2,3日かんくすぶってたデカダンが払拭された。やる気がでたぜ。

顔がおもろい

9点

仏教思想だって誰かが言ってた意味が分かった

形而上学な話がもたらす快感は素敵である。健康的かどうかはおいといて

革命的なアニメかどうかは知らないがとてつもなくハイクオリティ

すごい思想書があったところでたいした人数は見ないがアニメと言う媒体では多くの人が触れる。

しかも知的に見せるためだけの思想ではないところもいい。

SFだとは思うんだけれどもファンタジーではないとも言い切れない

SF宗教ファンタジー、ってとこか

こんなアニメを宗教団体が作ったのなら信者の数はたいがい増えると思う。

熱量を持つアニメ。

ただ顔がおもしろい。

魔法少女だけペンで書いたような顔なのは初め存在の薄っぺらさを出すため、若しくは虚構感をわざと出すためかと思ったが最終的によく分からなくなった。

本編だけでみるとたぶん3時間半くらいか。同じ長さの映画よりはよっぽど見やすい。

ポップな名作。

たいていの人が見て理解できるだろうってのもいいなあ。無駄に説明する必要がない。ただどのくらいあほなら理解できないというのかも気になるところ。

誰もが見るべき名盤である。

映画2本見るのとたいして変わらないのにどうして沢山見た感じがするのだろう。やっぱり基本30分だからかな。

おもしろくないって言う人の話をきいてみたいと思う。

こりゃたしかにすごいわ。

必然性の感じられる脚本。

日常

表紙がいい。
ギャグは別に面白いってわけではないけど。ほのぼのシュール
キャラの動きは好き。絵を見るために漫画を見てる感じ



エアマスター


そう僕がエアマスターを読み始めたのはジョンスリー対渺茫
正確には月雄怖えからだったと思う。
久しぶりにハアハアと呼吸数が上がった
ドキドキとかじゃなくてハアハア
エアマスター覚醒時はそう作者が書いたのか知らんが踊りっぽくてドキドキはせんかった。
ジョンスリーと渺茫の発頚しあう見開き、よだれがでる

昔見たときは変な絵やなーって思ってたけどハチワンダイバーで慣れたのか
でもやっぱり最後の渺茫戦はマキと渺茫がぶつかるところ意外が楽しい。頂上決戦が楽しくないってどうなんや。



まどかマギカ

前情報がちょこちょこ頭の中にあるのがうっとしい。
だからみんなリアルタイムでみるんかな。

へんな感じのするアニメ。
キャラの顔が面白い
まどかのあわあわっぷりがうっとおしい

異次元に迷い込むところに違和感を感じる。
なんで4つ打ちなんやろう
化け物のグラフィックも単体では好きやけどアニメのキャラと合ってるんかなあと思った
変身シーンはなんか好き
虹色みたいなエフェクトは綺麗。

よう練って作ってるなあ。
と思いきやファーストフード店では全然食ってないのに出て行こうとしてたり。

ぼやけた世界が素敵。

とりあえず一話目を見た。
プログラムを少しかじって一週間、ここ2,3日は全くといっていいほど触っていない。
観察してみると、一旦とまってしまったことによるめんどくささと中途半端な概念の理解が消化されきってしまったことがあり、なんか分からない分野に対する恐怖心のようなものもかすかに見える。

どう復活させようか、楽器のように日にちをおいて欲望が復活するようなものならほっとくのだが、道なんだろう。調子にのって不用意に突っ込みすぎたか?
あと、手当たりしだいと言うか、とりあえず分からないところはぽんぽん飛ばしてもう一回見ようという作戦がもしかしてマイナスに働いてるのかも知れない。何処から再スタートを取ったらいいのか明確なスタートが分からないんだ。中途半端に手をつけてしまったことによって超入門から入るのがめんどくさくなっているのかもしれない。ここは気を切り替えて、全然手をつけてない言語に走ってみるのがいいかもしれない。

端的に言うとプログラミング関係なく新しいものに向かう活力が今切れているだけなのかもしれない。それなら別の解決方法を探さなきゃ。

不安ともやもやは吐き出した。とりあえず明日考えよう。


ジョニーミッチェルのBLUEを聴いた。買ってからなぜか全然聴かなかったんだが、すげえや。全曲自分で作曲してるとは思えないほどのクオリティイ、そして単純に歌がいい。ジャケット見てはじめはずっと黒人だと思っていて、金髪白人だと知って、でもそれでもこのジャケットを見るたびに黒人にしか見えない。


