きの領域に来たとき、それは悟りのひとつの形である。
知らない事象について円は存在するのか?存在しないのなら、手始めに全ての存在を知る方向で生きていくのもとてもいい。その逆に、今知っている全ての事象を好きの領域に動かすことから始めることも。知ってるものの大部分が好きの領域に大きくかぶさっているのなら、新しい物事に出会ったときにも不安なく対処できるのかも知れない。
ネクロフィリアのような、通常出会うことのない遠い円に出会った時のために、やっぱり僕は一応今のうちに沢山の円を僕の中に存在させたいと思ってしまう。どのみちいつかは混乱に陥るような円に出会うのだろうし。
全てが好きだとして、それが生産的な力につながるのか?それは疑問だ。悟りを開いたら僕は、今よりもっと気まぐれになるかもしれない。
僕のビジネス、それが
それが金にならないとき、
ビジネスが見つからないとき。
僕の一番好きなことは気まぐれに生きることかも知れないというしょうもない落ちになってしまった。
悲観。しかし僕はこの文章自体を愛しく思う。                                                                                                                                      


みんながおせじなく良い印象だけを素直に伝える世界。いびつな感じがする。
無駄に悲しくなったり落ち込むことはなくなったが、無気力に陥るのはまだよくある。瞑想をし続けていれば、また違ってくるのかな。かな。


文章に力が入らないのはいつものことながら。
錆びた香りが脳天を衝くんだ。


最近まろっとした文末が好きなんだよね。断定のことが嫌いになったの!?いや、それは違う。たぶんね、読み手を意識し始めたのかもしれないなあと思うんだ。文章の手触りを考え始めたのかな。以前は文章の中身が全てだと思っていた節がある。だからたまに内容以外のところでいらんことをする事があった。


今は感触。多くの人に知ってもらいたいのか、ただ文体を広げたいのかわわからない。もしかしたら村上春樹の書く男の喋り方が気になるのかもしれない。いや、そんな気がしてきた。


柔らかくて張りがあって、でも芯と熱がある文章はセクシーになれるのかな。

セクシーな人にはなりたいがセクシーな文章を書きたいのかはわからない。

マイルスは楽器の練習を祈りに例えた。なら僕は誰に書く?いや、神の視点を持ちながら同時に祈るんだ。僕自身に祈りを捧げる。内に廻る車輪に油を入れる。そうすれば、結果的に他人や人ならざるものへの祈りになるんだと思う。


放蕩息子の帰りを優しく受け止める母のように。


なんだか少し優しい気分になった。いま必要な気分ではあったが電車を降りた後は気分を変えるね。


それじゃあまた。
最後の晩餐は中華がいいんじゃないかと、安いゴマ団子を食べながら思った。

ゴマのいい香りにそそのかされたのもあるんだけれども、死ぬ前に中華を食べるというのをなぜか思いつかなかったのもある。

最後の晩餐、みんなで、あほみたいに大きくて、そして真っ赤なテーブルをぐるぐる回しながら、楽しむのだ。あほばかりだから円卓回しすぎてチャーハンとかが顔に飛んできたり酢豚のどろどろとかがお気に入りのシャツにべったりつくんだけれども、地球最後だから気にしない。酒を飲みすぎると寝てしまうので適度に控えよう。飲み潰れてる間に消えてしまう世界と言うのも素敵だけれどもね。

おなかが一杯になったらギリシャ人みたいに指を喉に突っ込んで食べたもの全部吐くんだ。そしてまた食べる。いい加減喉とか痛くなっても気にしない。タバコも吸えばブロン飲むやつもいる。何処から持ってきたかわからないハッパ吸ってるやつもいる。とにかくパーティだ。多人数となると流す曲を選ぶのが難しくなる。だからいらないかな。うるさくて聞こえんだろうし。飲みすぎてしまった僕は喋るのがめんどくさくなり、部屋の隅っこのカラオケセットと壁の間に挟まり喧騒に耳を澄ます。誰かがたまにやって来て喋り、また去っていく。すこしうとうとしてるとビールをぶっ掛けられて起こされる。ちょー、といいながら回復した体を起こし、ウィスキーを口に含み毒霧の仕返しをする。部屋の反対側ではあほがあほに脱がされている。

なんやわからんが笑う。何処ではじまったんか知らんが誰彼かまわずキスするやつが出てきて、何で地球最後の日に男にキスされなあかんねんと思いながらも無理やり唇を奪われる。地球最後の日だから、気になるあの子に近づけない。

隅っこで座ってる僕の右手が何かに触れる。腰を浮かしてみてみると何かのスイッチ。もちろん押す。

ガウィーーーンという音が鳴ってる。が何処からかは分からず。上を見上げるやつがいるから上に目線を向けてみると天井がね、こう、ウイーンと自動で開いて空が見えたんだ。夏前だからかまだ日は暮れてない様子で、青にオレンジが少しかかった空。雲はあんまりない。星はいくつかある。

知らず騒ぎ続けるもの、上を見て涙を流す人達を見て僕はゆっくり目を閉じる。ゆっくり開ける。閉じる。開ける。閉じる
8月23日

今日もばかみたいな寒さだった。日中は特筆する事なし。
帰宅後、届いていた郵便物の封を開けて中身に目を通す。
先月頂いたミグラノス語で書かれた古文書を知人に翻訳して貰ったものだ。



