塩沼亮潤大阿闍梨。

 

彼にかぶれていたのはいつ頃だっただろう。

 

千日回峰行を知ったのはパリ時代。

 

フランスのテレビで紹介された過酷な荒行を

私もやってみたいと思ったのでした。

そのまま忘れていたのですが

 

10年くらい前だったか

比叡山の千日回峰行よりももっと過酷な

大峰千日回峰行というのがあると知り

 

1300年の歴史の中で2人目の達成者となった

塩沼亮潤大阿闍梨を知りました。

ネットの紹介文から抜粋します。

 

5月3日から9月の初旬まで毎日48キロの山道を16時間かけて歩き年間120数日を目途に、9年がかりで1000日を歩く

 

熊、猪、蝮、いろんなものがいつ襲ってくるかも分かりません。それでもただ前を向き一条の光を求めて手探りの状態で行を進め

 

夜中の11時半に起床すると滝に入って身を清め、左手に提灯、右手に杖を持ち編笠を被り熊よけの鈴を鳴らしながら、12時半に1719メートル先の山頂に向かって歩いて行きます。

私が姥捨て山にひかれるのは

この千日回峰行がベースにあるからなんです。

 

ひとつの事に命がけで打ち込むのって

 

なにより素晴らしい生き方だと思うし

なにより美しい生き方だと思います。

今はどんなか知りませんが

亮潤さんはほとんど何も持たず

かなり貧しい暮らしをしていました。

 

物質的には貧しくても

お金があるよりもはるかに豊かな人生。

 

亮潤さんは言います。

 

肉体的にも精神的にもギリギリの状態のところに自分自身を追いやって、
その場所にしか咲いていない悟りの花みたいなものを見て帰ってくる

              ※以上、青字はすべて引用です

そういう事なんだろうと思います。

 

その場所にしか咲いていない悟りの花。

 

悟りの花を見るのは

 

神様に出会うような感覚なのでしょうか。