見てきました『おーい、応為』
北斎を描くのはいかに難しいか、が第一印象。
ずっとソレを引きずりながら見ていた気が。
説明的な場面も多いのに
説明が足りなくてよくわからない。
北斎がなぜ急に意見を変えるのか。
なぜひとりで出立するのか。
なぜ親娘で放浪の旅をするのか。
一切説明なし。
既成の北斎のイメージに頼りすぎている。
北斎でなく娘を描こうとした映画だから
北斎はどうでもいいってことか。
応為さんは昼も夜も同じ着物で
来る日も来る日も着たきり雀だったにしては
仕立て下ろしのようにスッキリシャッキリ。
実体はヨレヨレで
臭かったのではないだろうか。
北斎はもちろん娘の応為も
料理というものを一切しない。
掃除もしない。
生活能力ゼロ。
絵師としての能力だけが突出している。
彼らの住んでいるのは一間きりの長屋。
トイレも共同だったんでしょうね。
雨が降ったら傘をさしてトイレに行ったのか。
夜中にトイレに起きる年寄りは
真冬なんか大変だったでしょうね。
そんなことが気になって
長屋の年寄りが気の毒でたまらなかった。
気が散っていたんです。
途中でもう出ようかな~とも思いました。
でもまあ夫も見てるし。。
と思っていたら最後近くになって
男性がひとり立ち上がって出て行った。
不満と抗議を示すために出て行ったのか。
やっぱり同じ感覚の人がいるんだ。
ちょっと嬉しい気がしたんです。
しばらくしてその人がもどってきた。
単にトイレだったらしい。
勇気あるな~と感心したんだけどな~(笑)
『レインマン』を思い出したりしました。
レインマンにはサヴァン症候群の実在のモデルがいたらしい。
北斎親子もソレだったのかも。
生きているすべてをかけて
絵を描くことだけに生きた人たち。
そんなことを反芻していたら
一日たって、突然、すべてが氷解。
なぜ北斎が意見を変えたのか。
なぜ旅立ったのか。
なぜ父と娘が放浪するのか。
彼らにとってお金でもなければ
生活を築くことでもない。
認められることでもない。
ただひたすら描きたかったのだと気づいて
私の雑念が洗い流された気がして
彼らの生き方の美しさに感動。
一日たってようやく
涙が流れるほどに感動しています。
心に沁みる映画でした。。。



