🗾 「日本人ファースト」は、排外主義ではなく“順序の倫理”である

 

──法哲学者・安藤馨氏への一診断

 

「日本人ファースト」は差別か?

中央公論11月号に掲載された安藤馨・一橋大学教授の論考が、静かな波紋を呼んでいる。

曰く──

 

「福祉国家を正当化するには、同国民への“偏向的義務”が必要」「だがそれは身内びいき(ナショナリズム)であり、道徳的には不当」

 

ふむ。

なるほど。

さすが法哲学者、理屈は美しい。

──でも、ちょっと“現実”から浮いていませんか?

 

💊 「不偏性」と「責任の順序」

 

確かに、人道の基本は「誰であっても助ける」こと。

医師として、私も道端で倒れている人を国籍で区別することはありません。

でもそれは個人の道徳の話です。

 

国家には、制度としての倫理=責任の順序がある。

医療でいえば、

 

“世界中の患者を治す”よりも、

“まず自分の病院で倒れている人を助ける”のが優先。

 

それを“偏向的”と呼ぶなら、

“母親が我が子を先に抱きしめる行為”も、道徳的に非難されるべきなのでしょうか?

 

🧩 “日本人ファースト”の本来の意味

 

私たちが言っているのは、

「日本人以外を排除せよ」ではありません。

「まず足元を立て直してから、他者を支えよう」ということ。

 

自国の子どもが給食費で苦しんでいるのに、

他国に巨額の支援金を出し、

国民が住めない土地を外国資本に売り渡し、

その結果、国内の貧困が固定化していく──。

 

これを“グローバルな善意”と呼ぶなら、

それはもはや“自己犠牲の宗教”であって、

政治哲学ではありません。

 

🕊️ 「不偏性」は、他者を思う力。

 

でも、「順序のある愛」は、社会を支える力。

 

この2つを混同すると、

“優しさ”が“国家の無責任”にすり替わります。

 

道徳は個人に宿るもの。

政治は共同体を維持するもの。

どちらが欠けても、国は立ち行かない。

 

🩺 医療の現場から見える真理

 

患者を選ばないという医の倫理。

しかし、病院の資源をどう配分するかは、まったく別の判断軸です。

医療も国家も、有限の資源をどう守るかの哲学が必要。

 

「日本人ファースト」とは、その現実への覚醒。

“順序を取り戻す思想”です。

 

✍️ 結語:

 

「同胞を先に守る」というのは、

“誰かを排除するための壁”ではなく、

“他者を支えるための土台”である。

 

哲学者が机の上で語る“普遍的道徳”も大事。

でも、現場で血と涙に触れている者にしか見えない“現実の倫理”がある。

 

だから私は、あえて言います。

 

日本人ファースト──それは、優しさの順序である。

 

🌸 岩本麻奈(皮膚科専門医・参議院議員)

「国家にも、医療にも、“順序ある優しさ”が必要だと思う。」