あと、検索ワードで 鳩山 刺青 が出てくるのに吹いた。そんな単語書いた覚えないぞ。それにどんなやつがそんな検索文打ってるんだよ。気になる。
二日ほど前近所のかわらで夜中に大声で歌った。ので今は歌いたい欲はない。
定期的にたまる欲はどんなのがあるのか

歌う
楽器を弾く
喋る
音楽を聴く
映画を見る
文章を書く

こんなところか

後は突発的な欲望、絵を描いたり何かを作ったりという感じか

これらの欲をある程度把握しているからか、それとも一時期していた瞑想のおかげか、無駄にいらいらすることはあんまりない。

瞑想、これは筋トレと同じなのか、それとも一続きの道なのか、これはとても気になる。楽器のようにたまに弾くだけでもある程度上達していくのならいいが、筋肉のようにトレーニングをしないとしぼんでいくのなら最近瞑想していない僕はとても困る。いやしかし、精神は筋肉と違って瞑想というトレーニングをしなくても日常生活で負荷はかかるものなのでそういう意味では衰弱することは余りないのかも知れない。
瞑想をしないといってもたまにストレッチと同時に目をつぶり3分ほどはしたりするのでそれで保たれているのかもしれない。

3分間瞑想法と言う本を読んでから、以前よりさらにフランクに瞑想することができるようになってきた。

はじめは心の平穏や強さを求めて行っていたが、それも最近は徐々に消えて、祈りのようなスタンスで、なんとなくしたいからするというものになってきている。

最近は詩は書かないなあ。なんでだろう。地に足をつけたがっているのか。重力から逃れるのがバレエ、重力を感じるのがコンテンポラリー。だからどうした。

無心で無信。

今この瞬間は気持ちがいい。徐々に遠のいていく昼間の熱気。眠気ではないまどろんだ頭。チルアウトに入るのか。

文章を書いて熱病みたく頭が猛回転するのはよくあるが、今のこのふやっとひんやりした気持ち。面白い。


倒れた小さいスピーカーから流れてくる音が丸っこくて気持ちいことに気づいたのでもう片方も倒してみる。直線でないおとだからか、

このスタンゲッツとビルエヴァンスのアルバム、今宵にこれでもかというほど合う。
麦茶が甘く感じる。

他人の見る夢に興味はあるか
自分よりもっと複雑で、情動的である夢を見ることによって何を見出すのか
デジタルの質感。これは本作でとても大事だ。虚構性の増加。
リンチはハンディカムで撮ることによってフットワークの軽さを手に入れたという。本心かどうかはわからないが。
YOUTUBE世代において僕らは世界を見るときほとんどデジタルな信号を通してで見てる。
世界は狭くなったが、飛行機の発達以来からは別に物理的な圧倒的距離の縮小は起きていない
写真すらもデジタルが多くなってきてる。
夢はあやふやで
デジタルは切り落としているようにも見えるが、逆にデータ間の空白を作ってるとも言える。
アナログはある意味原子単位まで埋まっていて、その隙間で僕らは自然化不自然か判断するんだけれども

そのデジタルの隙間には何が入る?個人の欲望?希望?
ちょうど目の盲点が自動で補完されるように、そのデータの隙間にも「あるべきもの」が滑り込む。
これによって、観客にオリジナルな、その人だけの見えるものを作ることができるんじゃないか。

複製可能な技術だから
こそ生まれる差異。

その差異が大きくなれば(どの観客も気づくくらい)、合気道のような作品ができるのではないか。
ロールシャッハテストに近いともいえるが、ここで補完されるのはあくまで観客ひとりひとりに個別に「見えるもの」なので、観客は他人との見えるものの違いに果てしない違和感を、疎外感を覚える可能性が高い。そういう意味では暴力的である。しかし理想的にいうと、そういう作品を通して飾り言葉みたいな「ひとりひとりみんな違う」ということを感覚的に理解し、それを認めた上での強い自我が形成されるのかもしれない。

ギリギリわかりそうでわからないストーリーで同じような効果を作ることはできる。まあこれは昔から行われてきた技法だけれども。

ただエンディングロールで流れる曲は文句なしにかっこいい。と思って今ユーチューブで聞いたらそこまでこん。この映画のコンテクストで聞いたからよかったんだろうな。カタルシスがない。