---以下当該文書の翻訳文---

燈の月4日
 連合国からは喜びの木が贈られてきた。このような事が最後にあったのはおおよそ400年前、1550年頃だと村で一番長生きのこむつが言っていた。その際に贈られてきたのは千の刃が付いた銀の王冠だったらしい。ただその王冠は現在行方知らずということ。


舌の月42日
 喜びの木が来てから村がおかしくなった、と気づいているのはどうやら私一人だけではないらしい。数はまだ少ないが夜中に家を抜け出し森へ向かう人々がいるというはなしだ。今晩森へ様子を見に行ってみようと思う。


舌の月43日
何にもなかった(訳者注:前の2日分の日記と明らかに筆跡が異なる)

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胡散臭い内容であるが文書自体の信憑性は高いと言われた。先人が書いたフィクションなのか、それとも実際にあったことについての文章なのか。

フィクションの廃れた現在、フィクションの価値は一部の文学者を対象に高まりつつある。これは良いものを手に入れたかもしれないなあ。


明日は仙台に用事があるので今晩は早く寝ることにしよう。



メロンソーダの鐘の音 昭和歌謡わだかまりを成す
連合強化の錆の色 声高らかに三日月を討つ
やがて線が円になり 外様は蛙の知り隠す
幼齢にかける甘いシロップ 色つきながらに答えず灯す


よくわからん。が、おもしろい。

悪い姿勢からくる腰の鈍い痛みと。眠気から来るこれはいわばトランス状態。トランスって日本語でなんだったっけと考えた瞬間出てくる変容意識、アルタードステイツ altered states サイケロックを聴いてトランス状態になった覚えはないが、浮遊感は感じたことがある。でも浮遊感ってべつにサイケじゃない気もする。幻覚は見たことがない。幻聴もない。

空白が真実となり、SFの影響で3次元が矮小に見え、この今日の心さえも偶像化、または製品化されるのは時間の問題と思いつつも、なぜ人は日記を書くのか。そういう問題を考えるのは楽しいが、考えるのをやめるほうが楽しい。共に肩組み笑いあいながら地獄へとまっさかさまに落ちていける、そんなパートナーを欲す。友人からの打診。ありがたいが僕である必要がないからこそやってみるべきなのだと思う。熱量を奪いに行くのである。まどろっこしいのはおまんこの中だけで十分だ。フェラチオはあんなにスマートじゃない。よく見ると、電波が空中に飛んでいるのが見えますという人を電波と呼ぶのなら、あなたにも電波が見えていることになるんじゃありませんか>ゆうことなし。

その他、もろもろの思想なども、人間3世代くらいで全く違うものになるという。だからといって3世代後に期待を膨らまし弦時代を無視するのもどうかとは思うけれども。冷凍カプセルがあれば、何人入るだろう。僕は入らない。

インすたんコーヒーに佐藤を入れる。砂糖を呑むためにコーヒーを淹れる。これが正しい飲み物のあり方じゃないかな。あ、熱量が落ちてくるのが感じられたので、いや、眠気が覚めてきてしまったのでここまで絵。この文章を書いてる間、まったく瞬きを、いちども、瞬きを、まぶたを、瞬きをしてません。これで僕の誠実さと受け止めて養子にしてくれる人を募集しながら、もっさい格好の姉ちゃんに欲情するのでありんす。
ゴールドラッシュ起こる予定の-TS3O1807.jpg

セミがもう鳴いている。

俺はもう気が狂いそうだ。8月と6月の違いすらもうわからなくなってきた。1センチメートル四方のなかで8と6にどれほどの差があるというのだ。直径3ミリメートル程の半円があるかないかということだけで人が殺される可能性もある。へーゲル的に人間が完全に向かって進むのであればいつか必ず文字は、いや言語は、コミュニケーションそのものは捨て去られなければならない。より善く生きろと言われるのであれば俺は、先達の人々を見習い一切のコミュニケーションを捨て去る。お前らがそうのたまうのであれば、俺はてめえ等のコミュニケーション手段をすべて叩き壊してやる。


もう遅い。怯えて震えて待っていやがれ。
もう遅い。怯えて震えて待っていやがれ。
もう遅いぞ。震える理由すらきれいさっぱり消してやる。どうやっても無駄だ。自業自得という逃げ道なんて甘っちょろい考えも棄てておけ。
お前らがすべてを失う前に肉体を冷凍保存したとしよう。再び復活する日はない。人数は関係ない。おまえ等に命を再び与える人間がいないからだ。プログラミングも意味がない。俺の一切のコミュニケーションを奪う対象には一切の機械、からくりも含まれているからだ。自死も意味がない。おまえという存在はコミュニケーション不在の世では量子時間的にも残像を残さない。死後の国への期待も意味がない。存在するならば俺が必ず追いかけに行くからだ。おまえ等の存在はこの瞬間から追われるだけのものと化す。意識を絶っても意味がない。睡眠は無意識とのコミュニケーションであることを忘れるな。

何秒後か、何時間後か、何日後か、何年後か、何世紀後か

世界は、×××××××××××。