自分でも不思議ですけど

私はこのところ絶望という言葉に惹かれている。

 

絶望はマイナスイメージでとらえられるけど

実は絶望ってある意味すごく豊かな気もする。

 

世界の広がる可能性をはらんでいるし。

 

そう思うのに私は絶望を体験したことがない。

 

そう言えば物心ついて以来

私は一度も泣いたことがないかも。

嬉しくて涙を流したことはありますよ。

感動して涙を流すのもあります。

 

でも悲しかったり

悔しかったり

辛かったりして泣いたことはない気がする。

 

あ、あ、間違いだ。

 

大泣きに泣いた事があるんだった。

2018年に親友がすい臓がんで亡くなって

 

火葬炉の重い扉がガチャンと閉まったとき

 

泣く気なんてなかったのに

突然ワッと何かがこみあげてきて

声をあげて大泣きに泣いたのだった。

 

断絶。

 

火葬炉の閉まる音で

つながりを断ち切られた気がした。

 

絶望的な喪失感だった。

一緒にいた友人が背中を撫でてくれた感触を今も覚えている。

 

パリで家族みたいだったラオス人一家。

 

エリート官僚だったスースー(青いシャツの人)

パリ駐在中に政変が起きて

妻のシエンヌ(小児科医)ともども

ラオスに帰国できなくなった。

 

帰国すれば空港に着いたとたん

収容所に連行されると言っていた。

 

彼らは祖国を失う絶望的な体験をしている。

 

この写真の私は40代はじめ。

 

長男は帰国していたので下3人の子供たちと

スースー家のお祖母ちゃんのお墓参りです。

 

お墓には菊の鉢植えを供えてあります。

親友を亡くしても

故国を喪失しても

 

私たちは生きていく。

生きるエネルギーは失われない。

 

絶望は決して絶望じゃないってことですよね。

 

などと思ったのですが

違うかな~