お腹がいっぱいになっているのに口寂しくて、何かを食べてしまうことがあると思う。
今さっき、それでしかたなくカップ焼きそばを食べた。
太る体質ではないので、太る心配はしないが、まあ身体にも、精神的にもプラスにならんことだろうから嬉しくはない。美味しさも半減しているし。

今日はさっきから、何をしたらいいのかで変に焦りながらネットサーフィンをやっている。
アフィリエイトの情報等をみながら、どうにか自分でもできるような仕組みがないかと考えている。僕が飽きず、手軽に、楽しく、ネタ切れせずできる方法。そんなのがあればアフィリエイトが要らないような気もするが、まあまあひとつのモチベーション、方向づけにはなるだろうからいいと思う。

そんなこんなで、写真をネットにアップロードしたいなあということで、Flickrにアカウントを作った。

部屋をすこーしだけ片付けた。

片付けするなら暑くなる前の朝か、風呂はいる前の汗かきてーな、というタイミング。
幸いにも、家はゴミを捨てやすい環境なのでありがたい。

本を読むのか、どっかに行くのか、映画を見るのか、

なんだか、久しぶりに漫画喫茶に行きたい気分である。10時間パックで漫画を読みまくる。

タバコを一週間ほど吸っていないので、禁煙の匂いがこましな空間で漫画をだらだら読むのも体験してみたい。


「タバコを吸っていない状態で」っていうのがここ数日のテーマかもしれない。

いろいろな体験、ライブに行くことやお酒を飲むことが、新鮮味を持つ。


最近、パソコンのほとんどの表示をメイリオにするソフトを入れたので、今書いているこの文章も、リッチテキストのボックス内において、メイリオで表示されている。けっこう気分が違って感じられるもんだな。

こりゃあ、


タバコを吸わないとコーヒーもあんまり飲まなくなる。
自動でデカフェされてまあ都合が良い。


今日は出かけないといけない用事があるので、それまで何をしようか考えよう。
時間はたっぷりあるのにこの焦燥感、困ったなあ、瞑想でもしようかと考えるが、焼きそばの味が口に残っており、それは頂けないので歯磨きでもすることにする。
始末
時計のハリがガタガタ進む
スルメのような肌を身にまとい、地下道を駆け抜ける。そして突如現れたまばゆい光。天井が崩れてきたのだ。瓦礫の粉が舞い、太陽の光を乱反射させる。きらきら、きらきら。穴が開いた理由はわからない、が、とりあえず怪我をしていないことに幸運を感じる。
瓦礫の方へ進みより、じつとみてみると、かすかに人の気配がする。粉々になっていて、持ち上げるのは難しくなさそうだったのでひょいと持ち上げる。なんとそこには。
近々地球は消滅する。ぞうの消滅のようにひっそりと、くじらの勃起のように隆々と。
違いなど恐らく、はじめから無かったのだ。
僕がストロークスの新譜を聴こうと聴きまいと、世界は確実に終わりに近づいていく。
中二病にはもうなれない。中二病という単語が有ることで、それを知っていることでどうしても中二病がメタになってしまう。純粋なスカムがもう無理なように。情報を遮断し、記憶を失い、それでも難しい。ゴマのように身体が覚えているだろうから。
果たして脳を入れ替えたとして、神経は記憶を持つのだろうか。検索はシないでおこう。
近々世界は終わる。不自然なほどの唐突を伴って。
近々僕は海に行く。これは予言ではなく指標である。僕に許されたたったひとつの計画表。
寒い季節が過ぎ、ノートパソコンでネットサーフィンをするようになった僕は、また書き始める。身体的ではなく、精神的な冬眠から覚める。
そうして吐き出された言葉には、冬の記憶の匂いが少しは染みているのだろうか。
そうだといいな、と考えながら僕はタイプする。
腐った牛乳をコーヒーに入れ、タバコを啜る。
みかじめ料はとうに払っている。
上手いシステムである。
とりあえず、筋肉を再びつけ、旅に出る。
タイピングが上手くなったのだろうか、オザワをやろうか。
曲を作らねば。写真を取らなければ、美しい皮膚を手に入れなければ。
プログラミング、フォトショップ、デザイン。
カメラ、メガネ、服、整理整頓、時計、自転車、エフェクター
さっぱりと寝ることのできるシーツ。ふかふかサラサラのブランケット
新しい歯、修繕された歯。腹が減ってきた。
文章を書くことがこんなに楽しいとは、とは書いたがそこまでテンションは上がりきってはイない。
が、しかし、十分にシナプスは発火しているとは思う。
腐りなりにもアウトプットだからな。
目的と目標を持ったものであればそれは素晴らしいものになるのであろう。
とりあえずは頭の中をスッキリさせてみたい。
これは脳内の大掃除であり、瞑想するためのゴミ捨てであり、


