歳を重ねるにつれて

自分の興味も行動範囲もせばまって

 

自分の世界がどんどん狭まり

ついには身体だけのサイズになる。

 

それが死ぬための準備なのかも。

 

母を見ていてもそれを実感します。

 

かつては施設を訪れる私の服装を見て

「あんた同じ服ばっかり着とる」

とジロジロ眺め

「服くらい私が買(こ)うたげる」

などと言っていたのに

 

今や私の服装など眼中にない。

そんなのどうでもいいことなのだろう。

老人施設ボランティアの服装

かつてパリで

老人施設のボランティアをしていた頃

朝8時ー2時

2時ー夜8時

の2交代制。

 

私は朝の部に入らせてもらっていて

午後の部も体験したいと思っていたけれど

どうしても出来なかった。

 

身体の疲れより精神が疲れ果てる。

 

その最大要因はお年寄りたちの暗いオーラ。

 

皆さん背中を丸めてうなだれて

言葉を発することもなく

眠っているんだかいないんだか

くったりとしているんです。

 

いくぶん活気が出るのは食事の時だけ。

 

後はもう体の中に閉じこもってしまう。

どよ~~んと澱むんです。

こちらの元気が吸いとられてしまう。

 

それがいわく言い難い疲労感になって

一刻も早くその場から離れたい。

 

暗いオーラのせいで

ただの一度も

夜まで残ることができませんでした。

 

ジロジロの眺め

かつて母が言っていたように

「生きとんがやっとや。息するんもエライ」

という状態になると

 

食べることと排泄すること、呼吸すること。

 

身体だけが

自分の世界になるんだろうと思います。

 

それってどんな感じなんでしょうね。

考えることも

感じることも

少なくなってくるのかな~