素人が同じ手法で撮った映画を見てみたらリンチのすごさがもっとわかるんかな。

ゆうきなえのモノローグは全然分からんかった記憶がある。

最後に見たのはたぶん2年くらい前な気がするな。今見たらもっと面白そう。

デジタルだから、いろんな階層の世界がミキサーにかけれるのかもしれない。異なる熱量、大きさを持つ世界が均一に並べられる。


見ないことには書く熱量が足らん。
ワインとロックよりビールとロックのほうが短絡的に合うと感じてしまう。

ロックが持つイメージとそれぞれの飲料が持つイメージの符号

コーヒーアンドシガレッツも一緒か、

イメージに従うことで自己陶酔する

組み合わせを変えることで新たな情景やゆがんだ情景を作り出せる。
シュールレアリスムのひとつの方法。
プログラミング勉強したいからなんかお題くれと友達に言ったところトップページでのエンターボタンがハエみたいに動き回るのがいいといわれたのでやってみることにした。期限は来週水曜日。

まったく分からんけどflashとかjavascriptとかそんなんやろうなと思い家に帰って検索。あることはあるがただコピーして貼り付けたら終わり、ってなりそうなのが微妙にない。部分的なコードだけあってもまったくの白痴な僕は全体の何処に組み込めばいいのか分からん。とりあえずゆっくりコードを読んだりしてみる。

羽が羽ばたいてるようにするには
どうやって画像を読み込むのか
どうコードを書くのか
クリックした時の画像の変化
javascript不可の人のためにどうしとくのか
skipという選択師
scriptの軽さ
四角形の画像でハエの体以外の空白部分を背景まで透過できるのか。
ブラウザ、os間の差異

なんか付け足す機能がないのか

おーいぇー久しぶりにわけが分からない感覚。どっから攻めればいいのか問題を分解したい。が、今日はもう気分ではない。

とりあえずはとりあえず動くことを目指す。

今HP管理してる人になんて聞いたらいいんだろう。連絡先はもらったが電話やメール上では専門用語もわからん僕ではなんて説明したらいいかわからんしそもそも相手がどのくらい詳しいのかもわからない。

カーソル

英訳
参考 
AMT

おもしろいではないか
不謹慎、反社会的、反モラル、タブーと思いつくこと

暴力
違法
ナチ
ロリコン
ペドフィリア
ネクロフィリア
レイプ
天皇
人種差別
男女差別
キチガイ
障碍者

偽善
金儲け
倒錯
盗作
家賃を払わない
部落
土人
カタワ
オマンコ
中絶
ドラッグ
アル中
タバコ
虐待
ネグレクト
みてみぬふり
いじめ
強要
強制
洗脳
マルチ講
宗教
ゲイ
浮気
裏工作
インサイダー
搾取
独裁
リンチ
死刑
去勢
略奪愛
自殺
親不孝
無職
盗撮
盗聴
自慰
近親相姦
借金
詐欺
汚職
職権乱用
偽装
独占
奴隷
自由
隷属
放棄
恩知らず
露出
痴漢
無駄遣い
強欲
飽食
反エコ
放火
7つの大罪
十戒
戦争
迫害
気まぐれ



これらがない世界は世界ではない

が、これらが当然の世界も恐ろしい。

体制と反体制は永遠なのか。
生まれて初めてケンカをしそうになる

場所 日本橋のブックオフ

相手リュックをしょった僕と同じくらいの年の男


狭い通路ですれ違いざまにぶつかり舌打ちをされたので振り返って目を見合う。2、3秒くらいでなんなんみたいなよくある会話に。声はあらげないように、でも二人とも声は低くしたかったのか二人とも小声。結局何で舌打ちしたん? 別に。 なんもないのに舌打ちするん? ああ という感じにグダグダになり二人はそれぞれの方向に歩き始める。

折しもヤンキー漫画を立ち読みした後だった。

店を出て考えたのが相手がもしムキムキのおっさんだったりヤクザやヤンキーだったらどうしてただろうということ。

すぐに手が出ることはなかったなあということ。

体格が僕より少し小さめだったが僕よりむっちゃ強かったらどうしただろうということ。

僕はどれくらいの強さなんだということ。

派手なシャツを着ていたことは相手の反応に何か影響を与えたのかということ。

ケンカをするとしたらどこでするんだろうということ。繁華街で人通りの少ない裏道なんてないからどこですんだろうね。

店で喧嘩をしたらしょうもなく止められていちばんしょうむない感じで終わるだろうし、外で場所を探すとなったらなったで歩いているうちにしょうもなくなってくるんだろうな。