愛しいと思う気持ちを

ああ、ブルーノ・マーズはもっといいアーティストだと思ったんだがなあ。
ひどい洋楽である。

アリエル・ピンクに替えるが、なんとなく避けられないこの現代の匂いは今ボク要らない。


ああ楽し。
その熱情をもっと人のためになることに活かせよ、と言われた僕は怒り狂ってそいつの頭をゼリーになるまで壁に打ちつけた。隣の部屋の住人は怯えるばかり。写真集でこんな情景を見たことあるなあとか考えながら、みだりに人を傷つけてはいけませんという母の教えを思い浮かべる。ふわふわ浮かんで来たのは青白い雲で、僕はそれに乗って東に行くことにした。!と?の境界線の上で僕は宙返りをする。何度も何度も、失敗するまで繰り返す。だんだん境界線が薄くなってきて、僕は痴情のもつれの真っ只中に放り出された。お見事!
けったいにけむくじゃらに、ストーリーのストーヴィングは進む。とりわけあの部分が好きなんだけど、とりたてて好きというわけでもない。つぶらな瞳に見つめられ、劣情をかき立てられ、ズボンの前は膨らみ、とちつてた、と日常使わない音節の繋がりを口に出してみる。意味がないという点において、それは呪文のようであり、呪詛に近い。風雲タケシ城を僕は見たことがなくて、それがコンプレックスになってしまっているのだけど、そんなことを気にするなといつも言われる。たしかにそうだよな、とは思うのだけど、コンプレックスってのはそう簡単じゃない。気になって、気にしたくなくて、それを望んでしまっていたり、そういうのがコンプレックスというものである。コンプレックスの定義など知りたくない?そんなことはないよ。君も知りたがっているんだ。いわば、コンプレックスへたいするコンプレックスである。
現在僕らがこうして笑っている間に、時計の針はその動きを止めようとしている。つぶさなビートの隙間隙間に私たちはいるのだ。いつだって君は、腕時計を右の手首から左の手首に換え、またその反対をする事を続けている。時計を気にするな、と言っても日は昇り沈むのだから時はどうしても僕らの細胞膜をすり抜けてくる。浸透圧が不安定になり、イオンと時分子が交換される。仮に、陽が昇ったままだと考えよう。どうなるのか。ぱっと思いついたのは、どんどん熱せられてカラカラになってしまうこの星の姿だ。不思議なことに、その光景を想像して僕はなんだか気分が良くなってしまった。それはきっと、ゴミの中から真珠を見つけるような、そういった種類の出来事なんだろうけど、まあ単純に不思議といえば不思議である。

時計の針が再び動き始める。もしかすると、針はずっと動いていたのかもしれないし、かもしれない。継続的な断絶には、永遠を見いだすことが可能である。時計を裏側からみると、針は通常と反対に回る。当たり前だがこの事実はロニーにとってとてもショッキングな出来事であった。つながりが断ち切れるのを感じた彼は、食べかけのカレーライスを残し、カレーと米粒がいくばか付いたままのスプーンを持って教会に急いでいた。教会の前では、ミルトンの失楽園(パラダイスロスト)を持った1人の少年が首を吊っていた。さっき吊ったばかりらしく、まだその体はビクビクと痙攣している。痙攣とは別に、西の方向、太陽が一番高く昇る方向から吹く風が、少し長めの少年のブロンドの髪を揺らしていた。反射する光に目をしかめながらも、男は少年の観察を止めようとしない。少年は胸に「カートコベイン」と筆記体で描かれた袖の長すぎるトレーナーを着ている。深い青色をしたトレーナーの襟元を濡らす吐瀉物。失禁のためにかすかに濡れている緑色のスラックス。靴はきちんと足元に揃えられて置いている。たしかこれはサドルシューズという種類の靴だったはずだ。クリ
ーム色と茶色のコンビネーションがイカしているぜ。

