老人にとって最も大切なのは筋肉。
それが一般通念ですよね。
私としても
最後まで自分でトイレに行きたいから
筋肉大事に反対する気はないけれど
もっと大事なものがあると気づいたんです。
喜ぶ能力です。
自力でトイレに行けるのは
自分のプライドの問題でしかないけど
喜ぶ能力がある人はまわりを幸せにできる。
そして
母は喜ぶ能力が低いな~としみじみ思う。
今回も散歩をはじめてすぐに
「もうええわ。もう帰ろ」と言い出す。
「まだ歩き始めたところや」
「けど、あんた押すんがえらいやろ」
私に配慮してくれているのは分かります。
でも別に嬉しくない。
せっかく一週間ぶりの散歩なんだから
気持ちええな~と喜んでくれる方が嬉しい。
「押すんが大変やから帰ろう」と言われても
ゼンゼン全く嬉しくない。
なんで素直に喜べないのかな~
喜びを出したりしたらはしたないと
教育された世代なんですよね。
夫はその点
喜ぶ能力がずば抜けて高い(笑)
ちょっとしたことにも喜んで
喜びを笑いにして大笑いする。
昔から
とにかくよく笑う人なんです。
喜びがはじけるように
すっごく楽しそうに笑うので
まわりもつられて笑ってしまいます。
明るい気分になれるんです。
夫の兄弟もよく笑う人たち。
家系なんでしょうかね。
というわけで
喜びを素直に表現する事って
年寄りには何よりも大事なんじゃないか。
喜びを押さえこんでしまう母を見ていて
そんな事を思いました。
自分でトイレに行けなくたって
美味しいとか
気持ちがいいとか
嬉しいとか
喜びを表現できる方が大事なような気がします。


