💯国家試験問題を、AIと一緒に解くということ
国家試験問題や最新論文の結果、専門科目問題を、AIとともに解く。
一部はクイズ形式で。
ここ数年、毎日というわけにはいかないけれど、断続的に──
気づけば 1000問近く、この作業を続けてきた。
同時に見てきたのは、AIの進化そのものだった。
Chappyの初期(GPT-3.5の頃)から。最初は、正直ツッコミどころも多かった。でも、問いを重ね、文脈を与え、議論を続けるうちに、「これは単なる検索装置ではないな」と感じる瞬間が増えていった。
👁️🗨️政治の世界に入って、一度やめた理由
昨年2月末から、政治活動を本格的に始めた。
正直に言えば、勉強量がまったく別次元だった。当選後は、正真正銘異次元に突入した。
法律、制度、財政、行政文書(アナログ)、会議資料(アナログ)……
医師としての勉強とは、脳の使う場所が違う。
(そして、どれも“人の命”に直結する重さを持っている。)
そのため、国家試験問題や論文をAIと解く習慣は、しばらく中断せざるを得なかった。「今はそっちじゃない」
そう思ったのも事実。
🗣️それでも、政治の現場で気づいたこと
ところが、政治の世界に身を置いて、
思いがけず強く感じたことがある。
専門性というのは、やはり宝だということ。
そして、経験こそが最大の財産だということ。
他党のドクター議員と話す機会が増えた。
内科、外科、基礎系──
専門は違っても、そこには 共通言語 がある。
その共通言語が、議論をどれだけ速く、どれだけ深くするか。
「少しでも医学的な糸口を共有できるかどうか」で、
議論の質がまったく変わる。
これは、今までの人生でも感じてはいたが、
政治の世界でも同様であった。
🏥だから、医学の勉強を再開する
というわけで、年の初めからまた、医学の勉強をしっかり再開する。たとえ臨床現場に立つ時間が限られていても、たとえ机上の勉強が中心になろうとも。医学は、離れると鈍る。
でも、続けていれば、必ず身体のどこかに残る。
そして今は、AIという大変に心強い 「第二の視点」 がある。
🔬皮膚科の問題で、はっきり見えたこと
今回、過去にスキップした問題の中に、たまたま自分の専門である皮膚科の問題が出てきた。
皮膚科専門医なら、画像を見た瞬間に「これだ!!」とピンとくる。でも、正解率は 約30%。
多くの医者の卵や、他科の医師が、
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もっと悪性のものではないか
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他に頭に浮かぶ鑑別診断が気になる
と迷い、外していく。
ここに、皮膚科標榜科の怖さがある。
そしてその怖さは、最終的に 患者さんの不安や、不要な侵襲として返ってくることがある。
🕳️「見える診療」の落とし穴
皮膚は、見える。
写真にも残る。
だから「医者なら普通に診られる」と思われやすい。
でも実際には、
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構造を見る目
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ダーモスコピーや顕微鏡などミクロの読み
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汚さとリスクの区別
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経過を含めた判断
これらは、経験の積み重ねでしか身につかない。
「見えているつもり」が、いちばん危ない。
🤖だからこそ、AIは“補助の眼”として使うべき
ここで大事なのは、AIに診断を任せることではない。
そうではなく、専門医の眼を、補助するためのAIとして使うこと。特に、
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非皮膚科医が最初に触れる場面
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健診
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在宅医療
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地方や人手不足の現場
ここで「これは皮膚科紹介レベルかどうか」を仕分けるだけで、
医療の質は大きく変わる。
特徴量がはっきりした病変は、むしろAIが得意な分野でもある。
💻専門医 × AI = 誤診を減らすための二重知性
AIは万能ではない。
そして敵でもない。
専門性と経験を軽くするものではなく、
それを広げ、支える道具として使う。
国家試験問題をAIと解く、という一見ささやかな作業の中に、
これからの医療のヒントが、たくさん詰まっている気がしている。
また少しずつ、続けていこうと思う。
🐤「正解率30%だった皮膚科問題の正体」はまたいつか。