ベルトランは少年の手から本を引き剥がしてページをめくっていく。蛍光ペンや赤ペン、鉛筆などで書き込み、マークがあることからスウェーデン人のウィシュイッツ刑事はこの本が複数の人物の手を渡ってきたことを推測する。本の最後の方をめくると、写真が一枚挟まっていた。比較的最近プリントされた写真のようだ。白黒のその写真は、ブレとピンボケのひどいため被写体が何かを伝えることは全くなかったが、それでも、なにか禍々しいものに関係があるということはその写真を見たものは誰にでもわかる用に作られている。写真の可能性を示す作品として、美術商が大枚はたいて買っていってもおかしくないとドリーはその手紙に書いている。


少年の痙攣が止まり、教会以外墓しかないというこの奇妙な渓谷はその力を強める。
くらいがらな、ときめきをてにして、普段は見せないふしだらな格好を目にしてみれば、時計の針宙を中心にして止めどもなく、ところがその実疲れ果てた溝谷。つきのわぐま時計の針回し、中間を無にしてところなしにしてつばくがたもう 素肌に触れる遠くの景色 未来をすら糧にして今に生きる。


ところで、ぼくの財布はどこに行ったのだ?
sutekka- どうなることやら
翔び出せ六万回転
ふれあいの里についたのはかの10半頃
半殺しの眼に遭いながらあいを探す。
ガス欠の車に乗り込み、勢い良くエンジンをかける、が、もちろん動かず
しかたなしに数を数えながらふさぎ込み、
混みだした周囲をジトリ眼で見回す。
見回す先に見つかる愛しのあの子
こちらには幸いまだ気づいていないようで、それをいいことにぼくは 
車から降りてその子の後ろに近づく

彼女の背中には棘があって、あんまり近づくと刺さって血が出る。
だからぼくはその、ギリギリ刺さらない距離まで近づく。
愛しているなら刺さればいいじゃない、と君が思うのも最もだが、
ちっちっち、それは違うんだな。
僕は刺さりたくないわけじゃない、むしろ刺さって、離れなくなって彼女とともに一生生きていきたいと思うくらい彼女を愛している。
でも、彼女が彼女の棘で人を傷つけることを恐れている。本当はそれは勘違いなのに。
でもまだ彼女はそれに気づいていないから、僕は彼女の意志を尊敬しようとしている。
傷を与える、与えるということはプレゼントだ。それが痛みであろうとなんであろうと。

例えば考えてみて欲しい。無視というのはコミュニケーションの一つだ。
無視よりひどいのは、空っぽな会話である。
それはコミュニケーションに一見見えるが、何も行き来していないという点で、まったくもってコミュニケーションではない。

彼女の棘は、一度刺さったことがあるんだけれども、刺されたものに甘い感情を与える。棘から何か特殊な成分が出ているんじゃないかと思うくらい、甘い気持ちになり、そして実際、本当に甘みを舌の上で感じる。

甘い棘、なんて素敵な。

しかし彼女は、あくまでも棘は棘であるとして、懇願する僕を彼女の背中に近づけてくれない。

だから今日は、彼女が気づいていない今この瞬間は、またとないチャンスなんだ。

いつも彼女は敏感だから、背中を人に向けない。
今日はあんまりにも人が多いし、変な空気がふわふわしているせいで、背中のことや周囲のことを皆が忘れてしまったかのように見える。

何人もが、僕が捨ておいた車の上に腰をかけている。
やっぱりイナバではないので、言っても5,6人といったところだが。

なので、だから、今日は本当にこの真っ白な空気の中で、僕が幸せに息を引き取ることになるであろうことは、本当に、心から、幸せなのである。

目を閉じる。


甘い















母乳が止まらない、と言っても病気ではないのだ。ただ、母乳が止まらない。いつの間に母になったんだという私の母の詰問は置いておき、さてこの母乳をどうすればいいのか考えることにした。まず、もったいないというフレーズから簡単に思い浮かぶのは飢えるアフリカの子供たち。そうだ!空輸しよう。とはいっても空輸の場合気圧や温度の関係で色々とトラブルがありそうなので今回は船便で送ることにした。一日大体2Lくらい出ている計算なので、1ヶ月貯めるとなんと60L.きっとこの60Lで30人の子供の命を2ヶ月くらいは伸ばせれるのではないか。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

