🌞「寒暖差疲労」という文明病──快適さが奪った“生きる力”
「秋の不調──それは寒暖差症候群かもしれない。前日との気温差が7度以上なら要注意」
そんなニュースを見るたび、私はふと苦笑してしまいます。
パリでは春、朝4℃・昼19℃なんて日が当たり前。
前日は夏、今日は冬、明日は秋──そんな流れも“あるある”。
ラスベガスの砂漠地帯では、昼と夜で20℃以上違うことさえあります。
それでも彼らは、それを「気候」ではなく「リズム」として受け入れている。
日中は日差しに焼かれ、夜は冷気に包まれながら、自然と共に呼吸しているのです。
それに比べて日本はどうでしょう。
少しの寒暖差で全国ニュース。
コンビニでも、オフィスでも、家でも、
いつも「25℃・湿度50%」という“快適の牢獄”の中で暮らしている。
気づかないうちに、私たちは自然の揺らぎに耐えられない身体を作ってしまったのかもしれません。
🧠 “寒暖差疲労”は本当に気候のせい?
気温の変化に弱くなった理由は、気候が変わったからではありません。
文明が変化を排除したからです。
冷暖房、保湿、美容家電、24時間照明、通年野菜。
人間の暮らしから「季節」が薄れ、
体温の変動も、皮膚感覚のリズムも、自然とともに衰えていきました。
私たちは便利さの代わりに、適応する力を少しずつ失ってきた。
言い換えれば──
「寒暖差疲労」とは、体の“調律力”が鈍り、季節と会話できなくなった状態。そしてそれは、文明がもたらした“静かな退化”のひとつです。
🧘♀️ 乾布摩擦と温泉──「適応の再教育」
かつての日本には、寒暖差に慣れる(適応する)文化がありました。
朝の乾布摩擦、井戸水の行水、薪風呂、囲炉裏、縁側。
体を通じて季節を感じる習慣は、最もシンプルな自律神経トレーニングでした。
そして温泉。いわば湯治。
温熱・浮力・鉱物、そして“静寂”という総合刺激。
それはまさに、文明に奪われた自然のゆらぎを再教育する場所です。
「冷えたら温まる」「緊張したら緩める」。
その感覚を取り戻すことこそ、真のウェルネス。
🌍 自然と文明の間で、生き直す
私たちは自然を征服してきました。
同時に、その自然を感じる力も削いできました。
季節が変われば「暑すぎ」「寒すぎ」と気温差を憎み、
汗を恥じ、寒さを避けることを“進歩”だと信じてきた。
けれど今、問われているのは快適さの再定義ではないでしょうか。
快適とは、変化をなくすことではない。
自然の変化と呼吸を合わせること。
これからの医療は、文明が奪った適応力をどう取り戻すか。
その問いに立ち返る時期に来ています。
🕊️ 🐤流・文明病リハビリ3か条
🌡️ 1. 変化に慣れる勇気を持つ
冷暖房を「1℃だけ」緩める。
少し暑い・少し寒いを“体験”として受け入れる。
🚶 2. 日光と風に触れる
人工照明ではなく自然光で一日を感じる。
風と太陽が「いま」を教えてくれる。
♨️ 3. 温泉に帰る
温泉は最古の医療であり、現代人にとっての自然との再接続ポート。
科学がどれほど進んでも、湯の力にはかなわない。
🌾 文明が病を作り、自然が治す
「寒暖差疲労」という言葉が生まれる時代。
それは、私たちの身体が自然との対話を忘れた時代でもあります。
文明が病を作ったのなら、
治すのは文明の外にある自然のリズムなのかもしれません。
生きるとは、快適にとどまることではなく、
揺らぎの中で強くなること。
その力を、もう一度取り戻しましょう。
岩本麻奈(MANA IWAMOTO, M.D.)