僕はぶつかることに対しては何も言わないが謝るならともかく舌打ちされると言うことにはいらってきたと思う。

相手の目は僕の目をまっすぐみててぶれなかった。
バンドを一緒にやったらちょっとおもろいかなと空想した。

友達にはなれるか?多分なりたくないかんじだ。


僕がどのレベルまで去勢を張るのかが気になる。また己のプライドを大切にするのかも。 


なんだかなあ。友達に暴力的な手段にでるような奴がいないからわからない。わからないというだけで興味がふくらむだけ。

ケンカすることを考えてる時、やっぱり自分が強かったらいいなあとは思う。


大切なものを傷つけられたりしたことがないので想像が及ばない。

でも一回ケンカしてしまうと多分どんどんケンカっぱやくなってしまうともおもう。

知らなくて良いことではない気がする。

ケンカすることがこれからはたしてあるのだろうか。


怒ることは少ないからね。

自分で去勢されてるだけかもしんない。


ゴールドラッシュ起こる予定の-TS3O1784.jpg

サイモンフィンという好みにドンピシャな物を教えて貰う。たまらん。が、聴いたアルバムは少し長過ぎる感じがした。世捨て人系のサウンドが長いとどうもねえ。


昨日は少し遅くまで起きていたのでなんだか次起きたら今ある熱量が失われてしまうのでは、とも思ったが眠たいまま外に出てもまだ熱のある芯のようなモノを体内に感じたので今日は大丈夫だと思う。


昨日は00年代総括したレビューとディスクガイドをが一緒になった本を読んだ。前書き程度の文章群かと思いきや薄い本の半分を締めていた。そして批評がアホみたいに面白い。無駄なジャーゴンなく地に足が着いた言葉で切り込んでいき、時代を評する言葉によって何度か僕の中のもぎゃもぎゃしたものが言語化された気がして、批評の素敵さを真摯に受け止めた。


そして当たる確率が少ないからとからといって新しい方向を積極的に見ない自身のことをふっと考えた。


アーケードファイアーのfuneralがものすごく高評価なのには驚いた。良いアルバムだとは思っていたが時代を表す音として捉えられているとは。聴こう。


降神のセカンドとSHINGO西成も聴いた。好きな感じではあるがこれが日本のヒップホップの端っこだといわれるとhiphopの層の薄さに驚く。もっとぎゅにゃりとなっているのがいてもいいんじゃないか。いるのかもしれんが。ただ相変わらず情報量の多さに驚く。SHINGO西成はポップで聞きやすかった。ちょっと下手くそな前のめりかんが昨日の気分にはあった。降神は友達の言う歌詞の危なさがわかんなかった。いい詞だなあとは思ったけども。


後はphewのカバーアルバム。あの声はまだ僕の中で必要となるタイミングがない。浅川マキみたいなんほうが好み。もちっと聴けばしっくりくるかもしれんし、かもしれん。


最近のCDの音のクリアさが嫌いだというと友達が小さい音でも細部がはっきり聞こえるという利点を教えてくれた。


恋愛は芸術において有効に働くかと聞かれ、熱病だから取り合えずいいと答えた。そうか病気かと彼は言っていたが僕は借り物のような答えで答えてしまった自分をなんだかなあと思った。もちろん答えた内容は僕の中で一番しっくり来る方の意見ではあるが、でも、たぶなんかその答えが嫌いなんだろうな。


昨日コンテンツ元の友達がホームページでしてみたことを教えてくれたので帰ってからjavascriptについて検索した。けっこうなんでもそこらにコードが転がってることに有り難さを感じながらも熱をそがれた気がした。そのまま熱量が消えてしまいそうでなんだか寝るのが怖かった。そこまで日本語の情報が多くない言語がいいなあと思った。何でもあるとだめだ。でも何にもないのもだめだ。時間とモノは足りないくらいがいい。


プログラミングにたいしてほぼ無知識なのでプログラムが表示される画面の前でうんうんとうなるだけの物語性のないループの夢を見た。


ループする夢ってたいてい楽しくないよな。ミニマルに気持ちいい夢があってもいいんだと思うんだけど。ノイのアルバムみたいな。


毎日書くと長くなる。書かないと短くなる。ランニングハイは体験したことないが類似性は感じる。サイケロックのギター垂れ流ししかり。


たれ流すのは楽しいがどんどん色々ぼやけて芯がなくなる気もする。

そろそろバナナくわなきゃ