後日判明したのは、その母乳は母乳ではなく、実は腐乳だったということ。なんてことをしてしまったんだ。幸い私の腐乳を飲んだ子供たちに別状はなかったらしいが、そのかわりに変な依存症にかかってしまったらしい。その子供たちはもう彼らの母親の母乳では満足できなくなってしまったらしい。どうしよう。どうしようもないからもっと送ってくれという手紙がアフリカから毎日やってくる。その手紙にはギラギラした眼をした子供たちの写真が同封されていて、なんとも心が痛い。なんともめんどくさいことに、どこでその噂を聞いたのか、怪しい中国人が私の腐乳を売ってくれと言ってくるし。もうやんなっちゃうぜ。

年明けにはこの腐乳は止まるらしいが、それまであと2ヶ月、どうしようか。このまま捨てるのもなんだかもったいない気もするのでとりあえず大きな業務用冷蔵庫をリースしてそこに保存することにする。知り合いのつてをたどって私の腐乳の成分分析は今やってもらっているところで、その結果次第では、なんとか私の腐乳を平和利用できるかもしれないということなんだが、ほんまかいな。怪しすぎる。人間不信にはならないが、なんだか世界がとっても胡散臭く見えてきちまったなあ。このままじゃいけないからとりあえず次家に来た宗教勧誘に乗ることにしよう。宗教に入っている人ならきっと、物事をただしく判断してくれるに違いない。

もったいないと言えば昨日の晩御飯の鯖だ。まだ食べれるところがあるのになんだか食べる気がしなくなって生ゴミ用のゴミ箱に捨ててしまった。もったいないからといってわけのわからん腐乳を送るわりに、こういうところが適当なんだよな、私は。もつれる舌を3枚おろしにして、とりあえず七輪で焼いてみる。匂いは良い感じで、さしも結構綺麗に入っているから美味しいと思う。まあ、仮にめちゃくちゃそれが美味しかったとしても、「美味しい!」って叫ぶことのできる舌はもうないんだけどね。結果的にはそれが正しかったとしても、ちょっと日常生活には師匠は出るかな。キスする時とかさ、困るじゃん。唇だけで素敵なキスができるとはちょっとおもえないし。とりあえず舌の代わりにナメクジを輪ゴムでくくって口に突っ込んだけどさ、やっぱりあかんな、これ。ちょっとネバネバ強いし、というか臭い。めちゃくちゃ臭い。生臭さだけじゃなくて、なんかケミカルな感じの匂いがする。なんでナメクジからケミカルな匂いがするのかはわからんが、まあとりあえずケミカルやねん。ケミカルって言っても、まあそれで飛べるわけでもないし、ただケミカルやなあ、って思うだけ。なんやったけ、そうそう、クローネンバーグの裸のランチ、原作はあれや、あの、ビートニクのやつ、バロウズか、その映画の中で殺虫剤中毒の主人公がおったけどあれどういう感じなんやろうな。見てる限りではヘロインとかそんな感じに見えたけど。多分シンナー使う職場の人がシンナー中毒なるような感じで、殺虫剤撒きながらラリったんやろうな、きっと。

そうそう、アフリカの子供たち忘れてたわ。あいつらどうなったかって言うたらな、あらま、牛乳こぼしてもうた。あー、ズボンぐしゃぐしゃなってもうたやんけ。口はナメクジ、舌は牛乳なーんだ、ってなぞなぞちゃうで、それ今の俺の姿や。ほんましょうもないことしか言わんなああんた、ってあんた思うやろうけど、けっこう凹んでんねんで、これ、わし。とりあえずこのズボン洗わなあかんわ。シルクやからー、たしかアルカリ性の洗剤では洗ったらあかんハズや、シャンプーとか、中性洗剤であらうよろし、って香港で買った時言われてんけど、よう考えたらなんであの店のおっさん日本語しゃべれんねん。しかも「よろし」なんて普通ゆわんやろ、中国人が。ホンマにそんな事言うやつおったらだんだん話がメタになってきそうやから嫌やねんけどな。牛乳こぼしたズボン脱ぎながら流れてる音楽は甘いソウルやし、今日はほんまどうかしてるわ。え?ズボン脱ぎながらようキーボード打てるなあて?やかましわ、黙っとれ。

お前がいらんことばぁーっかりいうからまたアフリカの子供たちの話流れてもうたやんけ、このボケ、ダボ。

とりあえずアフリカ行ってくるから金魚のエサだけお願いな。たのんまっせ。