がんばらないで!
私はあんまり「愛」が好きじゃない。なんか綺麗事っぽくて、口にするのが照れくさいんです。でも、まあ、愛が大切なものであるのは分かる。愛という言葉でまず浮かぶのは、子供や孫にたいする愛。でもそれは自分を愛するようなもの。自分の子供であり、自分の孫だから、愛するわけで、自己愛となんら違わない気がします。遠藤周作の『沈黙』を引きずっている私が、今いちばん気になっているのは、棄教した司祭たちの神への愛です。がんばらないで!そう思いながら読んでました。がんばらなくてもいいじゃない!神様なんかどうでもいいじゃない!でも、先に棄教したフェレイラ神父も作品の語り手であるロドリゴ神父も二人ともに棄教しつつ、神への愛に苦しみます。まるで最愛の恋人を失くしたみたい。神は イエスという人間として認識されていて、ロドリゴは会ったこともないイエスの顔を何度もなんども思い浮かべて苦しむ。会ったこともない人を愛する?母親を愛する以上に、自分自身を愛する以上に、イエスを愛する?読んでいて何より不思議だったのはそれです。会ったこともない人なのに、拷問されても愛することをやめない。私だったら平気で踏み絵を踏むだろうし、拷問されそうな気配を感じただけで転びます。でも彼らは、心と体の苦しみに耐えかねて棄教した後も、会ったこともないイエスへの愛ゆえに苦しみ続けるんです。神への愛が生きる原動力になっている。私がそういう愛を知らないってことですよね。私には自己愛しかない。だから私には神様への感謝がないのかも。開き直るしかない気分です。完全に開き直ってます(笑)それしか方法がないんですよ~(泣)